スズキがEV?
「スズキからBEVが出る」と聞いて驚かれた読者も少なからずいたはず。かくいう私もリサーチが行き届いておらず、「新型eビターラ・プロトタイプ試乗会」と題する案内を受け取ったときには「え? あのスズキがBEVを作ったの?」と率直に驚いた。
改めてスズキのプレスリリースを見返せば、2024年11月にイタリア・ミラノでeビターラをワールドプレミア。その2ヵ月後の2025年1月にはインド・ニューデリーで開催された「バーラト・モビリティ・グローバル・エキスポ2025」でもeビターラを一般公開している。
ミラノで最初に発表したのは、BEVの普及が進んでいるヨーロッパ市場を意識してのことだろうが、続いてインドで公開したことには明確な意図がある。実はこのeビターラ、インドで生産されるのだ。
スズキとインド
インドとスズキの結びつきは深い。1982年、スズキはインド国営企業のマルチ・ウドヨグ社とスズキ四輪車の合併生産について基本合意を結ぶと、1983年には第1号車「マルチ800」の生産を開始。これは5代目スズキ・フロンテ(実質的に初代スズキ・アルトの4ドア版)に800ccエンジンを搭載したモデルだったが、これが累計で291万台を販売するほどのヒット作となる。
1979年に登場した5代目スズキ フロンテ(SS30)
以来、スズキはインドとの結びつきを深めていき、2002年にはマルチ社の株式の過半数を取得して子会社とした(現在の社名はマルチ・スズキ社)。現在はグルガオン工場とマネサール工場にくわえ、スズキ・モーター・グジャラート社としてグジャラート工場を稼働させており、年間生産能力は225万台に上る。ちなみにインドでは2024年度に430万台余りの乗用車が販売されたが、そのうちの40.9%はマルチ・スズキによって占められている。これは2位で13.9%の現代自動車、3位で13.2%のタタ・モーターズを大きく引き離すシェアである。
マルチ・スズキ・インディア社のグルガオン工場
なぜ、スズキ車はインドでこれほどまで人気なのか。
インドの乗用車市場はまだ成長過程で、コンパクトかつ低廉な製品が人気という話をよく耳にする。これが「小・少・軽・短・美」を行動理念とするスズキのクルマ作りとマッチして成長を遂げてきたわけだが、スズキがインドで大成功を収めたのは、単に製品のセグメントが市場のニーズと合致しただけが理由ではないとの見方も根強い。スズキはインドの人々と徹底的に寄り添うことで製品の仕様をきめ細かに設定したほか、従業員たちにも寄り添うことでモチベーションを高め、品質の高い製品作りを実現したという話をよく耳にするからだ。
つい先日も、スズキがレトルトカレーを発売したことが話題になったが、これももとはといえば、インド出身の社員が「母親の味」と親しむカレーを浜松のスズキ本社社員食堂で提供したことがきっかけだった。さらにいえば、このレトルトカレーの販売を足がかりとしてインドの魅力を日本に発信することを目指しているというから、インドに対するスズキの思いがどれだけ深いかがわかろうというものだ。
スズキが鳥善とともに2025年6月に発売を発表したレトルトカレー
話が横道に逸れたが、スズキがBEVを発売することにも明確な意図がある。
スズキのカーボンニュートラルへのアプローチとは?
スズキは自動車産業が直面する様々な課題のなかでも、カーボンニュートラル社会の実現に向けた電動化への取り組みがとりわけ重要であると位置付けている。ただし、むやみやたらにBEV化を推し進めるのではなく、地域と市場にあった方法でカーボンニュートラルを達成するマルチパスウェイこそが重要と捉え、BEVやハイブリッド車だけでなく圧縮天然ガスやバイオ燃料の活用も視野に入れているのが特徴である。
たとえばインドの農村部では酪農廃棄物として牛糞が多く発生するため、これを原料とするバイオガス燃料の製造や供給事業に取り組んでいるという。ヨーロッパやアジア各国など世界中で自動車を生産・販売するスズキならではの極めてグローバルな思考といえるだろう。
そんなスズキが作り上げたeビターラとは、どんなBEVなのか?
その真髄は、前述した「小・少・軽・短・美」という行動理念にある。すなわち、実用上、差し支えのない範囲でボディーを小さく、搭載バッテリー量を少なくし、軽くて短い車体を美しく仕上げようとしたのである。
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