昨年11月の米大統領選後、当選したドナルド・トランプ氏と「政府効率化省(DOGE)」のスタッフが財政赤字の拡大に歯止めをかけると、スティーブン・ジェン氏ほど楽観的期待を抱いた債券市場関係者はほとんどいなかった。

  それから半年が経過し、投資会社ユリゾンSLJキャピタルを率いる市場のベテランであるジェン氏はこうした楽観論から後退している。実際、トランプ政権2期目の財政の大盤振る舞いを目にして大いに落胆したジェン氏は、米国の路線転換には英国のトラス政権を崩壊させたような債券市場の混乱が必要なのではないかと考え始めている。

  ジェン氏は「完全に諦めたわけではない」とした上で、「しかし、私たちが正しい方向に進んでいないことは認めざるを得ず、今後起こりかねない事態を憂慮している」と指摘。「皆に正しい行動を取らせるには、米国債市場で利回りが5%近くか、それを超える水準まで上昇し、リズ・トラス氏に起きたことの再現が必要になるかもしれない」と語った。

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  トラス元英首相は2022年、赤字穴埋めのための歳出削減がないまま大規模な減税案の成立を強行しようとして政権崩壊の憂き目に遭った。減税案に反発した投資家は長期国債を大量に売却し、利回りはわずか数日で150ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)余りの急上昇となった。

  トランプ氏は赤字削減のために歳出を抑えることを頻繁に口にしているものの、DOGEによるこれまでの歳出削減は控えめなもので、政権が議会と交渉中の新たな減税案で生じると見込まれる歳入減の規模には到底及ばない。

  ジェン氏は電話インタビューで「政治家たちや一般の人々にとって、はるかに膨らんだ連邦債務や財政赤字の世界を想像するのは難しく、そのような破滅的事態が起こる前に対策を講じることができるかどうか疑問に思う」と発言。「あるいは、実際に債券市場が崩壊するという証拠を目にしなければ、行動を起こさないかもしれない」と話した。

  米財政赤字は既にどのような尺度に照らしても大きく膨らんでいる。赤字幅は23会計年度(22年10月-23年9月)に国内総生産(GDP)比6.2%となった後、24年度は6.4%に拡大し、過去のリセッション(景気後退)や世界大戦時を除けば異例の高水準に達している。

  米長期国債利回りは既に上昇傾向にある。投資家は減税案を受けて債務急増への懸念を強め、10年債利回りは再び5%に迫りつつある。トランプ氏の看板経済政策である税制改革案は現在下院で審議中で、共和党議員は7月初めまでに可決の上、署名のためトランプ氏に送付することを目指している。 

  超党派の非政府組織(NGO)「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は14日、下院の法案が34年度までに米債務を少なくとも3兆3000億ドル(約484兆円)増加させ、年間財政赤字をGDP比7%超に押し上げるとの推計を発表した。

  マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得したジェン氏は、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏や故ルディガー・ドーンブッシュ氏の指導を受けた。モルガン・スタンレーでは世界的な貿易不均衡や政府系ファンド(SWF)の台頭に至るまで、マクロな課題に関する研究で頭角を現した。国際通貨基金(IMF)での勤務経験もある。 

  ジェン氏はジョアナ・フレイレ氏と共同でまとめた13日のリポートで、DOGEが最終的に最大5000億ドル規模に上る実質的な歳出削減を実現できる余地があると指摘した。また、関税率引き上げでさらに3000億ドルの関税収入をもたらす可能性もあるとした。それでもなお1兆2000億ドルの財政赤字が残り、その解消には歳出削減しか道はないと結論づけている。

  ジェン氏はインタビューで、憂慮すべき事態について人々に警告を発し、それを回避するために何かしなければならないと告げるだけでは「不十分」で、「彼らは実際に痛手を負わなければならない」かもしれないとの見方を示した。 

原題:US May Need ‘Truss Moment’ to Cut Deficit, Market Veteran Says(抜粋)

(インタビュー内容や背景を追加して更新します)

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