「まず、牡蠣(かき)を百個!」と、原稿を書きあげた後、文豪バルザックは叫ぶ。その後、子羊の背肉を12枚、子(こ)鴨(がも)1羽、鶉(うずら)の雛(ひな)2羽、舌平目とデザートを平らげたというから半端ない大食漢だ。

 本書は美食批評で名高いブリヤ=サヴァランから、バルザック、フロベール、ドーデ、コレット等の料理描写をたのしく読みとく。緻(ち)密(みつ)なフロベールの文章では、レストランでの料理選びが物語展開の中枢を担い、料理文化に精通していなければ解読できない。コレット流じゃがバターの描写には涎(よだれ)が出そうだったし、父から息子へ伝授されるブイヤベースの奥深い物語にはしみじみとした。文学好きな食いしん坊には一石二鳥の良書だ。

 味覚より視覚重視で、一気に並べて空間的華やかさを誇示した貴族的食事法は廃れ、一品ずつ料理が供される「ロシア式」に変化する。同時に、フランスの美食を支えるのは郷土とその産物だという概念が発展する。会食者との時間を大切にする「共食」という考えも味噌(みそ)。肉焼き上手は天性の才、チーズはお新香のような〆(しめ)、という「常識」にも笑った。(教育評論社、2420円)

読売新聞

2025年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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