
「トランプ大統領のような政治家は自国の利益だけを考え、自国をすべての国から隔離された一種の要塞として想像している」
世界的なベストセラーとなった「サピエンス全史」の著者で歴史家のユヴァル・ノア・ハラリ氏は今の混沌とした国際情勢をつくりだす指導者たちの姿勢をこう描写しました。
世界中に関税を課し、ディールを求めるトランプ大統領。自国第一主義を掲げ、「要塞化」を推し進める指導者たちは、世界各地に登場し、勢力を拡大しています。
“トランプ時代”はこの先どうなるのか、私たちはこの激流を乗り越える術を持っているのか。ハラリ氏への単独インタビューからヒントを探ります。
(国際部デスク 豊永博隆 / 国際部記者 大石真由)
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「トランプ時代への警鐘~歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ」
配信期限 :5/26(月) 午前0:55 まで
トランプ時代への警鐘~歴史家 ユヴァル・ノア・ハラリ~
“トランプ時代”の到来

トランプ大統領は世界各国に相互関税をかけると発表し、ほかにも自動車や鉄鋼製品・アルミニウムなど次々と関税を課し続けています。
中国に対しては145%の関税を課し、中国も対抗して125%の報復関税をかけ、世界1位と2位の経済大国が事実上の禁輸状態となっていました。
2025年5月12日、スイスで行われていた貿易協議を受けて、米中は互いに115%追加関税を引き下げることで合意しました。
ただ、一部の関税については90日間の停止で、この短い期間にアメリカにとって貿易赤字の削減という大きな課題を解消しなければならず、「短い息継ぎに過ぎない」との見方も出ています。
ハラリ氏に2度の単独インタビュー
混沌とする“トランプ時代”をどう読み解くのか。
私たちはイスラエル出身の歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリ氏にトランプ氏が大統領選挙で当選した直後の2024年11月と、就任後の2025年3月の2度、対面でインタビューしました。
ハラリ氏
「人類は今、大きな共通の課題に直面しています。環境問題や気候変動があり、その一方で、世界戦争や核戦争の脅威もあります。今こそ人類は共通の利益のために団結する必要があります。
しかし、私たちが目にしているのは、国と国の間に、分裂と不信感が広がっていることです。理想的には、世界最強の国であるアメリカが指導的な役割を担い、リーダーとして、人類を一つにまとめるよう努めるべきです。
残念ながらトランプ政権は、まさにその逆のことを行っています。トランプ大統領は昔の帝国主義のように国際関係を見ていることは明らかです」

大ベストセラーをうみだした歴史家
歴史家ハラリ氏は世界で2500万部が売れたという大ベストセラー「サピエンス全史」の著者です。
この本は「人類種のなかでなぜホモ・サピエンスだけが生き残ったのか」など人類の歴史を独自の視点でひもといた書です。1976年イスラエルで生まれ、イギリスのオックスフォード大学で中世史、軍事史を学び、ヘブライ大学で歴史学を教えてきました。
繰り返し行われる紛争や戦闘を身近に感じ、なぜ人類は戦争を繰り返すのかと考え、軍事史の研究を続けてきました。それを学生に分かりやすく教えようと考えを重ねてまとめたのが「サピエンス全史」でした。

戦争につながる導火線
ハラリ氏は今、トランプ大統領が課している関税措置について、戦争につながりうる危険な行動だと指摘します。
「1920年代と1930年代には1929年の世界的な金融危機と大恐慌への対応として貿易戦争が起こり、国家間の関係が悪化し、最終的に第2次世界大戦につながりました。
歴史は決して繰り返されることはありません。ですから1930年代と同じ状況にあると考えるべきではありません。
しかし、それでも貿易戦争は国家間の関係を悪化させ、信頼を損ない、最終的には戦争につながる可能性があるという基本原則は変わりません」

第2次世界大戦は高関税も要因に
ハラリ氏が指摘する基本原則。今と似たようなことは歴史から学ぶことができます。1920年代、第1次世界大戦後の特需や自動車産業の成長などで経済的繁栄の時代を迎えていたアメリカ。しかし、1929年。そのバブルが崩壊し、世界恐慌に突入します。
時の大統領、フーバー氏が制定したのが、スムート・ホーリー法。
国内産業を保護するため、輸入品に対して高関税を課す法律でした。欧州各国も報復措置を実施して経済のブロック化が加速。世界経済は急激に縮小しました。
そんな中、追い詰められたのが日本やドイツなどの国でした。対外的な膨張政策を掲げる政権が国民の支持を集めました。関税政策は結果として第2次世界大戦の引き金となったのです。

要塞化する世界 その先は…
ハラリ氏は自国を優先するトランプ氏的な政治思想を「要塞化」というキーワードをあげて次のように説明します。
「トランプ大統領のような政治家は自国の利益だけを考え、自国をすべての国から隔離された一種の要塞として想像しています。そのため、貿易や思想、外国人に対して壁や関税を築いているのです。
問題はこれらの要塞がどのように関係を管理し、紛争を解決するかです。なぜなら、必然的にすべての要塞は、近隣諸国を犠牲にしてより多くの領土、より多くの安全、より多くの繁栄を望むからです。
したがって、2つの要塞が衝突した場合、国際法も普遍的な価値観もないので、戦争以外で要塞間の関係を管理する方法はありません」

要塞を広げようとするロシア
ウクライナに侵攻したロシアも要塞化した国の1つであり、プーチン大統領は「要塞」を広げようとあくなき野望を抱いています。ウクライナ東部・南部の4州の一方的な併合を宣言し、犠牲をいとわず、戦闘を続けています。
プーチン大統領は、ロシア人とウクライナ人は「ひとつの国民」だという持論を展開し、侵攻を「特別軍事作戦」と呼び、正当性を主張しています。
2025年4月以降、2回短期的な停戦を宣言したものの、実際には攻撃を続けています。ロシアの野心は目的を達成するまで止まらないと、ハラリ氏はみています。

「平和と降伏は同じではないということを私たちは明確に認識すべきです。ウクライナを明け渡し、ロシアにウクライナを占領させるだけではこれは平和ではないのです。これは降伏です。
そしてこういうことが行われればロシアがほかの国に対して同じことを行うのを誰が阻止できるでしょうか。
ウクライナ戦争は、2022年に始まったと言われていますが、実際にはロシアは2014年にウクライナに侵攻しました。ロシアはクリミアを征服し2014年から2022年まで断続的に戦闘が続きました。
休戦協定は、ロシアによって、すべて破棄されたことを覚えておくことが、非常に重要です。もし今、協定によって戦闘が停止したとしても、2、3年後に再び侵攻しないという保証はないということです。これは過去にも起こったことです」
イスラエル人が見ようとしないもう1つの事実

ハラリ氏の母国、イスラエルもまさに要塞と化していると言っていいでしょう。1967年の第3次中東戦争以降、イスラエルはヨルダン川西岸や東エルサレムの占領政策を続けていて、国際法違反が指摘されています。
そしてイスラム組織ハマスの壊滅を目指してガザ地区への攻撃の手を緩めず、これまでの死者は5万人を超えているほか、イスラエルは3月からハマスに渡るのを防ぐためだとして、支援物資の搬入を阻止し、国連は、子どもたちが飢えや死の危険に直面しているとしています。
ハラリ氏は、イスラエル人が悪いほうにものを考え、もう1つの事実に目を向けないことが問題だと指摘します。
「2023年10月7日にハマスがイスラエルを攻撃し、イスラエルとハマスとの戦争が始まったとき、多くのイスラエル人はアラブ諸国を全く信用できず、この地域に平和が訪れる可能性はもうないと結論づけました。
しかし、異なる解釈に達した可能性もあります。10月7日には起こらなかった出来事もあります。エジプトはイスラエルを攻撃しませんでした。1979年からイスラエルとエジプトの間には和平協定が結ばれ、この和平協定は維持されました。ヨルダンはイスラエルを攻撃しませんでした。パレスチナ暫定自治政府はイスラエルを攻撃しませんでした。
ハマスは、アラブ系イスラエル人、つまりイスラエルに住む何百万人ものアラブ系市民が攻撃に参加し、ユダヤ人の隣人を攻撃することを期待していましたが、彼らはそうしませんでした。
今世界で起こっていることの一部は、何かが起こると人々が即座に最悪の解釈をしてしまうことです。もっと寛大になって、できる限り最善の方法で解釈すべきです」

ポピュリズムの動き なぜ?
いま、トランプ大統領のように「自国第一主義」を掲げ、「要塞化」を目指す政治家が、世界中で勢力を拡大しています。
特にヨーロッパでは既存の権力構造やエリートを否定し、移民の受け入れに反対するポピュリズムが人々の支持を集めています。

ポピュリズムの動きがなぜこうも広がるのか。そもそもリーダーたちはどういう理論でポピュリズム的な主張を行うのか。
ハラリ氏は2025年3月に日本でも刊行された最新の著作「NEXUS(ネクサス)」の中で次のように分析しています。
「ポピュリズムという言葉は人民を意味するラテン語の「ポプルス」に由来する。民主社会では人民は政治的権限の唯一の正当な源泉と考えられている。(中略)
ポピュリストが行う最も斬新な主張は彼らだけが真に人民を代表しているというものだ。民主社会では人民だけが政治権力を持つべきであり、ポピュリストだけが人民を代表しているわけだから、ポピュリストの政党が政治権力をすべて独占するべきことになる」(NEXUSより)
単純なストーリーに惹きつけられる
そして、多くの人々が惹きつけられる理由として次のように指摘します。
「この見方はあらゆる社会的なかかわり合いを権力闘争に矮小化するので、現実が単純化され、戦争や経済危機や自然災害のような出来事が理解しやすくなる」(NEXUSより)

ポピュリズム的な政治家たちはストーリーを単純化し、あるときはつくり話=フィクションを仕立て、人々を魅了するというのです。
歴史上の悲劇 魔女狩り

単純化したストーリーは、時に暴走することがあると、ハラリ氏は歴史上のある悲劇から説明しました。
ドイツのバンベルク。17世紀、人口のおよそ10人に1人、1000人が処刑される出来事がありました。魔女狩りです。
魔女狩りを広めたという貴重な本がこの町にある州立図書館に保管されていると聞き、訪ねました。その本は「魔女への鉄槌」という本で、1490年ごろに印刷された初版本の1つだといいます。
この本は、魔女の正体を暴いて殺すためのいわばガイドブック。およそ30年間で13回版を重ね、当時のベストセラーとなりました。

バンベルク州立図書館ベティーナ・ワグナー館長
「この本は、魔女狩りを引き起こしました。尋問の方法も書かれています。拷問も方法のひとつで、それによって真実を聞き出せるという考え方でした。
真実だったかどうかは、別の問題です。自白を絞り出し、それを理由に彼らを迫害しました」
フィクションが勝つ?
「ヨーロッパの歴史において、魔女狩りは最悪の波でした。最大の発明である印刷機は多くの書籍、多くの情報を生み出しました。
しかし、最も人気があった書籍は科学書ではありません。過激な宗教文学や魔女狩りのマニュアルでした。
真実はしばしば苦痛を伴います。自分自身、あるいは自国について、知りたくないこともたくさんあります。それに対してフィクションは、好きなように心地よいものに作ることができます。
つまり、コストがかかり、複雑で苦痛を伴う真実と、安上がりで単純で心地よいフィクションとの競争では、フィクションが勝つ傾向にあるのです」

混乱は続く…
トランプ大統領は徹底した不法移民対策を強調。第2次世界大戦で使われた「適性外国人法」を適用して200以上のギャングを国外追放しました。
政府が認める性別を男性と女性のみだとする大統領令に署名し、性的マイノリティーの人たちを不安にさせています。
地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言したほか、外国で製作された映画に100%の関税を課すと発言するなどアメリカを「要塞化」したうえで、国内外にさまざまな要求を突きつけ、そして混乱させています。

乗り越える術は「信頼」
混沌とする“トランプ時代”をどう乗り越えればいいのか。
ハラリ氏は「私たちはすでに答えをもっている」と教えてくれました。

「人類の長い歴史から学ぶべきことは、信頼を築くという人間の驚くべき能力です。
10万年前、人類は、数十人の小さな集団で暮らし、外の人間を信頼できませんでした。今日では、数百万人が互いに信頼し合う国家のような巨大なネットワークが構築されています。過去には多くの戦争や犯罪などの問題があったにもかかわらず、互いによりよく信頼を築く方法を学んできたのです。
私たちの食べ物、技術、発想のほとんどは、10年前、1000年前、あるいは5000年前に外から来たものです。もしある国が『外から何も欲しくない、国内にあるものだけを使う』と言うなら、誰もこれまでのように生きることはできません。自分の外にあるものを、まるで空気のように信頼しなければなりません。
今、私の周りには空気があり、私は空気を自分の中に取り込み、肺に吸い込みます。私はこの空気を信頼して、それを中に取り込み、そしてまた戻します。この出入りの動きこそがまさに生命のリズムなのです」
「中に取り込み、そして戻す」をハラリ氏はin and out movementと表現しました。お互いを信頼し、自由にモノをやりとりする。戦後、空気のように当たり前だった頼ることの重要性を再認識しました。

ハラリ氏の新刊のタイトル「NEXUS(ネクサス)」、その英語の意味は「つながり」です。
1人1人ができることは限られていますが、それでも人類の驚くべき能力を私たち1人1人が少しずつでも発揮することが何より問われているのではないでしょうか。

国際部デスク
豊永 博隆
1995年入局 経済部 アメリカ総局(ニューヨーク) おはBizキャスター
大阪局デスクを経て現職 国際経済分野を担当

国際部記者
大石 真由
2017年入局 富山局 名古屋局を経て現所属
現在は欧州や経済分野などを担当

WACOCA: People, Life, Style.