女子野球の世界最高峰に君臨し、日本代表の絶対的エースとしてW杯MVPを受賞。現在はトロントでの男子リーグ挑戦を控え、2026年に設立されるアメリカ女子プロ野球リーグでは特別アドバイザーに就任した里綾実選手。選手としての挑戦に加え、女子野球の未来を支える立場としても歩みを進める彼女。投手として試合を「楽しむ」ことを大切にしながら、一球一球に向き合うその姿に、次のステージへの覚悟と希望がにじむ。
カナダで挑む男子リーグ、野球人としての心構え
ー「W杯MVP」「世界一のエース」と呼ばれる里選手が、いま新たに「男子リーグへの挑戦」を選んだ理由を教えてください。
まず、自分の中で海外の男子リーグへ挑戦するというとは思ってもみないことでした。ある日球団から突然のオファーを頂いたことがきっかけでした。このお話をいただき、自分が今までやってきたことがどれだけ通用するかを試したいと思ったことが一番の理由です。そしてそこに挑戦することこそが自分が成長できるチャンスだと思ったからです。
ーこれまでのW杯や代表戦で、「人生を変えた一球」があるとすれば、いつのどんな場面ですか?
代表選手として初めての舞台となった2010年ベネズエラでのW杯、アメリカ戦。1打逆転のノーアウト満塁の場面で登板することになりました。初球ファールフライ1アウト。次のバッターをピッチャーゴロ、ゲッツーで抑えピンチを切り抜けました。最後のアウトを取る時は全てがスローモーションに見えました。イニングが終わり湧きあがる歓声。
日本のピンチを救い、アメリカ戦に勝利したことが自分にとってその後の代表生活、選手生活の大きな自信となりました。
ーここぞというときは技術以上にマインドセットが大切になるかと思います。これから迎えるトロントでの挑戦。異国の男子リーグで、自分が一番試されると思っていることは?
まずは、ゲームを作ること。今までの歴史の中で初めての女子野球選手というとことで、野球の技術が試されている部分もあると思いますが、ピッチャーとして試合を作ることが大切だと思っています。緊張もしますが、自分がどこまでできるかも楽しみたいです。いつでも「楽しむ」こと。それに尽きます。
ー野球のスタイル、文化、価値観など、カナダや北米の野球からどんな刺激を受けたいですか?
全てが刺激になると思うので、なんとなく過ごすのではなく野球に然り海外生活に然り、自分でアンテナを張ることを意識したいです。自分の中で様々なことを吸収するという気持ちをもって、1日1日を過ごせたらいいと思っています。
野球に国境はない。情熱がつなぐ輪と和、そして変わりゆく向き合い方
ー環境を切り拓いてきた第一人者でもある里選手ですが、「女性が野球を続けられる世界」を本気でつくるためには何が最も必要だと感じますか?
「覚悟」です。覚悟を持って女の子が野球を続けられる世界を作る!という気持ちと共に行動することしかないと思っています。私自身も毎年女子野球のイベントを学生に向けて開催していますが、そこでもいろいろな気づきや日本の女子野球界の課題も見えます。まずは選手一人ひとりが高い意識を持ち、口だけではなく行動で示していくこと。「他人事」ではなく「自分事」として、強い想いを持つ選手が行動することこそが女子野球の発展につながると感じています。
ーMLBの特集ドキュメンタリー「See Her, Be Her」にも出演されました。ドキュメンタリーのメッセージに共鳴したご経験はありますか?
私はこれまで野球を続けるなかで、時には孤独を感じながらも絶えず情熱を持ってここまでやってきました。この映画を通して同じ想いを持って生きている仲間がいるということを知ることができました。やるせない気持ちや悔しさ、そして「野球」という喜びと情熱。その想いには国や人種は全く関係ありません。この映画をきっかけに、女子野球の「輪」、夢を持って生きる人々の「輪」が「和」となって広がっていくのだと感じました。そして私自身もそのような姿勢を見せられるようにこれからも野球に向き合いたいと思います。
ー長く第一線で活躍し続ける中で、自分にとって「野球とは何か」という問いの答えは変わってきましたか?
最初は「楽しいからやる」といった自分が一生懸命取り組めて満足できるものという認識でした。ですが、最近では「野球を通して何をできるか?」「世の中にどう貢献できるか」ということをすごく考えます。だからこそ世界の女子野球選手にとって自分が野球をすることが希望になってくれていたら嬉しいですし、そうなれるように頑張りたいと思っています。
ー2026年にアメリカで始まる女子プロ野球リーグで、特別アドバイザーに就任されたと伺いました。選手として、そして未来の担い手を導く立場として、どんな未来を思い描いていますか?
間違いなく、世界の女子野球選手の目指す場所になると思っています。私が野球を始めたころには描くことのできなかった「女子選手がプロ野球選手になる」という夢を持つことができるような場になると信じています。そしてその未来を創るために私自身も自分を信じ、行動していきたいと思っています。
ー現在アメリカでは、トランスジェンダーのアスリートの女子スポーツ参加を巡ってさまざまな議論が起きています。女性として、そしてトップアスリートとして、ジェンダーとスポーツの関係についてどのような考えをお持ちですか?
近年、多様化の風潮もあり性別の定義は様々ですが、スポーツに関しては肉体があっての競技なので、どれだけ気持ちが男性・女性であっても、肉体で判断すべきだと思います。競技によっては命に係わるのでそういった性別の区切りはスポーツの面ではしっかりしないといけない。それ以外の場面では、メンタルや個性を受け入れる寛容性もあっていいと思います。
ーこれから野球人生の新しい章を始める里綾実選手へ、未来の自分に贈る言葉は?
自分を信じて、楽しんで、突き進んで!
【プロフィール】
里綾実
鹿児島県奄美大島出身。兄の影響で野球を始める。神村学園で全国大会に出場し、優勝。尚美学園大学での活躍を経て、2013年より女子プロ野球リーグに参戦し、最多勝、最優秀防 御率、MVPなど数々のタイトルを獲得。日本代表としてもW杯6大会連続出場、うち3度のMVPに輝いた「世界一のエース」。現在は埼玉西武ライオンズ・レディース所属。2025年にはカナダ・トロントの男子リーグに挑戦予定。また、2026年に設立されるアメリカ女子プロ野球リーグでは特別アドバイザーに就任。競技の枠を越えて女子野球の未来づくりにも尽力している。
【取材協力】J Athletics Canada
「スポーツは武器になる」をモットーに、トロントを拠点にスポーツの教育的価値を大切にしながら、多世代・多国籍が交流できる日本語スポーツコミュニティー。スポーツを通じた人づくり・地域づくりを目指し、子どもからシニアまでがレベルに応じてスポーツを楽しめる場づくりを展開中。
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