油井飛行士の打ち上げ中継、ISS到着中継イベントが3日連続で行われ、そのたびに約100人が詰めかけた。

8月2日(土)0時43分(日本時間)、油井亀美也飛行士らを乗せたクルードラゴンが打ち上がった! 前日8月1日未明は約1分前までカウントダウンが進んだものの、急激な天候の変化でまさかの打ち上げ中止。連日、夜中の時間帯にも関わらず、油井飛行士の故郷・長野県川上村ではパブリックビューイングが開催され、連日約100人が生中継を見守った。2度目の挑戦で無事にクルードラゴンが打ちあがった瞬間、大歓声が起こった。

人口約4700人の長野県川上村はレタスの生産量が日本一の「レタス王国」。レタスの収穫や定植作業で8月のお盆明けまで、今が1年で一番忙しい時期。それでも、夜中1時頃から始まる作業を少し遅らせるなどして、「村の誇り」である油井さんを応援するために、村中の人たちが集まり、応援のうちわを掲げながら熱いエールを送る。

私の隣の席には、4人のお子さんを連れた若いお母さんが、膝の上に赤ちゃんを乗せながら応援していた。話しかけると、油井飛行士のご近所さんだという。「油井さんは、村の希望です。すごい方なのに、時々帰ってこられて犬の散歩などでお会いすると、気さくに話しかけて下さる本当にいい方。川上村は本当に星が綺麗で、この星空を見て宇宙に行きたいと思われたんだなとわかる気がします。うちの4人の子供たちの誰か一人でも、同じように思ってくれたら(笑)」と話して下さった。

ホールの最前列に座り、打ち上げを真剣なまなざしで見つめ、成功の瞬間喜びを爆発させたのが、長野県駒ケ根工業高校宇宙航空研究グループの4人の高校生たちだ。

「昨日は打ち上げ直前で延期になったので、今日も不安だったが実際に打ちあがってよかった」(田中心朗さん、小田切隼冬さん)。「パブリックビューイングで打ち上げを見るのは初めてで、本当に感動しました」(金木直也さん)「関係者の皆さんの努力が報われたと思う」(桃澤明聖さん)と嬉しそう。彼らは機械科の3年生で、人工衛星てるてるを開発、7月23日にJAXA筑波宇宙センターまで納品しに行ったばかりなのだ。


油井飛行士の打ち上げを最前列で応援する、駒ケ根工業高校の先生と生徒達。左から林厚志先生、桃澤明聖さん、田中心朗さん、金木直也さん、小田切隼冬さん。

人工衛星てるてるは順調にいけば、今年秋ごろ、油井さんが長期滞在する国際宇宙ステーション(ISS)に届けられる予定だという。その後、「きぼう」日本実験棟から放出される計画だ。


油井飛行士そっくりの人形を囲んで。右から2人目、金木さんが手にするのが人工衛星てるてるの古いモデル。

駒ケ根工業高校(以下、駒工)の人工衛星への挑戦は、2009年から始まった。約16年越しのプロジェクトに関わった生徒の数は101人。ずっと伴走してきたのが林厚志先生だ。「きっかけは課題研究です。3年生になるとテーマを決めて1年間取り組む。長野県は星が綺麗で『宇宙を知りたい』という生徒、工業高校なので飛行機やロケットが好きな生徒がいて、彼らの純粋な気持ちからスタートしました」。ただし、人工衛星の完成に至るまでの道のりは簡単ではなかった。林先生によると、大きく3つの段階があり、途中何度も途絶えそうになったという。

「最初は独自で人工衛星の研究を進めました。やがて全国の工業高校生たちと力を合わせ、JAXAの(ロケット打ち上げ時の)相乗り衛星を目指します。人工衛星のエンジニアリングモデル(EM)を作り、実際に飛ぶ機体フライトモデル(FM)を作る前の振動試験や衝撃試験なども行いましたが、(時間的に厳しく)相乗りを断念。2段階目は、本校の卒業生で信州大学の小型衛星『ぎんれい』の設計責任者を務めた学生がいて、駒工の生徒を仲間に入れてもらい衛星づくりを手伝いました。その過程で同衛星プロジェクトに参加していた別の大学の方に『EMまで作った経験があるなら一緒にやりましょう』と声をかけて頂いて参加したのですが、技術的ハードルがどんどん上がって、学業との両立が難しくなり断念。そして3段階目が2022年から始まった今のプロジェクトです」(林厚志先生)

長年の先輩たちの経験と知見を受け継ぎつつ、長野県の町工場である(有)工房大倉、北海道科学大学とタッグを組んだ。クラウドファンディングで資金面の支援も得て、ついに人工衛星の完成までこぎつけたのである。「てるてる」という愛称は公募の結果選ばれたもので、考えたのは長野県の宇宙大好きな高校生だという。


油井飛行士ISS到着イベントで「てるてる」について発表する駒ケ根工業高校の生徒達。

人工衛星てるてるは、どんなミッションを行うのか。駒工の生徒たちは宇宙で何をやりたいかを考える際、「独創的で誰もやったことがないこと、多くの人に役立つこと、夢があること」をコンセプトに、宇宙の新しい価値を作る人工衛星を目指し、じっくり話し合った。その結果、2022年~2023年にかけて生まれたのが、「地球を回りながらLEDを点滅させ、モールス信号でメッセージを発信し続ける」というミッションだ。

「てるてる」はISS「きぼう」日本実験棟から放出されたのち、自動的に9つの発光ダイオード(LED)が点滅するようにプログラムしてある。衛星に搭載したメッセージや川柳は82件。日本だけでなくハワイ、オーストラリア、ガーナから寄せられたメッセージをローマ字や英語など4つの言語でモールス信号に変換し、衛星に搭載ずみだ。高度400km上空から放たれるLED信号を観測するのは日本の3か所の天文台(東京大学木曽観測所、北海道の銀河の森天文台、石垣島天文台)と全国20の観測チャレンジ校。さらにオーストラリアやハワイ島ヒロ高校、ガーナの3か国も観測チャレンジに参加予定だという。ミッション期間は放出後、約1年間を予定している。


「てるてる」が発するLEDの観測を予定するのは国内3か所の天文台、20の観測チャレンジ校、海外の3拠点だ。(提供:駒ケ根工業高校)

約16年間の先輩の想いを受け継いたプロジェクト。前年度までの先輩たちによって衛星のハード面はほぼ完成していた。今年度の4人に与えられたミッションは、LEDを発光させるプログラムを作ることだった。つまりは「てるてる」の肝となる部分だ。

「無知の状態から始めたので本当に色々エラーが出てきて、それが一番大変だった」班長の桃澤さんは振り返る。「謎のエラーが出て原因がわからない。独学で調べたり、先生に聞いたり。動画も見たけど英語が多くて日本語版があまりない。そんな時に小田切君が『ChatGPTに聞いてみたら』と言ってくれて。その説明がわかりやすくて、助けになりました」。


手のひらサイズの人工衛星てるてるの一つ前のモデルでは、発光ダイオード(LED)が3つだったが、9つに増えた。右が実際と同じ基板で9つのLEDが見える。

ところで高度400kmから10cm3の超小型衛星が発するLEDが地上から観測できるのだろうか? 林先生によると「東京大学木曽観測所の高橋英則博士のところに、生徒たちと相談に行ったところ、『ぜひやってみましょう』と仰って頂いた。地上から衛星の観測経験がある先生で、今回もまず大丈夫でしょうとのことでした」とのこと。肉眼での観測は難しいが、大きな望遠鏡であれば観測できると想定している。

駒工の人工衛星開発は「自分の足で行き、自分の目で見て自分の耳で聞き、自分の頭と感性で考え抜くということを大切に活動してきた」とのこと。その活動方針通り、彼らはめちゃくちゃアクティブだ。観測に協力してもらう石垣島天文台に生徒が出かけていき、現地の八重山高校の生徒達とも交流を深めた。「八重山高校も新しい星を発見したり、すごい活動を行っている。生徒同士はすぐ仲良くなっていました」と林先生は目を細める。同じ目的のもとに日本中の生徒たちが協力し合う、それだけでも素晴らしく得難い経験だ。

「卒業生も夏休みを全部潰して、朝8時から夕方6時過ぎまで作業をしていました。休んだのはお盆の1日だけです。得意なことを見つけにくかった生徒が、人工衛星に出会った瞬間から『こんなに変われるんだ』と驚きました。生徒が変わる瞬間に立ち会えるのが教員の楽しみです」(林厚志先生)

駒工の生徒達は、「自分たちの衛星が乗ったロケットの打ち上げを生で見たら涙出ちゃうよな」「絶対に見たいな」とキラキラした目で語っていた。ぜひ打ち上げを生で体験してほしい。

油井飛行士は8月2日15時半ごろ(日本時間)ISSにドッキング。約1時間後に入室すると、ISS船長として滞在していた大西卓哉宇宙飛行士とがっつりハグ&ハイタッチ。歓迎セレモニーで「ISSでしっかり任務を果たし、1等星のように輝いて、日本の素晴らしいところを世界中の人に知ってもらいたい」とやる気満々。


8月2日(土)、油井飛行士らCrew-11がISSに到着! ウェルカムセレモニーで。(提供:NASA)

皆さん!
10年ぶりにISSへ帰って来ました!
大西さんとの再会も果たして、最高です(ペアルックにしてみました笑)。
私はこちらに来たばかりで、顔が真ん丸ですが、少しづつ落ち着いてくるでしょう。
皆さんに明るい話題を沢山お届けできるように頑張りますので、応援の程よろしくお願いします! pic.twitter.com/XD1kkDYTeY

— 油井 亀美也 Kimiya.Yui (@Astro_Kimiya) August 2, 2025

長野県川上村の中嶋昌哉副村長は「川上村出身の油井さんが宇宙にいるなんて、映画の世界のよう。(駒工をはじめ)生徒たちにとって本当に良い刺激になると思います。これからも村をあげて応援していきたい」と語った。

一方、油井飛行士も8月4日(月)に行われた記者会見で、故郷・川上村の人たちへの想いを聞かれ「夏の時期はとても忙しく仕事をしている方々が多い。その方たちを想いながら私も頑張らないといけない。お互いに頑張りましょう!」とエールを送る。

「てるてる」を開発した高校生たちは「長野県の高校生である僕らが作った衛星を、長野県出身の油井さんが宇宙に送り出してくれたら、それこそ奇跡だね」と期待する。その奇跡がどうか実現し、長野県から宇宙へ、そして油井さんから若者へ、希望のたすきリレーが繋がりますように。

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