ウクライナとロシアの大規模な捕虜交換をウクライナ側で待ち受ける家族たち。一人ひとりが、兵士の帰還や生存情報を求めて、写真を持って訴えている(写真はすべて筆者)
ロシアとウクライナはトルコで3年ぶりの直接交渉を行い、最大1200人の捕虜交換で合意をした。6月9日、両国は実際に捕虜交換を実施し、両国の兵士がバスでベラルーシの国境を越えた。今回はウクライナ側から、捕虜の帰りを待ちわびる家族や友人たちを取材。捕虜交換後、北部チュルニヒウ州の病院でメディカルチェックを受ける帰還兵を迎えるため、家族や友人たちはその地に集まっていた。
(小峯 弘四郎:カメラマン )
捕虜交換後の再会現場に密着
今年6月、ロシアとウクライナは捕虜交換を実施した。
捕虜交換では、ロシア兵にとっての出発地であり、ウクライナ兵にとっての到着地となったのが、ウクライナのチェルニヒウ州。逆にウクライナ兵にとっての出発地であり、ロシア兵にとっての到着地がベラルーシのホメリ州だった。ウクライナ兵は、ベラルーシとの国境からウクライナに帰還していく。
今回の合意では、重傷か重病、あるいは25歳以下の捕虜約1200人のほかに、6000体の遺体の交換も実施された。
ロシア軍の捕虜となっていたウクライナ兵は、国境で引き渡されて手続きが終わると、チュルニヒウ州の病院でメディカルチェックを受けることになっていた。
そのため、病院の前には、兵士たちの帰還を首を長くして待つ家族や友人、支援者たちが続々と集まった。今回の大規模な捕虜交換で無事の帰還、または何かの手がかりがないかと、それぞれが写真を持って訴え続けていのだ。現場では、どのようなドラマが繰り広げられたのだろうか。
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病院に集まる家族や友人、支援者たち
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直接協議で合意したのは「重傷か重病、あるいは25歳以下の捕虜」だと言われているが、集まった人々の写真や旗をみると、40~50代の兵士を待つ家族も多い
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集まった家族はみな不安と期待の入り交じった表情で帰還する兵士を待っていた
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犬や子どもも兵士を待つ
捕虜交換の当日、病院前には14時くらいから人々が集まっていた。待機する人々のために、仮設テントなども張られ、賑わいが増してきた。
金属探知機のゲートを通って、帰還した兵士を乗せた車両が到着する場所へと向かう人々
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14時くらいから集まって待機する人々のために、仮設テントなども用意されていた
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国境からチュルニヒウ州の病院までは、クルマで1時間程度の距離にある。ただ手続きの関係によって、国境を越えてどれくらいで病院に到着するのかは、誰にも分からない。そのため家族や友人たちは、ただ病院前で待つしかなかった。
小さな子どもの姿も目立つ
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ウクライナ国旗をまとった犬も、主人を迎えに来ていた
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