アメリカンドリームが悪夢に 揺れる移民大国で何が?



「アメリカに来たことを後悔しています。よりよい未来が悪夢になってしまったから」

こう話すのは、南米ベネズエラ出身の22歳の女性。ことし2月、一緒にアメリカに来た夫が突然いなくなり、その後、国外追放されたと知らされた。

ある国からの“難民”は歓迎する一方、不法移民と位置づける人たちへの対応は大幅に厳格化するトランプ政権。

移民大国アメリカでいま何が起きているのか。その現場を追った。

(ワシントン支局記者 西河篤俊)



トランプ大統領が歓迎する“難民”?
5月12日。

首都ワシントン近郊の国際空港に赤ちゃんや幼い子どもを連れた家族など、およそ60人の一行が降り立った。ワシントンから1万3000キロほど離れた南アフリカから来た人たちだ。


人口の7%にすぎない白人が農地の70%を所有している南アフリカ。この格差を解消しようと、南アフリカ政府はことし1月、長年使われていない土地を政府が補償なしで収用できるとする新たな法律を制定した。

これに対しトランプ政権は少数派の白人の権利を脅かす差別的な政策だと主張。南アフリカ出身の実業家のイーロン・マスク氏も南アフリカ政府を批判した。

さらにトランプ大統領は「南アフリカでは白人の虐殺が起きている」と一方的に主張している。

そうしたなかでトランプ政権は南アフリカで不当な扱いを受けている人たちを保護するとして“難民”と認め、受け入れを始めた。空港では国務省や国土安全保障省の幹部が出迎えるほどの歓待ぶりだ。

国務省の幹部は「アメリカにようこそ。ここは自由な土地だ」とあいさつした。到着した南アフリカの人たちの手にはアメリカ国旗があり笑顔がこぼれていた。


しかし、これは極めて異例の対応だ。

トランプ政権はことし1月の政権発足初日、難民の受け入れプログラムについて「一時停止する」と表明している。バイデン政権下の4年間で記録的な数の人たちが難民として流入したというのがその理由だ。

野党・民主党の議員などからは南アフリカからの“難民”の受け入れについて「特別扱いだ」として批判が相次いでいる。

アフガニスタンやミャンマー、スーダンなど、ほかの国からの受け入れを停止している中で、ダブルスタンダードだというのだ。

「不法移民はゲームオーバー」
難民だけではない。

トランプ政権は不法移民対策を最優先課題と位置づけ、さまざまな政策を実行に移している。政権発足以降、国境沿いの壁の建設を再開し国境警備も強化した。

移民税関捜査局が3月に確認した不法入国者の数は7181人で、バイデン前政権下だった去年3月と比べて、95%の大幅な減少になったとしている。


トランプ政権は不法移民の流入を大幅に食い止めたことを成果として繰り返し強調している。

国境警備のあり方について議論する全米で最大規模のイベントを取材するため、メキシコと国境を接する西部アリゾナ州を訪ねた。

年に1回開かれるこのイベント。

州都フェニックスの会場には軍や移民税関捜査局、それに国境に接する各州の当局者や企業の関係者など1500人以上が集まった。参加人数は過去最多だという。

ことしはサウスダコタ州知事から抜擢された国土安全保障省のクリスティ・ノーム長官や国境管理の責任者を務め「国境の皇帝」とも呼ばれるトム・ホーマン氏などトランプ政権の大物が相次いで駆けつけた。

ノーム長官
「短期間にこれほどの転換が見られるのは信じられないことだ」

ホーマン氏
「われわれはこの国を安全な場所にしていく。
アメリカに不法に入国することは許さないと世界中にメッセージを送っている。不法入国者を見つけ出し国外追放する。ゲームオーバーだ」

1798年の法律まで使って
政権が力を入れているのは入国の阻止だけではない。すでにアメリカ国内で暮らしている人たちの国外追放にも乗り出している。

ホワイトハウスは4月上旬までに不法移民11万3000人以上を拘束し10万人以上を国外追放したとしている。

その措置のために適用した手法の1つが「敵性外国人法」だ。

敵性外国人法は1798年につくられた法律。戦時中、敵国の出身者などを対象にしたもので、第2次世界大戦では日本などからの移民を拘束するために使われた。


この法律では裁判所の手続きなしに外国人の拘束や追放が可能になる。

トランプ政権は「南米ベネズエラのギャング組織がアメリカに対して戦争を仕掛けている」と主張。「敵性外国人法」を適用し、そのメンバーとする人たちの拘束、国外追放に乗り出した。

しかもベネズエラに強制送還するのではなく中米エルサルバドルの巨大刑務所に収監するという。


人権団体や弁護士などからは「平時に適用するのは問題だ」とか「ギャング組織のメンバーとする根拠が示されていない」といった懸念や批判の声が相次いでいる。

有力紙、ニューヨーク・タイムズはトランプ政権がギャングのメンバーだとして国外追放した200人あまりについて独自に調査した結果、ギャングとのつながりがあると見られる人はごくわずかだったと伝えている。

突然いなくなった夫…
夫が国外追放になったという女性が取材に応じてくれると聞き、私たちは南部アーカンソー州に向かった。

ベネズエラ出身のホアニ・サンチェスさん、22歳。

おととし11月、夫とともにメキシコとの国境を越えてアメリカに渡ってきた。強権的な政治体制から逃れるためだったと説明する。


ビザなどの正式な書類は持っていなかったが、移民の受け入れに寛容だったバイデン政権のもと、入国後に亡命を申請しアメリカでの滞在が認められた。

当時の心境をサンチェスさんはこう振り返る。

サンチェスさん
「アメリカは最も安全な国でベネズエラより自由で表現の自由もあります。入国できたときは本当に感動しました。すべてがうまくいくだろうと思いました」

ベネズエラで理容師として働いていた夫のフランコさん。アメリカでお金をためて自立するめどがついたら、ベネズエラの両親のもとに預けてきた長女のイバンニちゃん(5歳)を呼び寄せる。それが夫婦のささやかなアメリカンドリームだった。


ところが、ことし2月。

夫のフランコさんは移民当局との定期的な面接に出かけると、理由もわからないまま拘束されてしまった。

ようやく連絡がとれたのは、およそ1か月後。

久々に聞く夫の声。喜びもつかの間、サンチェスさんは思いもよらないことを伝えられたという。

サンチェスさん
「夫は電話で『国外追放される』と私に言いました。『そんなことはありえない』と私は夫に伝えましたが、それが夫からの最後の電話となりました」

その後、相談した弁護士から知らされたのは、夫が当局からギャング組織のメンバーとみなされ、ベネズエラではなくエルサルバドルに送られたとみられるということだった。

夫のフランコさんには犯罪歴もギャング組織との関わりもないというサンチェスさん。寝耳に水の話に絶望的な気持ちになったという。

アメリカ、ベネズエラ、そしてエルサルバドル。家族3人は3つの国に離ればなれになり、再会できる見通しは立っていない。

「パパが連れて行かれちゃった。パパに会いたい」

ベネズエラに残してきた5歳の娘、イバンニちゃんが泣きながら、そう叫んでいる動画をサンチェスさんが見せてくれた

取材中、感情を抑え、冷静に話をしてくれていたサンチェスさんだったが、動画を見ると堰を切ったように涙があふれ出していた。

サンチェスさん
「本当に悲しくてつらいです。もし生まれる場所を選べるのであれば、ベネズエラを選ぶことはなかったでしょう。でも今はアメリカに来たことも時々後悔しています。
よりよい未来を求めてここに来たのに、それが悪夢になってしまったからです」

“誤って”強制送還の人も
さらに。

不法移民対策ではエルサルバドル出身のある男性の扱いが大きな物議を醸した。トランプ政権がことし3月、メリーランド州に住んでいたアブレゴ・ガルシアさんをエルサルバドルに強制送還したのだ。

トランプ政権の措置をめぐって連邦最高裁判所は4月、男性はアメリカで保護対象となっていたにもかかわらず「行政上の手続きミスで誤って強制送還された」と指摘。

アメリカへの帰還を支援するよう、トランプ政権に求めた。

これに対してトランプ政権は「男性はギャングのメンバーでテロリストだ」として、強制送還の措置は正当だったと主張。アメリカのメディアが連日、大きく報道する事態となったのだ。

そのさなかの4月中旬。ホワイトハウスのレビット報道官は緊急の会見を開いた。

“特別ゲスト”が訴えたのは…
会見の案内には「特別ゲストを迎える」と書かれていたものの、会見の内容やゲストが具体的に誰かは明かされていなかった。

張り詰めたような緊張感が漂う会見場に姿を見せたのは、パティ・モリンさんという女性だった。

強制送還が問題となったガルシアさんと同じメリーランド州に住んでいて、おととし娘を殺害されたという遺族だ。

加害者とされたのは不法移民の男。ガルシアさんとは全くの別人だ。

意外な特別ゲストの登場に会見場の記者たちも驚いた様子だった。モリンさんはみずからの体験を話し始めた。

モリンさん
「娘のレイチェルは37歳で5人の子どもがいました。娘が死ぬなんて予想もしていませんでした。私は娘たちとスーパーに行く約束をしていたんです。
それなのに不法移民の男がレイチェルをレイプした上、生き延びて事件について語ることがないように首を絞めて殺害しました」

そして不法移民対策の必要性を涙ながらに訴えると、会見場は静まりかえった。

「トランプ大統領はこういう不法移民をわれわれの国から排除しようとしています。犯罪者は排除しなければなりません。
なぜこんな良心のかけらもないような暴力的な犯罪者が、私たちの母親、姉妹、娘たちを殺害するのを許さなければならないのでしょうか。これ(不法移民対策)が問題になること自体が私には理解できません」

レビット報道官は不法移民による犯罪を防ぎ、治安を回復するための対策が必要だとその正当性を主張した。

レビット報道官
「わが国の安全を確保し、地域社会から暴力的な外国人犯罪者を追い出す。これがアメリカ国民が圧倒的な票でトランプ大統領を返り咲かせた理由だ」

取材を通じて
物議を醸しているトランプ政権の不法移民対策。

国民の評価は分かれている。トランプ大統領の移民政策全般について尋ねた各種世論調査の平均値は「支持する」が49.5%、「支持しない」が46.8%。

支持が4割前後にとどまる経済政策やインフレ対策への評価と比べると、根強い支持を得ているという見方もできる。


トランプ政権1期目でも中東の一部の国からの入国制限に乗り出すなど、外国からの入国に厳しい姿勢を見せていたが、その姿勢は2期目になってより強硬になっていると感じる。

レビット報道官が言うように、去年の大統領選挙での勝利で支持者の後ろ盾があると自信を深めたのかもしれない。

今後、議論になってくるのは、誰を「不法移民」とみなし、国外追放などの対象にするのかという点。

トランプ政権は「国境を不法に越えてきた人は不法移民にあたり犯罪者だ」という考え方を示している。

この考え方でいくと、夫が国外追放となったサンチェスさんのように「正規の手続きを経ずに入国した人たち」、undocumented immigrants と呼ばれる人たちも国外追放の対象になる可能性がある。

ただアメリカではこうした人たちが建設業や製造業、飲食業、農業など幅広い分野で働き、アメリカ経済を支えているという一面もある。

今回、取材で訪れたメキシコと国境を接する町でもトランプ政権になって以降、国境を越えて来る人たちが激減。中心部の大通りは閑散とし、まちの人たちからは地域経済の低迷を嘆く声が聞かれた。

1期目のトランプ政権からバイデン政権、そして2期目のトランプ政権と、政権によってまったく異なる対応が矛盾をうみだし、問題をさらに複雑にしている。

アメリカの政治、社会、経済とも深く関わるこの問題。

これからもさまざまな当事者の人たちの話に耳を傾け伝えていきたい。

(2025年5月5日 ニュース7などで放送)

ワシントン支局記者
西河 篤俊
カイロ支局 国際部などを経て2017年から3年間トランプ政権を担当
2024年8月から2回目となるワシントン駐在
アメリカ政治のほか人種や格差、銃など社会問題を幅広く取材

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