コラム:日本も「トラス・ショック」に直面するのか、トリプル安リスクを探る=高島修氏

 我々は日本が近い将来に市場がトリプル安に陥る「トラス・ショック」に直面するリスクは基本的には小さいと見ている。だが向こう2─3カ月中にドル/円が150円前後まで回復する可能性はありそうだ。高島修氏のコラム。都内で2024年11月撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)

[東京 13日] – 我々は日本が近い将来に市場がトリプル安に陥る「トラス・ショック」に直面するリスクは基本的には小さいと見ている。だが向こう2─3カ月中にドル/円が150円前後まで回復する可能性はありそうだ。そのような時に円金利上昇が継続しており、日本株が調整する場面があれば、一時的にせよ疑似的なトリプル安が生じているように見えよう。ただし我々は日米金利差縮小を想定していることもあり、そのような円安が生じたとしても、持続的なものになるとは考えていない。最終的には今年10─12月期にドル/円は140円を下回って値崩れしていく展開を見込んでいる。

<日本にトリプル安リスクはあるか>

4月以降、円債の下落が目立ち、先月には30年国債利回りが3.2%前後、20年国債利回りが2.6%前後に上昇する場面があった。もともと生命保険会社など国内長期投資家は、20─30年債利回りで2─2.5%ぐらいは良い投資機会になると考えてきたのではないかと我々はみている。

4、5月はあまりにも激しい債券価格の下落を受け、リスク管理上の問題から一時的に買い手不在の状況となったと思われるが、先月終盤以降は金利上昇に一巡感が出てきた。今後は次第に国内投資家による円債投資は復調し、その分海外投資は抑制されがちになるだろう。結果、底流部分での円需給が改善し、最近の円金利上昇は最終的に円高要因に転じていくと思われる。

とは言え短期投資家の円ロング解消や日本企業による海外企業買収に絡んで、向こう数カ月中にドル/円は150円前後まで回復する可能性があると我々はにらんでいる。そうした中で7月には参議院選挙を控える。向こう数カ月は日本が拡張財政政策をとり、財政事情が一段と悪化することへの警戒感は強まりやすかろう。日本市場は通常よりも不安定化しやすい時期かもしれない。

現時点で日米通商交渉ははかばかしい進展があるようには見えず、7月上旬に設定されている交渉期限に向けて悲観論が台頭しやすくなっていくだろう。そうした状況下では、日本株は円安を素直に好感するというよりは、円安がインフレ観測を高め、円債下落となる場合、金利上昇の方を嫌気して調整しやすい地合いとなっているかもしれない。

そのような時には一時的とはいえ、日本市場はトリプル安的な商状を呈している可能性がある。

<「米国による支配」>

ここで日本市場の相関関係が米国市場における相関関係に強く影響されることは強く認識しておきたい。通常であれば、ドル/円は米ドル指数との、日本株は米株との、日本の長期金利は米長期金利との相関が強いからだ。

今回もそうだが、円金利上昇が米金利上昇と並行的に進む時はそうした金利環境で米ドルがどのようにパフォームするかによって、円金利上昇にドル/円がどのように反応しているように見えるかが異なってくる。

この点に関して、我々は4、5月の米金利上昇がタームプレミアムの折り込みを主体としており、米株などリスク資産に調整圧力を加えやすいと判断してきた。最近の米国市場の相関を見ると、そのようなリスク回避的な環境では米ドルのパフォーマンスは低調になり、日本円やユーロ、スイスフランなどがアウトパフォームする傾向が見られる。

つまり、そのような時は日本株も下落しているかもしれないが、ドル円は下がっている(円高になっている)公算が高い。円金利上昇(円債下落)は円相場に追い風となる格好となって、日本市場はトリプル安を回避できる可能性が高い。

2022年9月に英国市場が金利上昇(債券安)、株安、通貨安のトリプル安に見舞われたことがあった。就任間もないトラス首相が提唱する積極財政政策への警戒感が強まったことがきっかけとなった。その記憶が依然、生々しいためか、トランプ政権が高関税政策を打ち出し、今年4月に米国市場がトリプル安の商状を呈した時、欧米市場では「トラス・モーメント(トラス的瞬間)」という言葉がよく聞かれた。

4、5月に日本の長期金利が急上昇した時にも、海外の市場参加者の脳裏には、日本もトラス・モーメントに直面するのではないかとの疑念がよぎったのではなかろうか。だが、米国市場が米金利上昇、米株安、米ドル安という関係で動いている間は、日本市場にトラス・モーメントは訪れにくいはずだ。

反面、米金利上昇が成長期待の折り込みで米株上昇を伴っている場合、米ドルのパフォーマンスはほぼ中立で、円やスイスフランがアンダーパフォームする傾向がある。この場合、ドル/円は円安になっていようが、日本株は反発している公算が高く、やはり日本市場はトリプル安を回避していることだろう。

日本市場における相関関係を考える場合、それが「米国による支配」を受けていることを理解しておくことは極めて重要だ。

<当面、円金利の動向は要ウォッチ>

ただしここで少し気をつけたいのは、円金利は年初からの上昇幅こそ先進国通貨の中で圧倒的に大きいものの、20年以降の世界の金利上昇に日本が出遅れていたことを考えると、現在のところ円金利上昇はまだ不自然な領域に入っている訳ではないということだ。

シティグループでは今年後半、20年国債や30年国債利回りはそれぞれ2.3%前後、2.6%前後で安定化し、10年国債利回りはその間、1.4%前後へ緩やかに低下。その後、来年末にかけて1.7%前後へ改めて上昇していくと見込んでいる。 ただし世界的に見ると、例えば金利が低い方に区分されるドイツやスウェーデンでも、10年金利は23年に3%に到達した後、2.5%前後を中心とした高原状態を続けている。欧米諸国に比べ、日本は潜在成長率、中立金利も低いと思われるが、それでも最近の講演で日銀の植田和男総裁が期待をにじませたように、もしインフレ率が本当に2%前後で定着してくるようであれば、我々の円金利の見通しは控えめなものとなってくるだろう。

足元でも、我々は向こう数カ月でドル/円は一時的に150円前後まで回復するとみており、そうした円安がインフレ観測、ひいては日銀の追加利上げ見通しを強め、長期金利上昇を後押しする可能性も排除できない。前述したように、日米通商交渉が不調の場合、日本株は円安を好感するより、金利上昇の方を嫌気して調整しやすいだろう。

あくまでも万一の話だが、例えば10年金利が一時的にせよ2%前後まで急激に上昇する場面があれば、数カ月後には結果的にそのような金利水準は是正されることになるにしても、数週間はさらなる円安や日本株安を誘発し、負のスパイラルを生じさせるだろう。

その過程で生じる円金利上昇は最終的には国内投資家による円債投資を増加させ、海外投資を抑制させることで、中長期的には円高要因に転じていくことだろう。だがその間は、日本市場が一時的にせよトラス・モーメントに直面しているかに見える状況に陥るかもしれない。

7月の参議院選挙を控え、政治的には拡張財政がとられるリスクが警戒されるような状況となってきている。こうした意味でも各党がどのような経済政策を示すか、選挙結果やその後の政治環境がどうなるか、市場にとっても重要な意味を持つようになってきているように思われる。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*高島修氏は、シティグループ証券の通貨ストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリストを務め、2010年3月にシティバンク銀行へ移籍。2013年5月以降はシティグループ証券に在籍。

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