いま最も注目すべき映画作家のひとりであるメキシコ出身のミシェル・フランコ。2000年代に登場し、瞬く間に映画界を席巻した“メキシコの三羽烏”ことアルフォンソ・キュアロン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロがいずれも還暦を超えるなか、偉大な先達の影響を受けながらも、自らの道を開拓しているのが彼だ。
実際、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門のグランプリを受賞した『父の秘密』(12年)以来、『ある終焉』(15年)では同映画祭コンペティション部門で脚本賞、『母という名の女』(17年)では「ある視点」部門審査員賞、『ニューオーダー』(20年)はヴェネツィア国際映画祭監督賞(銀獅子賞)を受賞するなど、国際映画祭で高い評価を得てきた。23年のヴェネチア映画祭でワールド・プレミアされた『あの歌を憶えている』は、ピーター・サースガードに男優賞をもたらしている。
『あの歌を憶えている』
監督・脚本:ミシェル・フランコ 出演:ジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガード、メリット・ウェヴァー、ブルック・ティンバー、エルシー・フィッシャー 2月21日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
過去のトラウマに苛まれながらも健気に生きる13歳の娘をもつシングルマザー・シルヴィア(ジェシカ・チャステイン)と若年性認知症で記憶を失っていく苦しみを抱える男ソール。
高校の同窓会で出会ったふたりが、お互いのなかに癒やしを見出していくまでを描く大人の人間ドラマであるとともに、「メモリー」という原題の通り、日本公開が始まった『あの歌を憶えている』は、人間にとっての「記憶」とは何かを考察する作品だ。
──映画監督は、「記憶」についてオブセッションをもつ方が多い印象を受けます。「記憶」を主題に決めた理由とは?
記憶は、個人としても集合意識としても重要です。もし人が記憶を失ったら、一体自分は誰なんだろうか、どこから来たんだろうか、と自問自答し不安になる。正気を失うというか自分を失う感覚に陥り、恐怖を感じるでしょう。ものすごく恐ろしい。
わたしは、映画をつくるときはいつも「不完全な人」を描きたいと思っています。つまり、ある種、一部壊れたところがある人々が、社会には完全に適応できないとしても、愛を求めようとする。今回の『あの歌を憶えている』も、ある種、自分自身として生き続ける機会を奪われてしまった人たちが、いかにして自分の人生を生きることができるのか、その可能性を探ってみたいと思いつくりました。

© DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
──ソールが患っている若年性認知症は、多くの現代人が恐れている病ですが、この病が人にどのような作用をもたらすのか、この作品のためにどのようなリサーチをしたのでしょうか?

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