コラム:揺らぐ2つのアンカー、円相場から見た超長期金利上昇の読み方=唐鎌大輔氏

 5月に入り、日本の超長期債市場へ強いストレスがかかっていることが注目を集めている。唐鎌大輔氏のコラム。2017年6月撮影(2025年 ロイター/Thomas White)

[東京 27日] – 5月に入り、日本の超長期債市場へ強いストレスがかかっていることが注目を集めている。円金利がまとまった幅で上昇する中、為替市場では断続的な円高が見られており、「円金利上昇を材料視した円買い」という解説も散見されている。しかし、このような見方は正しいのか。少なくとも筆者は全く同意できない。仮に長年指摘されていた政府債務への懸念が日本の超長期債市場で表現されているのが現状だとすれば、その帰結はどう考えても円買いではなく円売りである。既報の通り、超長期債市場における海外投資家の影響は極めて大きいことで知られている。

<円金利上昇で円買いの浅はかさ>

そもそも「政府債務への懸念で金利が上がっている状況で当該国通貨が買われる」という構図は矛盾をはらんでいるので、仮にそのような状況が一時的に発生したとしても、「政府債務懸念を受けた円金利上昇」か「円金利上昇を受けた円買い」か、いずれかの解釈が本質的に間違っていると思われる。現状、前者の論点は米国を筆頭にグローバルなテーマになっているため、ごく目先の話をすれば、前者は正しく、後者は正しくないと解釈したいところだ。

だからと言って日本の債務危機をあおるような言説からも距離を取るべきであろう。日銀「資金循環統計」によれば、海外投資家の日本国債保有比率は短期国債を含めれば2024年12月末時点で約12%であり、過去四半世紀で明確に上昇傾向にあるものの、短期国債を含めないベースで見れば約6%で横ばいとなっている。日本とギリシャの財政状態を重ねた石破茂首相の国会発言が話題になったが、欧州債務危機時のギリシャのように海外投資家に自国金利の生殺与奪を握られるような状況は今の日本には当てはまらない。

もっとも、だからと言って今、円金利の上昇を円買い材料と解釈するのはいくら何でも安直すぎるだろう。現状は「日本の超長期債市場に需給の不安がある。それは財政状態への懸念を映す恐れがある。この状況を額面通り反映するとしたら円は売られるはず」という程度がフェアな解釈ではないか。

ちなみに本題からはそれるが、ギリシャについて付言しておきたい。石破氏の発言は09年以降に勃発した欧州債務危機時のギリシャを念頭に置いた発言と思われるが、25年時点で3大格付け会社のギリシャに対する格付けは財政健全化の進展が評価されたことで全て投資適格級まで改善しており、もはや「財政の落第生」としてギリシャを持ち出すことは現時点では適切ではなくなっている。

<円金利を支えてきた2つのアンカー>

長年、円金利の低位安定には「日本は世界最大の対外純資産国であること」と「世界有数の経常黒字大国であること」の2点がアンカーとして指摘されることが多かった(もちろん、それだけではないが)。後者が累積した結果が前者なので、2点とは言っても、同じ事実を指している。これは要するに「日本の外貨稼得能力は高いゆえ、海外からの資本流入に頼るようなことはない」という安心感があり、それゆえに「日本国債は内国債ゆえに格付けなど国外からの評価に無関心でいられる」という話である。

しかし、過去の本コラムでも議論してきた通り、経常黒字大国ゆえに世界最大の対外純資産国という対外経済部門の事実は今も不変だが、それはあくまで表面的事実であって、内実はかなり変容している。例えば23年末時点の対外純資産残高は約471兆円と33年連続で世界最大の地位を維持している。にもかかわらず22年以降に日本が経験したことは未曽有の円安局面だった。

これは対外純資産の「残高」というよりも「構造」が問題になっているからだと筆者は常々考えてきた。日本の対外純資産「残高」は確かに世界最大だが、その「構造」に目をやると、流動性の高い海外有価証券(対外証券投資)が過半を占めていた2000年代初頭とは異なり、現在は対外直接投資(端的には海外企業買収など)が過半を占めるという姿に様変わりしている。

海外有価証券、例えば米国債や米国株であれば「リスク許容度が毀損(きそん)したときに売却して円に戻す」といういわゆる「リスクオフの円買い」の源泉となることが期待されるが、日本企業が経営判断の結果として購入した海外企業を軽々に売り飛ばすわけにはいかない。筆者は「リスクオフの円買い」が迫力を失った背景には、こうしたストック面での対外経済部門の構造変化が寄与しているという仮説を持っている。

話を円金利に戻せば、結局、日本という国が多くの外貨建て資産を保有しているのは事実だとしても、それを円に還流させる経路が途絶しているのであれば、結果的に円の価値や日本国債の価値(円金利の水準)は劣後する方に動きやすいということではないか。

<円金利上昇と対外経済部門の変化はセットで理解を>

もう1つのアンカーである「世界有数の経常黒字大国であること」についてはもはや多くの議論を要さない。本コラムを含め、近年あらゆる場所で主張を重ねてきた通り、日本の経常黒字は極めて巨額だが、それは「統計上の黒字」であって「実務上のキャッシュフロー」と同義ではない。この点は24年3─7月に行われた神田元財務官主催の「国際収支に関する懇談会」でも議論されたテーマだった。上述したように、日本企業が対外直接投資を重ねてきた結果、経常黒字は第一次所得収支黒字で支えられるようになった。その受け取りの20%前後が今や直接投資収益の内数である再投資収益である。統計上の定義としてこの部分は日本へ還流せず、外貨のまま再投資される。

例えば24年であれば、再投資収益の受け取り部分だけで約14兆円存在した。その上で海外有価証券から生み出される利子や配当金などの証券投資収益も依然、第一次所得収支黒字の受け取り部分の4割前後を占めており、恐らくこの大部分も複利の効果を企図して外貨のまま再投資されている可能性が高い。

ちなみに24年、証券投資収益の受け取りは約25兆円存在した。この両者の合計である約40兆円は経常黒字から除外して考えた方が為替市場に対する影響をフェアに評価できるというのが筆者の提唱してきたキャッシュフロー(CF)ベース経常収支の要諦である(厳密には日本からの支払い部分についても明確にし、受け取りとネットアウトする必要がある)。

この結果、22年以降、日本のCFベース経常収支は大きな赤字であり、24年以降もおおむねゼロ近傍だったというのが筆者の仮説である。報道上は過去最大と騒がれる「統計上の黒字」とは大分異なっている。経常黒字だからと言って、外貨稼得能力が高いわけではなく、それゆえに円建て資産への流入が細る事態にも陥りやすいという可能性はある。

<対外経済部門の変化を認知すべき>

筆者は債券市場の専門家ではないが、今回の円金利上昇を受けて、日本の対外経済部門が過去10余年で経験している構造変化という非常に大きな論点も合わせて理解するべきなのだろうと思っている。その上で政府・与党の財政政策のスタンスや日銀の買い入れ縮小ペースを中心とする債券市場における需給構造の変化といったより直接的な論点も踏まえ、現実を把握する努力が求められそうだ。安易に財政危機をあおることは正しくないが、決して楽観的な状況とも言えないだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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