前回インド編#1において2025年5月のWAVESのイベント取材、インド編#2でJETROとテレビ朝日の展開について取材を行った。今回はAmazon Primeとともにインド攻略をかける「Platform IN Platform」のアニメチャンネルAnime Timesである。エイベックス・ピクチャーズを主軸として日本の大手出版社が連合を組んだ同プラットフォームは日本で成功したアニメ専用Chだが、どうして初の海外展開をインドという市場にターゲットしたのか。2023年末から展開を進めた勝股英夫氏に話を伺った。
■会員数大躍進、還元額200億円!国内最大手級アニメChアニメタイムズが出来た背景
――:今回AnimeTimesのインド展開について取材させていただいております。そもそもの成り立ちを伺ってよいですか?勝股英夫さんはソニーでAniplexを黎明期からたちあげられていますが、Avexに転職後に生まれたサービスですよね。
私自身はANIPLEXから2012年にAvexへ転職して、最初は音楽グループの中で映像事業制作本部という形で始まりました。それが2014年に実際に映像会社として集約されたエイベックスピクチャーズ(API)となり、そうしたAvex内アニメ事業の延長戦上に、他社と一緒に合弁会社の形で2015年から始めたのがアニメ配信チャンネル「Anime Times」です。
今回のインドも、アニメの企画制作を行うAPI社長の立場ではなく、アニメチャンネル会社Anime Times社長という立場で招待されました。
――:ちょうど中山もバンダイナムコでACJ(アニメコンソーシアムジャパン、2014年に出資14社を集め海外向けアニメ配給会社として設立、クールジャパン機構の目玉案件だったが2017年にバンダイナムコグループに吸収、18年解散)にちょっと関わっていった時代がありました。あの形式と同じようにAnimeTimesで作られたんですよね。別の形式でdアニメもありましたよね?
はい、まさに「アニメ海外向けがACJ」であり、「アニメ国内向けがAnimeTimes」といったような状況でした。おっしゃるようにdアニメがKADOKAWAさん主体でドコモさんと立ち上がっていたので、それとは別の合弁会社の形でエイベックスが半分出資、そこに集英社・小学館・講談社さんに参画頂き、更にぴえろさんや小学館集英社プロダクションさん、バンダイナムコフィルムワークスさんなども加わった「ALL Japan」的なアニメ配信チャンネルでした。
――:ちょうど2015年にNetflixさんが“黒船”として日本展開開始したタイミングですね。Avexも2012年の「dアニメ」ではなく、2011年からの「dTV」でドコモさんと共同事業をされてましたよね?
そうですね、dTV(現:Lemino)のアニメ調達機能、というのがAnimeTimesの出だしだったんです。当時500万人もユーザーがいる巨大サービスでしたし、国内でもアニメ配信の人気が出始めたタイミングです。その後になってNetflixもAmazon Primeもアニメ事業を開始するんです。ボンズさん、プロダクションIGさんといった制作会社と直接包括契約を結んで、オリジナルアニメを展開していきました。
――:今回インドWAVESのアニメパネルではAniplexやAPI社長としての勝股さんの実績への質問が多かったですね。『鋼の錬金術師』や、『ユーリ!!! on ICE』『KING OF PRISM』『ゾンビランドサガ』などの大ヒットアニメ作品を手掛けられてきました。「日本ではアニメ作品の成功基準はいくらくらいですか?」という質問への回答が僕的には大変興味深かったです。
1本あたりの利益ベースでスマッシュヒットなら5億円。それが10億円を超えるようなら大ヒットである、という話ですね。
海外からみるとアニメ1クールでどのくらい稼げるものなのというのは色々興味もたれてましたが、正直数年どころか10年ロイヤリティが入り続ける作品もあるくらいなので本当は生涯収入で考えないといけない領域ですよね。

――:2021年にAmazonPrime内で「アニメタイムズ」のチャンネルが立ち上がります。
それまでは一つの“プログラムサプライヤー”としてのポジションでしたが、チャンネル自体を我々自身がプラットフォームのように運営する“専門チャンネルのプラットフォーマー”になることは徐々に検討するようになっていました。
Netflixは完全に総合チャンネルのみですが、AppleやAmazon、Disney+などは「専門チャンネル」でサブチャンネルを設けることを許可しています。Appleの場合はマイシアターD.D.と2021年に「アニメカ」を開始、弊社はAmazon Prime内に「アニメタイムズ」を開始したんです。「プラットフォーム IN プラットフォーム」のようなサブチャンネルで、+αの月額料金でアニメが見放題になる、というものです。
――:Amazon Primeの追加チャンネルですね。といっても同サービスの中にはたくさんアニメチャンネルがあります。『dアニメストア for Prime Video』『nickelodeon』『マイ・ヒーロー(東映特撮)』など。これはどういう切り分けなんですか?
混乱しますよね。海外は独占販売することが多いのですが、国内って「とにかくどのチャンネルでも皆がアニメを見られるように」ということで非独占で色々なところにチャンネルを設けるんです。Amazon社自身が買い付けて配信しているアニメもありますし、dアニメもアニメタイムズもそれぞれ内容の違うサブチャンネルを並行で設けて、その内容をみながらユーザーは「アマプラ600円に加えて、+437円でアニメタイムズにも入ろう」といった具合です。弊社自体もAmazon PrimeだけとのExclusiveではなく、他配信サービスへの供給もあり、入れ子構造のようなものもあります。Prime Videoは日本最大規模のサービスであることもチャンネルの成長を後押しして会員数の大躍進に繋がりました。
――:Netflix1000万人、U-NEXT450万人ときてHuluやdアニメ、Leminoなど100~200万人級の有料OTTはいくつか行きますがアニメ専門チャンネルの大台突破って結構なメルクマールですね。
ちょうどアニメタイムズも設立10年強ですが、この期間にアニメ製作委員会に還元できた金額としては200億円になります。それなりにアニメ業界にも還元できたんじゃないかと思います。
――:思ってみたら、各プラットフォームごとの競争がある程度一定してきた中で、「OTT内の専門チャンネル設立」の争いのフェーズになっているんですね。
そうなんです、今回のインド展開もAnimeTimesが日本で躍進するなかで、その海外展開一発目ということでかなり期待値が高いんです。前述のようにもともとAnimeTimesは国内向けに展開していたサービスでしたから海外をやるというのはそれなりに重い意思決定でした。
■アニメタイムズが「最初の海外展開」にインド展開した理由
――:なぜインドだったのでしょうか?
Amazonは全世界に展開していますので、強い市場から考えることにしました。アメリカ、日本、ドイツ、インド。そのインドでは以前からAmazon Primeを展開する戦略地域になっており、そこで一緒にやらないかというお話を頂いて2023年12月から展開しています。
――:確かにAmazon PrimeはSensorTowerなどでもみると16年12月にインド展開が始まり、もうDL(ダウンロード)やMAU(月間ユーザー)ベースでは米国よりも大きくなっていますね。インドがAmazonの全体サービスについてのNext Marketなんですね。
その一環で満を持して一緒にインドにもっていこうという動きが積極化したんです。まだAvex本体としてもインドが強いわけではないですからね。我々としては採用から含めて本当にゼロイチで準備してきました。ボリウッド人脈をもつインド人でアニメ大好きな子を採用してインドチームをつくり、日本側も毎週末のコラボイベントのたびに宣伝チームが出張するような形で、とにかく10人くらいが走りながら作っている、というのが現在の姿です。
――:これは10年前にACJが果たせなかった「国産海外アニメ配信プラットフォーム」の夢が今、図らずも、国内向けだったAnimeTimesの海外化で別の形で実現してますね。
四苦八苦してますけどね笑。2024年は英語字幕だけで展開していたんです。インドだから英語でいけるだろうと思っていたんですが・・・甘かったですね笑。
2025年に入ってヒンディー語、タミル語、テルグ語、カンナダ語の4か国語で「吹き替え」でアニメ展開をしました。こうしたローカライズ部分はAmazonさんではなく我々側でやらないといけないので、そのノウハウを獲得するのが一苦労です。
――:インド人との仕事の進め方という意味でもご苦労があったのではないでしょうか?
「明確なロールを決めない」「ゴールを決めない」というところはインド進出企業みなが同じく苦労しているんじゃないでしょうか。市場のポテンシャルの高さは共有してますし、攻めていこう!というコンセンサスはあるんですが、じゃあいつまでに何万人を目指していくらどこに使おうみたいな工程表が、一向に出てこない。こちらから提示してもするりとかわされれる。とりあえやってみよう、と日本人の感覚からすると「ぬるりとスタートした」感じです。
2023年12月に始まった最初は年会費1本だけの展開で、所得を考えると「年間会員の金額をデジタルで一括で払う」なんてかなり限られてますよね。日本は500円だったらインドは150円で1/3くらいの価格でやってますが、あとから月会費にも切り替えましたし、UIもUIでいっぱい課題があった。そういったものが2024年ずっと改善して改善してを繰り返し、正直「サービスをインド展開しています」と明確に言える状態が整ったのは2025年入ってから、という感じです。
――:どのくらいのタイムスコープで展開されていく予定ですか?
確実に伸びています。でも時間はかかります。日本のような水準にもっていくのにゆうに5-6年はかかる、という覚悟でやってますね。ただとにかくインドはそのユーザー数の規模の大きさが魅力ですし、これからエンタメにお金を使う人たちのポテンシャルが凄い。スマホ世代も多い。
――:これはAmazon Primeにも買取でMG要求したりするような取引形態なのですか?
レベニューシェアでやっています。対等にリスクをとって展開する、だから大きくヒットしたときの戻りも青天井になります。事業のだいご味ですよね。
思えば、日本のアニメ事業者で外資プラットフォームとこの形式でビジネスをやっている事業者はなかなかないはずです。
――:素晴らしいですね。常々、日本のアニメの海外展開は「MGによる売り切り」こそが弊害だと思っていました。目先に積まれた事前取引額の多寡が成功/失敗の基準になってしまっていて、これだとその後アニメもIPも広げようという努力につながりにくい。版権移管はどうされてますか?アジアなどはすでにアニメで売り切ってしまっているものも多いですよね?
おっしゃるとおりです。すでにMediaLinkさんやMUSEさんなどアジアの事業者でインド向け展開の権利も包括して売ってしまっているケースも多いです。我々自身が売ってしまっているものもある。だから、「サブライセンスで彼らから買い取って展開している」というのが結論になります。
彼ら自身も広告収入モデルでインドでYouTube展開もしているからすでに無料でも見れている部分もあったりする。それらをとめてもらうために全部高めに買切るのか、部分的にはそのまま宣伝用と割り切って残すか、並行してこの話数からはAnimeTimesに誘導する、など色々と作品ごとにつけかえながらやってます。
――:なかなかに複雑ですね。APIでMUSEに売っている場合は、AnimeTimesインドでMUSEからサブライセンスで買い取ってインド部分だけ配信させもらう、になるわけですね。
配信のウィンドウって「作品の独占」「期間の独占」をうまく使い分けることだと思うんです。それを作品によってディール内容を変えていく。 Amazon, Netflixといったプラットフォームが我々の作品を広げてくれますが、アニメの面白さってやっぱり「深さ」ですよね。キンプリの劇場応援上映をやったときに最大のリピーターってなんと100回見に来ていた人がいるんですよ。映画館にですよ?
10万人、20万人と数を広げていく動きと、それとは逆に1000人が10回みる映画の作り方って全然違うノウハウですよね。アニメジャンルは半分お客さんが合いの手を入れて、UGCのようにつくっていくところもあります。そういう意味では14億人の超巨大マーケットではありますが、そんなインドの方々に今の日本のような「推し」の文化が入りディープになっていってもらえるかどうか、も色々探っていきたいところです。
苦労してもローカライズしているのって、そういう熱量とかディープに楽しんでもいいんだよという意味で「楽しみ方の提供」なんですよね。音楽ライブの感覚でアニメ上映を見てもいいんだというような。
――:他の国の展開も可能性はあるのでしょうか?
インド以外も考えてはいます。グローバルサウスからアジアにかけてまだまだ広大なマーケットが広がってます。特に中国は考査も厳しいんですが、今もなお非常に重要な市場だと思ってます。Amazonが強いドイツという選択肢もありますし。
アニメタイムズは日本とインドはAmazonとやってますが、それ以外への展開というのも十分考えられるオプションです。
――:エイベックスの音楽のところとのグループシナジーはいかがでしょうか?
劇場版アニメ『ベルサイユのばら』は絢香が歌ってますし、『パリピ孔明』の「QUEENDOM/チキチキバンバン」はうまくハマった成功例です。『ルックバック』は作品性を尊重して主題歌をつけず、かならずエイベックスの音楽ありきでやるわけではないですけどね。 今年7月の4期『おそ松さん』は期待しておいてください。かなりよい仕上がりになってますよ。Avexでいうといま海外向けにはXGが強いですから、こういった新しい動きとも連携していきたいところです。
■大賀典雄が創った日米のソニーアニメ事業。Aniplexも苦労したアニメ産業新規参入
――:Avexという異業種からアニメ事業化を成功させた勝股さんにぜひ聞いてみたかったことがあるんです。ソニーがそもそもなぜAniplexのような異色のアニメ会社を1990年代当時作れたんでしょうか?
その話ですね笑。だいぶ前の話になりますが、ソニーが1989年にコロンビアを買収し、SPI(ソニーピクチャーズ)という名前も命名した大賀典雄さんがアニメ事業の発案者なんですよ。彼がDisneyが作ったAnimated Musicalに感動したんです。Animationでありながらミュージカル、というのにとても感動されて、アニメ事業をプロジェクト化されました。その時に、いまはもうほとんど知られてませんが、日本は日本、ハリウッドはハリウッドでそれぞれ別々にやればいい、ということで日米同時にソニーはアニメ事業を始めました。日本側がAniplexの前身になるSPEJ(ソニー・ピクチャーズ エンタテイメント)です(1997年にSPEビジュアルワークス、2003年にAniplexに改称)。
――:なんと!アニプレックスは米国にもあったんですか!?
ほぼ同じタイミングでドリームワークスができたのと時期は一緒でしたね。日本側は『るろうに剣心』などヒット作が出来てそのまま続きましたが、米国側はまた別軸で米アニメーションを続けていったわけです。
――:大賀さん、さすが創業者第一世代ですね。以前勝股さんの先輩でもある内海さんにプレイステーションを打ってだす判断を久夛良木さんの前で大賀さんが下した話を聞きました。実はゲームだけでなくアニメも大賀さんなんですね!?
先見の明がある人でした。大賀さんご本人もアニメだ、アニメだ!と言っていたのを私はきいてました。ご本人から盲導犬のアニメの企画を自分から出すくらいの熱心さでした(その企画はちょっと・・・難しそうだったので進みませんでしたが笑)
――:2010年代に東宝やエイベックスがアニメ事業を始め、直近も大手総合商社なども参入します。アニメを異業種から立ち上げられた希少な事例をみられて直近の動きを勝股さんはどう見られてますか?今後もAniplexのような会社は生まれてくるんでしょうか?
Aniplexの母体も最初の5-6年はずっと赤字でした。CBSレコードで『木綿のハンカチーフ』などを当てていた白川隆三さんが初代社長としてアサインされて、『鋼の錬金術師』(2003)あたりからようやく事業としてだいぶ形になりましたが、ずっと苦しかった。アニメ事業ってそういうものですよね。ずっと耕してようやく忘れたころに芽がでるような。
ただAniplexで20年近く、APIで10年やってきた立場として、アニメの事業が芽吹くまでの長さはちゃんとわかっているつもりです。そういう観点でインド事業をみるとここから5-10年という長い時間をかけて取り組む価値のある市場だなと思います。
――:インドについては何か今後成長の起爆剤になりそうなヒントはWAVESでつかめましたでしょうか?
着実に伸びてはいるんですが、「波」を作らないといけないなとは思います。まだブレークスルーを待つ状態で、『NARUTO』や『進撃の巨人』、『呪術廻戦』などよく知られてはいるんですが、まだ「インドにおける国民的ヒットアニメ」がない状態です。これはマハーバーラタのような国民的叙事詩に紐づけたり、共同製作のような座組もゆくゆくは作っていかないといけないのでは、と思いましたね。いろいろと挑戦していきたいと思います。
――:ありがとうございました!またぜひ取材させてください。

▲左から木村誠氏(BlueRights)、Bang Keiko氏(Millenasia CEO)、勝股英夫氏(AnimeTimes社長)、手塚眞氏(手塚プロダクション取締役)、中山淳雄。Whistlingwoods school講演会時の写真
 
						
			
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