ロンドンのオフィスに地下鉄で通うなら、「灼熱地獄」が待ち受ける。
英国の首都を走る地下鉄網での移動は、異常な高温と混雑、汗と体臭の入り混じった空気により、ほとんど耐え難いものとなっている。路上では、摂氏30度の日差しに照りつけられた歩行者が、しおれた街路樹の木陰を探しさまよう。だが、地下鉄車内の気温はさらに5度近く高くなることがある。この暑さは都市経済を停滞させ、乗客の健康を脅かす。その上、気候変動の影響で年を追うごとに夏の過酷さは増している。
地下の気温データを探すのは簡単ではない。ロンドン交通局は、プラットホームの気温を「定期的に」測定してはいるが、リアルタイムでの監視や車内の気温記録は行っていない。
そこでブルームバーグ・ニュースは、「ロンドン地下鉄暑さ指数」を作成中だ。コースターほどの大きさのセンサーを使い、セントラル線で毎日同じ時間に温度と湿度を1分ごとに計測している。
セントラル線はロンドンの東西を横断し、地表から20メートル下を走る最古・最深の路線の一つだ。ブルームバーグが6月の熱波中、通勤時間帯に金融街のバンク駅から、高級住宅街のメイフェアに近いボンド・ストリート駅までで測定したデータによると、この路線の車内は常に地上よりも3.5度高く、地下鉄入り口付近の外気を最大で5度以上上回った。気温が平年並みの夏の日でも、少なくとも1.5度は高い状態だった。
つまり、「3日連続で最高気温28度以上」というロンドンにおける熱波の公式定義を用いても、ロンドンの通勤客は「熱波以上の環境」に耐え続けなければならない。
ロンドン地下鉄で最深・最古の路線の一つ、セントラル線の車内
Photographer: Jose Sarmento Matos/Bloomberg
耐性なし
ロンドン交通局は公開資料で、極度の高温は乗客や職員、地下鉄インフラそのものにとって重大かつ増大しつつあるリスクだと認めている。1863年に世界初の地下鉄が運行を開始した当時の英国は、現在よりも少なくとも1度涼しかった。加えて、地上よりも地下の方が速いペースで気温が上昇している。
地球温暖化に適さないインフラを抱える都市は世界でロンドンだけではないが、ロンドン地下鉄は特に高温に対してぜい弱だ。深くて狭いトンネルが車両のブレーキや摩擦、モーターによって発生する熱を閉じ込めてしまい、混雑した車内では換気も限られる。
インペリアル・カレッジ・ロンドンが6月20日に発表した研究によると、温暖化によって、かつては50年に1度だった英国の初夏の熱波は、現在では5年に1度の頻度で発生するようになった。今年の夏もすでに6月に2度、猛暑が訪れた。
英国で初めて気温が40度を超えた2022年7月には、線路がゆがみ、架線がたるんだ上に輸送機器も故障し、暑さに弱いロンドン地下鉄のありさまが露呈した。
猛暑による地下鉄の運休を伝える電光掲示板(2022年7月)
Photographer: Chris Ratcliffe/Bloomberg
ロンドン交通局の短期的な熱波対策は、乗客に飲料水を携行するよう駅構内に案内板を設置したり、車内アナウンスで促したりする程度だ。同局広報のショーン・コルファー氏によると、地下鉄トンネルの老朽化や物理的な制約、人口密集地域の地下という地理的条件が重なり、極端な高温への抜本的な対策は極めて困難だ。
コルファー氏は「できることはあまりない。地下鉄の温度は、すぐにどうこうできるものではない」と説明した。
同局によると、ロンドン地下鉄ネットワーク全体の車両のうち、冷房があるのはわずか40%で、全車両に冷房が備えられているのは、2022年に開業したエリザベス線だけだ。
熱波により、欧州西側では平年を最大で10度上回る気温が観測されている
Source: Bloomberg
ステイホーム
地下鉄の息が詰まるような暑さについてのぼやきや笑い話は、ロンドン市民にとって長年の定番だ。だが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究者アンドルー・レニンジャー氏は、暑さが都市の経済や文化に明確な損失をもたらしていると指摘する。
同氏は、リバプール大学の科学者カルメン・カブレラアルナウ氏とともに、運賃支払データや匿名化された携帯電話の位置データを用いて、都市内の移動パターンが気温によってどう変わるかを調査した。ロンドンは調査の対象としなかったが、スペインや他の欧州諸国では、熱波が訪れると人々が自宅にとどまる傾向があることが分かったという。
レニンジャー氏は「暑さは活動に対する一種の税金のようなもので、活動の種類によって影響の度合いが異なる」と語る。調査によると、暑さが増すと最初に減少するのは、レジャーや娯楽、外食など不要不急の外出で、通勤や通学など不可欠な移動は比較的影響を受けにくい。
この傾向はロンドン交通局のデータでも裏付けられている。2022年の3日間にわたる熱波では、交通機関の利用が500万件減少し、運賃収入が800万ポンド(約15億8300万円)減少した。
汗だくで職場に向かうという不快さにとどまらず、暑さは健康面にも深刻な影響を及ぼす。政府は、65歳以上の高齢者には重大なリスクになりかねないと警告している。
リスクは、今後さらに拡大するとみられる。インペリアル・カレッジ・ロンドンの気候科学者で、自身も地下鉄通勤をしているフリーデリケ・オットー氏は、「気温が35度にも達すると、暑さに慣れた健康な人でも悪影響を受け始める」と語った。
ブルームバーグの6月の測定で、セントラル線とビクトリア線の車内は、最高で33度を記録した。
原題:Every Day Is a Heat Wave in London’s Sweltering Underground(抜粋)
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