前回インド編#1において2025年5月のWAVESのイベント取材、インド編#2でJETROとテレビ朝日の、インド編#3でAnimeTimesのインド展開について取材を行った。今回は改めてインドにおけるコンテンツ市場全体の把握と、そこに日本コンテンツがどう入り込むチャンスがあるか、ということについて分析していきたい。

 

■突如として注目されるインド・コンテンツ市場500億ドル、25年前に日本の1/40だった市場は現在1/3まで成長

コンテンツ市場13兆円の日本からすると、規模でいえば常にその目線は50兆円の米国と30兆円の中国に向きがちだ。だがサイズでいえば5~10兆円規模のイギリス、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、イタリアの「欧米諸国」は捨てがたく、何より成長中の他アジア各国はここ10年で存在感を強めてきた。その中でも2025年の経産省「文化芸術コンテンツ・スポーツ産業海外展開促進事業」調査で最もハイライトを当てられたのが、「インド」だった。驚くべきことに。

インドは500億ドル規模と欧州トップ諸国と並ぶコンテンツ市場規模でかつ、毎年10%を超え、今世界でも最も有望視されているといってよい。中国の7%成長は今後減衰することが予想され、3-5%成長の米国・英国などよりもネクストマーケットといえるコンテンツ大国、ということでインドがフォーカスされた理由はわからなくもない。特に2025年に入っての米・中の関税戦争は2大国の覇権を揺るがし、それに代わる+1を探したい日本としては欧州・ASEAN、そしてインドに目を向けるというのは当然な流れともいえる。

 

図1)市場性に基づく日本プロダクトの展開先エリア

 

だがコンテンツ全体市場を相手取ってビジネスを行うわけにもいくまい。大事なのはこの500億ドル市場の分解図であり、どのジャンル、どのセグメントがポテンシャルを秘めているか、の特定だろう。

下記はFICCI(インド商工会議所)×EY(コンサル会社)による初めてのインド全体のコンテンツ市場俯瞰図となっており、こちらでは2019年3.3兆円→2023年4兆円への成長規模が分解されている。4兆円市場とはいっても、テレビ・出版などのレガシー型のマスメディアが4割から徐々にシェアを下げ、とそこに新興のデジタルメディアが3割→4割と隆盛を極める。YouTubeにJio、Netflix、Amazon、SpotifyといったネットサービスにおけるグローバルVSローカルが一番の活性場になっている。

インドコンテンツといえば「クリケット」と「映画」だろう。インドクリケットリーグILPは16億ドルの市場規模、国際試合のTV視聴率75%、トップ選手の年収300万ドルは日本のプロ野球とそん色ない。その2023~27年の放映権は6億ドル(約900億円)でDAZNがJリーグから買った放映権とほぼ同額水準だ。2015年に始まった動画配信のHotstarはスポーツ界に強いFOXグループが始めたものだが、2019年にDisneyが買収した時点で月間1億ユーザー規模というほどに巨大なサービスであったが、ILPの配信権をViacom18に奪われ一気にユーザー規模を落とす。

2024年にインド最大の財閥であるリライアンスグループと85億ドルの大合併をし、JioHotstarとなった。これが現時点でインドにおける2億人を超える最大OTTとなっている。続くNetflixが3-4千万人で世界的にも同社の有料増員数でトップの成長率を誇る。そこに続くのがAmazon Primeの2.5千万人で前回のAnimeTimesを誘致してインドで攻勢をかけている。こうした世界OTTの3つ巴の戦いにおいて、数の優位性でいえば5億人越えのYouTubeがある。全世界で20億人超が視聴するYouTubeも、このインドが米国やブラジルの倍のサイズを誇る「最大視聴市場」である。

 

 

ボリウッドでも有名な映画産業も(ボンベイの映画でボリウッドと言われるだけで、実はテルグ語のトリウッド、タミル語のコリウッド、カンナダ語のサンダルウッドと各地に映画の聖地がある)市場規模3600億円、年間に制作される映画本数は1800本と日本・アメリカの倍以上。トップ俳優の出演料は1500万ドル(約24億円)とハリウッドクラスのスターも生み出されており、こうしたスポーツと映画を含めた「映像業界の豊潤さ」はインドコンテンツ市場のキラ星だろう。

では日本のアニメやゲームといったコンテンツが入り込む余地があるのだろうか。3600億円の映画市場とはいってもインド映画は国内の消費もほとんどがインド映画というドメスティックぶりだ。8000億円の「オンラインゲーム」も半分以上はスポーツベッティングがベースとなっており、2500億円の「アニメ/VFX」市場も3Dで米国アニメの下請けをしている部分が大きい。ポケモンにドラえもん、テレビ朝日やAnimeTimesの事例は稀有な成功例で、まだまだ日本からアクセスしやすい市場とは言えないだろう。

 

出典)「Indian media and entertainment is scripting a new story」(2025年3月調査)

 

■日本の人口9倍、無料消費20倍、有料消費0.5倍。これがインドのポテンシャル

今回WAVESでコンテンツ製作大国を目指そうとするインドは、まだまだ日本からみれば「異界」だ。しかし不思議に思うのはなぜそのような市場で北米を中心とする欧米各社はこれほど精力的に展開しているのだろうか、という点だ。市場の難易度はむしろルールが根本的に異なる欧米企業のほうが困難を感じるはずなのだ。

一つには「印僑の活躍」があるだろう。Google、YouTube、Microsoft、IBM、Starbucks、シャネル、Fedex・・これらはすべてインド人がCEOを務めている。欧米のブランドトップ企業で続々とインド人をCEOに据える動きは、カオスな競争社会で叩かれながら00年代に欧米社会にわたって活躍し、その優秀さで「ガラスの天井」(20世紀には人種差別もあってどれほど優秀でもインド人をグローバル企業のトップに据える動きは少なかった)をぶち破ったことでいまインドと縁のある人々がパワーをもっている。

そして何より中国や日本を超える成長速度だ。人口規模では2023年に中国を越えて14億人超と世界最大の人口を擁する国家となり、2025年にはGDPで経済大国3位の日本を越えようという状況にある。その日本は四半世紀かけてコンテンツ市場はずっと10兆円程度でほとんど変わっていない。だがインドのコンテンツ市場は四半世紀前(1999年)にはテレビ600億円、出版600億円、映画1000億円、音楽200億円と五大メディア全部あわせても2500億円にすぎなかった。当時は日本の1/40である。それが2024年現在ではテレビ600→11000億円、出版600→4400億円、映画1000→3300億円、音楽200→900億円と成長し、全部で4兆円。20倍近く成長し、日本の1/3程度のコンテンツ市場にまで成長した。

そしてこの10年目を見張るのは、その旺盛な「消費欲」だ。アプリのダウンロードでいえば、2024年の1年で244億ダウンロード、これは2位アメリカの120億、3位ブラジルの90億を遥かに超える(日本で10億)。YouTube利用者は8億人を超え、35歳以上の「平均」Daily視聴が80分を超える。Google利用者が5億人、Facebookが4.5億人、Amazon3.5億人、ECのFlipkart(ウォルマート子会社)が3億人。消費単価としてはまだまだでも、これだけ桁違いの集客ができるインド市場というのは力をかけないわけにはいかない。

これが第一回で記事化したように、NetflixからGoogle、Metaまでもトップ企業CEOがモディ首相詣でを欠かさない理由なのだ。GAFAMにとってもはやサービスのユーザー規模でいえば世界一の消費大国であり、可処分所得さえあがればあとは上昇機運にのれることが目に見えている。米中貿易戦争のなかで今後は生産設備そのものが中国からインドに移転していく中で、その注目度はさらに増すばかりだ。

 

出典)JETRO「インドにおけるコンテンツ市場概況」2025

 

ゲーム産業でいえば4.8億人のゲームユーザー人口は無視できない(Dailyベースで1.1億人)。インドが特筆すべきはそのうち1.5億人が興じている「Fantasy Sports」などのリアルマネーを利用し、仮想したスポーツの結果スコアに賭けるゲームだ。8000億円のゲーム市場とはいえ、FantasySportsが1300億円、Rummy and Pokerというギャンブル型ゲームが1300億で、この2つが大半を占める。IAP(ゲーム内課金)450億円、ゲーム内広告230億円と日本のゲーム市場の感覚でいえばまだまだ小さな市場だが、違うロジックで興じるゲーム市場は広範に広がっている。28%のGST(消費税)などが重しとなってイリーガル・オフショアな舵のゲームにユーザーが逃げているといった事例もある。

 

 

音楽版権では890億円というビジネス規模も、有料ストリーミング視聴者も1000万人を超えたところ、という数字は潤沢な日本市場からみればあまり魅力的には映らないかもしれない。だが音楽コンサート市場でいえば1700億円、Spotifyとしても米国に次ぐ数千万人のユーザー規模をもつ重要マーケット。YouTube5億人を含めれば相当な音楽視聴量がインドで生まれており、J-POPでも局所的にバズを生んでいる。こちらも北米企業主体で展開されているが、日本の音楽を世界に広げるハブ地域として十分に有望視できるマーケットでもある。

こうした「オルタナティブとしてのインド」という機運にモディ首相が2025年にWAVESを開催した意義は大きい。インドは製造・開発・人材発掘の場所として有望であるということを世界エンタメ業界に声高に、新たな投資を集め始めた。それに対して日本社会というのはインドに対してはあまりに結びつきを欠いている。日本在住外国人376万人において中国人82万人に対して、インド人はたったの5万人。旅行客としてのインバウンド外国人3700万人のうちでも中国人600万人に対して、インドはたったの23万人。

戦後の米国との結びつき、近接国としての中国との結びつきに比べて、インドは日本にとってあまりに縁がない遠い遠い国なのだ。本当に現状の成りママで、米国>中国>東アジア>ASEAN>インドといった優先順位でいいのだろうか?

 

■2010年代にインドにまで広がったアニメ・マンガ、これからがアニメ浸透期

ASEANからインドまでアジア各国における日本コンテンツの受容度調査としては博報堂グローバル生活者調査レポートGLOBAL HABITATがある。2010、2012、2014年と各都市における「自国・日本・韓国・欧米」のいずれの国のコンテンツをよく見るかという調査であり、数値だけでいえば台北・香港・上海の東アジアは親和性高く、日本コンテンツの受容度が高い(50%程度が日本コンテンツを選択)。ASEANのメトロマニラ(フィリピン)、バンコク(タイ)、ジャカルタ(インドネシア)、シンガポール、ホーチミン(ベトナム)、クアラルンプール(マレーシア)になってくると、日本のマンガ・アニメが20%程度で、それ以外は10%未満とまだまだ受容されていない。そうした中でムンバイ(インド)はほとんどゼロに近い。

私自身はデロイトトーマツ時代にインド調査をしていたことがあり、15年前の当時の感覚でいうと「インドとマレーシア(南アジアとゆかりが深い)、インドネシアなどイスラム・ヒンディー圏にはまだまだ厳しく、東アジアやASEAN北部を中心に日本コンテンツは広がりやすい」と結論づけるに過ぎなかった。

図4で各都市において2010→14年でどの市場のコンテンツを一番味わっているかの一覧図だ。「日本はとにかくマンガ・アニメで、マレーシアとインド以外はすべて韓国・欧米のマンガ・アニメよりも高く受容されている」ということは我々の体感値とも合うことだろう。またこの2010年代前半部の変化としては韓国ドラマが深く浸透していき、00年代に日本ドラマを味わっていた地域もオセロを塗り替えるように韓国ドラマとなり、それは音楽においても同様である。2024年で同調査を行ったならば、もっと欧米→韓国にK-Drama、K-POPで染まった一覧図になるのではないかと予想される(私見でいえば、こうした全アジア浸透度調査などが単発的、個企業別にしか行われておらず、経年的に日本コンテンツの認知度・人気度が見えない、ということ自体も日本エンタメ業界の強い課題と感じる)

 

 

もはや15年前という発展途上段階での調査であったため、現在は参考値にしかならない数値だろうが、ここで言えるのは「日本のマンガ・アニメは15年前から一番の輸出品で、それ以外のコンテンツ(ドラマ・映画・音楽・メイク・ファッション)はそれよりもプレゼンスは低く、しかも下がり続ける傾向にある」「浸透国としても東アジア>ASEAN>インドでインドは完全に未開の地である」といったことだろう。

 

出典)博報堂グローバル生活者調査レポート

 

だが今回2025年1月に全都市3101名にコンテンツ受容度を調査した調査結果を重ねてみよう。シンガポールを拠点とするアニメ・ゲームのマーケティング支援企業DOUクリエーションズおよびGMOリサーチ&AI社が実施した結果を並べてみるとずいぶんと違いがある。日本マンガ・アニメの視聴率はおしなべて6割超、もはやインドとASEANとの差がなくなっている。異なる調査基準であるため単純な比較は危険だが、「(博報堂で主眼だった)自国・韓国・欧米コンテンツとの比較ではなくあくまで日本マンガ・アニメのみの調査である」点と「2010年代後半にマンガ・アニメの海賊版が大活性期だった時代にハマった若者が多い」点なども整合すると、2010年代と2020年代では未開のインドであってもずいぶん違った景色になっている、ということは間違いない事実だろう。

実際に第一回でヒアリングしたように2000年前後生まれ世代のシュブハムらは2010年代前半~半ばの中学・高校生時代に『君の名は。』を海賊版視聴して感動したところから『天気の子』の公式上映を実現した話にも符合する。第二回でも話されていたように2005~15年あたりがインドにおける子供向けアニメの黎明期だ。ドラえもんも、クレヨンしんちゃんも、忍者ハットリくんもこの時期が日本でいう1960年代のようなもので、そうなると「2025年現段階のインドは日本で青年向けアニメが活性化してきた1970年代末のような状況」ともいえる。

いまさらで振り返ると1995~2005年ごろは日本国内コンテンツの最盛期であり、まさに同タイミングで東アジアを中心に日本のドラマ・音楽・アニメが受容された。それが2005~15年にはインドや中東へも広がっていくのだが、「2005~15年にアニメは“勝手に”広がり続けたが、映画・ドラマ・音楽・メイクファッションは自国コンテンツや韓国コンテンツが進化していった」期間に日本のマンガ・アニメ以外のコンテンツのプレゼンスは大きく下がってしまったように思う。

こうしてみると、東アジアの台湾・香港など一部都市においては日本は「ドラマ・メイク・ファッション」などのプレゼンスがあったものの、2010年代を通じてそこは韓国がK-Drama、K-POPで攻略してきた。現在においてもマンガ・アニメは全都市を通じて存在感が強く、欧米・韓国に対しても明確に優位がある、という状態であったといえる。とはいえ・・・ムンバイにはほとんど届いていなかったといっていい。2010年代は中国とASEANにおける日本ブームが中心であり、インドを特に攻略しようという動きはなかった(第二回で特集したように、テレビ朝日・講談社・博報堂・トムス・バンダイナムコなどが一部アニメ、ゲーム、玩具で攻略しようとしていた)。

だがコロナが大きくこの状況を変えたといっていい。

 

■インドのトップキャラの8割は日本アニメ・ゲーム由来

ここまで見通してきたところでいうと、インド市場攻略の鍵を握るのはやはりアニメ。ドラマ・音楽・映画といったとび技でもシンプルな1作・1アーティストで障壁を超えることは難しく、いかにOTTと映像業界の確変のなかに日本アニメをすべりこませ、その余波としての音楽・商品化・ゲームなどを売っていくかという戦いになるのではないかと予想される。

そうした中でこれらのアイコン、IPとして認知度を得ている「キャラクター」の存在は非常に大きい。まずは認知度と好きなゲームキャラクターという文脈でいえば、ピカチュウやキティはすでにミッキーマウスを越えて1位、2位となっている。トップ20において、中国ゲームも勢いはあるものの、8割が日本のキャラクター・VTuberとなっている図は圧倒的ですらある。

 

 

マンガ・アニメがその認知を手伝っているということも、過去調査してきた通りだろう。そのNo.1の最たるものが2005年から展開していた『ドラえもん』であり、認知度6割越えは圧巻である。この認知度は日本国内でいえば『北斗の拳』『キングダム』『ジョジョの奇妙な冒険』といった作品水準である。誰もが知る国民的キャラ、まではいかずとも、誰もが絵はみたことがある、といった水準である。ポケモンもドラゴンボールも基本的にはアニメから広がってマンガにも人気が派生していったといえる。やはり2000年代後半に早めにテレビ放送を通じて流されていたアニメが、キャラクターの少ないインドでは確立した認知度を誇る。

『フェアリーテイル』や『デスノート』になると少し意外なラインナップである。『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』『SPY×FAMILY』など近年のアニメ作品はもはやスムーズにインドでも視聴されているといえる状況だろう。

 

 

こうしてみると、「異界」とみなされてきたインドもまた、OTTやストリーミングの力によってASEANに近い日本コンテンツのリテラシーをもち、展開すべき市場としてのポテンシャルがみえてくる。その軸になるのが「キャラクター」であり、このアニメから始まる日本コンテンツの展開先として強く期待される。

日本エンタメのインド展開はまだまだはじまったばかりだ。プラットフォームをもつ企業が少ないだけにまだその胎動をリアルに感じられていないむきもあるが、「海外市場」のなかに今後確実に存在感をましてくるばかりだろう。

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