ホルヘは60歳、体重100キログラムのアカウミガメで、長く飼育下で過ごしてきたにもかかわらず、自然の生息地に戻ることができた珍しい実例だ。(PHOTOGRAPH BY PABLO E. BLASKO)

ホルヘは60歳、体重100キログラムのアカウミガメで、長く飼育下で過ごしてきたにもかかわらず、自然の生息地に戻ることができた珍しい実例だ。(PHOTOGRAPH BY PABLO E. BLASKO)

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 2025年4月11日の朝、海は荒れていたが、「ホルヘ」はためらわなかった。体重100キログラムのウミガメは大西洋に飛び込み、安定した泳ぎを見せた。外洋を泳ぐのは40年ぶりだ。

 海から何百キロメートルも離れたアルゼンチンのメンドーサの浅い水槽で半生を過ごしたホルヘは、不可能に見えたことを成し遂げている。生来の本能を取り戻し、故郷であるブラジル北部プライア・ド・フォルテの暖かい海へと出発したのだ。

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 ホルヘの驚くべき旅を遠くから見守っているのはアルゼンチンにあるマル・デル・プラタ国立大学の研究者であるマリエラ・ダシス氏だ。ダシス氏は1984年に幼体として保護されたホルヘを野生に戻すため、アルゼンチンの複数機関が開発した3年間に及ぶ再教育、放流プロジェクトの最終段階を監督している。ホルヘは世界で最も長く飼育下で過ごしたウミガメだ。(参考記事:「【動画】蛍光に光るウミガメを発見、世界初」)

 最初の夜、ダシス氏はほとんど眠ることができず、ホルヘからの無線信号をやきもきしながら待っていた。現在、航海開始から70日以上が経過し、ダシス氏は落ち着きを取り戻している。ホルヘはすでに2700キロメートル以上を航海し、目的地まで残り1200キロメートル余りになったためだ。この事実は、ホルヘが本物の回復力を持っている証しだ。

海での生活を学び直す

 ホルヘは60歳のアカウミガメ(Caretta caretta)だ。1984年に誤って捕獲されて以来、2万リットルの塩水を入れて海を再現した深さがわずか50センチメートルのプールで半生を過ごしてきた。餌は、固ゆで卵と牛肉だ。

 ホルヘは1984年、アルゼンチンのブエノスアイレス州にある港町のバイアブランカで、漁網に絡まって負傷し、低体温症に陥った状態で発見された。バイアブランカは、アカウミガメが回遊中によく立ち寄る場所だ。(参考記事:「【動画】ウミガメ300匹超が大量死、メキシコ沖」)

 当時、ウミガメのリハビリテーションや再放流は一般的ではなかったため、ホルヘは木箱に入れられ、アンデス山脈に空輸された。ホルヘはメンドーサで有名になった。数十年にわたり、家族連れがホルヘを見るために水族館を訪れた。

 市長たちは任期を終えるとき、ホルヘの世話を後任者に引き継いだ。しかし、ホルヘを海に戻すよう求める圧力は高まる一方で、6万人以上が請願書に署名し、2021年には環境弁護士の一団が訴訟を起こした。(参考記事:「凍てつく海から5000匹近いウミガメを救出 米テキサス州の島」)

 メンドーサ市当局はホルヘを海に戻すため、マル・デル・プラタ水族館、アルゼンチン自然科学博物館、マル・デル・プラタ国立大学海洋沿岸研究所の研究者を招集した。研究者たちはホルヘを再び自由に泳ぐことができるようにするという目標を掲げた。その試みは成功するだろうか?

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