俳優・北村匠海さんが向き合う やなせたかしさんの戦争と正義



なんのために生まれて
なにをして生きるのか

「アンパンマン」の生みの親、やなせたかしさんが自ら作詞した「アンパンマンのマーチ」の一節です。

連続テレビ小説「あんぱん」でやなせさんがモデルの人物を演じる俳優・北村匠海さんは、この言葉の奥にある意味を考え続けています。

やなせさんが生涯通して、伝えたかった生きることへの思い。

北村さんは、やなせさんの思いをどう受け止め、どう演じようとしているのか。話を聞きました。

(おはよう日本キャスター 井上二郎・ディレクター 浅井莉奈)



“なんのために生まれて なにをして生きるのか”
やなせたかしさんと妻・暢さん夫婦をモデルにした連続テレビ小説「あんぱん」。戦前から戦後の激動の時代を生きた夫婦の物語です。

私たちが北村さんにインタビューをしたのは3月半ば。ドラマの撮影が始まって半年がたったころでした。

Q.27歳という年で、もちろん戦争は経験していない中で、大きな背景となっている戦争をどういうふうに自分の中で消化し、あるいは表現しようとしていますか。

北村匠海さん
「やっぱりアンパンマンを生むために、やなせさんにとって大事な、忘れてはならないものです、戦争って。この『あんぱん』という作品で、ある意味、自分が伝えるべき役目を担ったのかなと。その戦争をすごく自分も大事に、そして気合いを入れながらやっています」


北村さんが演じるのは「アンパンマン」を生み出した漫画家・やなせたかしさんがモデルの人物・柳井嵩。

北村さんは、ドラマのなかにもでてくる、やなせさんが自ら作詞した「アンパンマンのマーチ」の歌詞「なんのために生まれて なにをして生きるのか」がずっと心に残っているといいます。

「自分は何のためにここにいて、なにをして生きるのか。それは絶対に人それぞれ違うものだし。ただなんか自分自身もすごい考える言葉でもありました」

“正義は逆転する” やなせさんが経験した戦争の現実
ドラマ『あんぱん』のテーマのひとつとなっているのが、やなせさんが経験した戦争です。

ドラマはやなせさんが残したこんな言葉で幕を開けます。

正義は逆転する。
信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。
じゃあ決してひっくり返らない正義ってなんだろう。


20代で徴兵され、中国戦線に送られたやなせさん。

厳しい戦場での経験を原稿に残していました。

「戦う前に腹ぺこでフラフラ。タンポポの根っことか手当たりしだい食べてました」

やなせさんが経験した戦争をどう演じればいいのか。北村さんは、飢えを疑似体験しようと3日間の絶食をして撮影に臨みました。

「疑似的ですけど、ある種そういう本当にリアルな飢えっていうのを感じると、生きたいって、なんかもう体が叫んでいるのがわかるんですね。優しい心を持ちたいのに、持てない自分っていうのがいるなということも気づきました。誰かのために生きていたはずなのに、飢えとか、食べ物というものが自分の中から枯渇すると、自分自身にやっぱ矛先が向くというか、生きるベクトルが自分だけに向いて、自分が生きたいに変わる」

その後、日本は敗戦をむかえます。

日本の戦争は、正義だと信じてきたやなせさんは、突然その正義が逆転する様を目の当たりにしました。

“逆転しない正義”とは…?
では、逆転しない正義があるとすれば、それはいったいどういうものなのか。

考え抜いた末、やなせさんはひとつの考えにたどりつきます。

「飢えている人がいればですね、その人にひと切れのパンをあげるっていうことは、A国へ行こうが、B国へ行こうが正しいんですよ。もしも正義の味方だったならば、最初いちばんにやらなくちゃいけないのは、飢える人を助けることじゃないかと思ったんです」

北村さんは、飢えを疑似体験したことで、この言葉に深く共感することができたと言います。

「生きることって食べることだと思うし、やっぱ食べなきゃ生きられないし、水飲まないと生きられないし。飢えている人に食べ物を分け与えることが本当に大切なことだと思うんですよ。本当の正義なんじゃないかって。自分を犠牲にしてでも誰かを助けることだったり、誰か飢えている人にごはんを与えることだったり、それがやなせさんの出した答えなんだなとはすごい思いますし、僕もすごい同感する」

“明るい未来は存在する” 北村匠海さんが届けたい思い
終戦からことしで80年。

世界ではいまだ戦争はなくならず、やなせさんがたどり着いた“逆転しない正義”を実現できているとはいえません。

Q.残念ながら現実は各地で戦争が起き続けているし、増えています。アンパンマンの願う世界というのは理想論なのでしょうか。

「理想論って決して悪いものではないと思うんです。やなせさんが描くアンパンマンが子どもたちに届いているという現実は、僕はすばらしいことだと思っています。常に次世代の人たちに届いている。人生がこれから始まる人たちに、深さではなくて、すごく普遍的に、ぼんやりとかもしれないけれども、アンパンマンが自分の顔を誰かにあげるかっこよさは、確かに僕も含めて子どもたちにずっと、伝わってきていることなので。大人から見ると理想論ですよ、絶対。というか、僕が今しゃべっているのは、全部理想論ではある。でも誰かにとっては必要な理想論かもしれないから、こういうことは言葉にしていかねばならないなと思いますし、やなせさんがずっとアンパンマンを描き続けた理由というのもそこにあると思います。この作品があるかぎりは、やっぱり明るい未来っていうものは必ず存在すると、僕らが言わないと誰が言うんだって」


「なんのために生まれて なんのために生きるのか」

北村さんは、やなせさんがアンパンマンに込めたメッセージを、自らが演じる柳井嵩の姿を通して見ている人たちにも感じとってほしいと願っています。

北村匠海さん
「何が正義なのかとか、生きるとはどういうことなのかとか、そういう大きなテーマで捉えてほしい。誰かに優しくしようでもいいですし、自分を大切にしようでもいいですし、人それぞれの正義感だったり、生きる価値観でいいと思うので。誰かにも自分にも優しく生きてほしい。みんながそう生きれば戦争なんて起きないなんてきれいごとは、僕は言わないけれども、大事にしてほしいなって、僕は柳井嵩を演じてすごく思います。やっぱ誰かに優しさを持って、愛情を持って接していると、何かの形で返ってくる。誰かのために生きていたら、自分がこうなっていた。そこに満足している自分がいたら、これほどすてきなことはないなと。そういう優しさを持って生きてほしいなって。戦争という、すごく悲しく暗い時代を描いているから、そこから受け取った思いを明るさに変換してほしい」

取材後記
一つ一つ、言葉を選びながらも自分を貫こうという気持ちが伝わる北村さん。辛いことやくじけそうなことを誰よりも受け止める繊細さがありながら、それでも未来への希望は捨てたくないと語る、まっすぐな眼差しが印象的でした。

20歳以上年の離れた私ですが、世代を超えて深く共感し学ぶことができた時間、何より北村さんの向こうにやなせたかしさんの姿をはっきりと感じる時間でもありました。

話の中心となった「逆転しない正義」。正義のぶつかり合いが時に分断や憎悪を生むことを、いま世界のニュースやSNSを巡る状況などで目の当たりにします。本当に自分の中にすむ正義だけが正しいのか。それを常に意識し、相手の立場に立って理解し、歩み寄ることができるのが本当のヒーローなんだよと、やなせさんに語られている気がしたインタビューでした。(井上二郎)

自分の中で、しっかりやなせさんの人生を落とし込んで話しをしてくれた北村さんのことばの強さに、私自身も考えさせられました。アーティストとして自ら作詞なども手掛ける北村さんは、ふだんから自分の人生を考える機会が多いからこそ、北村さんの哲学とやなせさんの哲学がシンクロするそうです。

「明るい未来を伝え続けないと誰が伝えるんだ」という北村さんのことばにメディアにいる自分としても身の引き締まる思いでした。私も“あんぱん”を見ながら、なんのために生きるのか、ドラマの展開を通して見つめることができたらいいなと思います。(浅井莉奈)

(4月18日「おはよう日本」で放送)

おはよう日本キャスター
井上二郎
これまで知恵泉司会やダーウィンが来た!のナレーションなど担当
映画でタイムリープを繰り返す北村さんを見て以来、その独特の存在感に惹かれてきました。

おはよう日本ディレクター
浅井莉奈
2019年入局
スポーツ情報番組部、沖縄局を経て現職
DISH//の歌はよく聴いていましたが、北村さんのことばの強さに圧倒され、より惹かれました。

WACOCA: People, Life, Style.