
米国のトランプ大統領は、巨額の貿易赤字を減らすことを目的に、世界全ての貿易相手国からの輸入品に対して関税を一方的に掛けて通商協議に引き込んだ。同時に、米国からの輸出品の価格競争力の向上に寄与するドル安を望む発言を繰り返している。植野大作氏のコラム。コロラド州ウエストミンスターで2009年11月撮影(2025年 ロイター/Rick Wilking)
[東京 11日] – 米国のトランプ大統領は、巨額の貿易赤字を減らすことを目的に、世界全ての貿易相手国からの輸入品に対して関税を一方的に掛けて通商協議に引き込んだ。同時に、米国からの輸出品の価格競争力の向上に寄与するドル安を望む発言を繰り返している。
かつて1985年の秋には、米政府のイニシアチブに応じて日本、ドイツ、フランス、英国の5カ国(G5)による「プラザ合意」が成立し、円や欧州通貨に対して大幅なドル安が進んだことがあった。
現在、第二次トランプ政権の政策立案に参画しているブレーンの中には、「マールアラーゴ合意」などと名称を変えて、国際的な政策協調によるドル安誘導の枠組み構築を目指す構想もあると報じられている。
第二次トランプ政権下で「第二プラザ合意」による人為的なドル安が進む可能性があるのか、筆者の考えを記しておきたい。
結論から先に述べておく。その可能性は非常に低い。
現在、米国の為替政策を所管しているベセント財務長官は、既に多くのメディアが報じているように、イェール大学在学中に著名投資家のジム・ロジャーズ氏の家に居候して投資の心得を学んだ後、ウォール街のソロス・ファンドに入社、92年の欧州通貨危機の時には、各国通貨のレートを一定のバンド内に収めて国が管理する欧州為替相場メカニズム(ERM)から英ポンドや伊リラを離脱に追い込むことに関与したと言われている人物だ。
基本的には人為的な為替操作の有効性や持続性に対して懐疑的な人物であり、ウォール街出身の財務長官らしく、「ドル基軸通貨体制の維持」と「強いドル政策」を標榜(ひょうぼう)していることは、就任後の発言から明らかだ。
財務長官就任後、日本の加藤勝信財務大臣と2回行った会談でも「為替レートは市場が決める」、「過度の為替変動は経済・金融に悪影響を及ぼす」というこれまでの先進7カ国(G7)の基本合意を共有した上、「競争目的での通貨切り下げは行わない」という原則を日本だけが守るのではなく、双方が遵守することを改めて確認している。
実際、85年の「G5プラザ合意」や90年の「G7パリ合意」などに基づいて日米協調のドル売り・円買い介入が実施され、ドル円相場が262円台から一時79円台まで下落したにもかかわらず、対日貿易赤字は全く解消されなかった。人為的な操作による為替レートの調整は、二国間の貿易不均衡の解消の役に立たなかったことは明らかだ。
よって、現在進行中の日米通商協議でベセント長官は、米国の対日赤字削減に直接結びつく具体策を求めていると推測される。「米国産の農林水畜産物、化石燃料、防衛装備品などの大量購入」に加え、「日本企業の製造・活動拠点の対米シフト」、「米国の油田開発への出資」などが選択肢になっているのではなかろうか。
上記の日米貿易不均衡の是正メニューは、実現すれば、いずれも直接的、間接的にドル買い・円売り圧力を発生させるため、為替需給面ではむしろドル高要因になる可能性もある。このため、ベセント氏の在任中は、対日貿易赤字是正の手段として「ドル円相場の切り下げ」がメニューに加わる可能性は低いだろう。
ただ、改めて指摘するまでもないが、米トランプ政権の閣僚人事は大統領が握っている。そのため、トランプ氏がベセント氏を次期連邦準備理事会(FRB)議長などの要職に起用するため交代させたり、「市場重視の為替政策」に不満を募らせて突然解任したりする可能性がゼロだとは言い切れない。
あくまで仮定の話だが、今後もしベセント氏の交代、あるいは更迭人事が発表されて「第二プラザ合意」の策定に積極的な人物が後任になった場合、米国の為替政策のベクトルが180度変わる可能性は否定できない。
実際、80年代に2期8年間続いた共和党のレーガン政権下でも、元メリルリンチ会長のドナルド・リーガン氏が1期目の財務長官に就任し、「ストロング・ダラー、ストロング・アメリカ」を合言葉に「強いドル政策」を掲げていた間、ドル円相場は高値で安定していた。
だが、その後レーガン政権2期目の財務長官に弁護士出身のジェームズ・ベーカー氏が任命されると同じ大統領の下で米国の為替政策が一変。先述の「G5プラザ合意」による大幅なドルの切り下げへ、真逆の方向に政策方針の大転換が起きたこともあった。
よって、今後もしもトランプ氏がベセント氏を更迭して「第二プラザ合意」の締結に前向きな人物に代えたりしたら、現在はやや下火になっている「米国政府主導のドル安ストーリー」が為替市場で復活する可能性は排除できない。トランプ氏の言動は予測不可能なので、現在の体制が維持されると決めつけるのは危険だ。
ただ、仮にベセント氏の後任に「第二プラザ合意」の構築を積極的に目指す人物が就任したとしても、現在の米国の主要貿易相手との間で国際合意が成立する可能性は低いだろう。
米商務省が公表した昨年の地域別貿易赤字の内訳をみると、中国(24.3%)、EU(19.5%)、メキシコ(14.9%)、ベトナム(10.2%)、台湾(6.1%)、カナダ(5.8%)の順になっており、日本(5.6%)は7位に過ぎない。円を相手にドル安誘導を進めても、ドル指数全体を下げる効果は薄いので、上位の国や地域を巻き込む必要があるだろう。
実際、FRBが作成しているドル実効為替指数の貿易ウェイトをみても、85年秋のプラザ合意の前後の時期は、日本円のシェアが約20%でトップだったが、2024年時点の順位は、ユーロ(21.1%)、メキシコペソ(14.7%)、カナダドル(13.8%)、中国人民元(11.2%)、に変わっており、5位の日本円のシェア5.3%は4位の半分未満まで低下している。米国側から見た貿易相手国通貨としての日本円の重要度は著しく低下しているのが現実だ。
トランプ政権が現在行っている通商協議の目的が、「米国の貿易赤字相手国への圧力」であることを踏まえると、中国、EU、メキシコ、カナダを抜きにした「第二プラザ合意」は、締結しても赤字削減効果を期待し難いため、あまり意味がないと思われる。
これらトップ4の国や地域は、米国から関税をかけられると報復措置も辞さないタフな交渉相手なので、米国政府主導のドル安誘導の呼びかけに応じる可能性は非常に低いのではなかろうか。
上記諸々の考察結果を踏まえた上で総合的に判断すると、今後もトランプ氏のSNS投稿などを契機にしてドル安誘導策導入の是非や可否を巡るマーケットトークが折に触れて復活する可能性は否定できないものの、かつての「G5プラザ合意」のような国際協調に結実することは無いだろう。
今後のドル円相場が向かう「骨太のトレンド」を見極めるに際しては、政治的ノイズによって惹起される一時的なティック変動に惑わされず、その時々のファンダメンタルズを反映しながら「市場が決める為替レート」を追求する姿勢を維持するように心がけたい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
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