コラム:中国が保有米国債を「武器」にできない訳

 4月29日、中国が米国との金融戦争で使う最終手段は、保有する巨額の米国債を急激に売り払い、ドルを暴落させるとともに米国の金利を急騰させて同国経済を混乱させることだろうと長らく考えられてきた。北京の米企業社屋前で8日撮影(2025年 ロイター/Tingshu Wang)

[オーランド(米フロリダ州) 29日 ロイター] – 中国が米国との金融戦争で使う最終手段は、保有する巨額の米国債を急激に売り払い、ドルを暴落させるとともに米国の金利を急騰させて同国経済を混乱させることだろうと長らく考えられてきた。

米中間で全面的な貿易戦争が再燃する中、こうした潜在的な脅威への懸念がこのところ再浮上している。しかし、大量の核を保有して敵国の核使用を抑止する「相互確証破壊(MAD)」ならぬ「相互確証金融破壊」論は、今もこれまでも、現実より神話に近い。

中国国家外為管理局(SAFE)の公式データによると、中国は2019年末時点で外貨準備におけるドル建て資産の割合が55%と2005年のピーク時の79%から大幅に低下し、国際通貨基金(IMF)がまとめた2019年当時の世界平均である61%も下回っていた。

一部は中国の国有商業銀行によるドル建て資産の保有増加で相殺されている可能性が高い。しかし中国は他国同様に、過去20年間でドルへの依存度を着実に減らしてきた。

この傾向は、中国による公式の米国債保有状況を見ると一層明らかになる。米財務省によると中国の米国債保有額は今年2月時点で7840億ドルと、2013年のピーク時の1兆3200億ドルから大きく減少。現在は約28兆ドル規模の米国債市場に占める比率がわずか3%と、2011年の14%から大幅に下がった。

中国はベルギーなど他国でも米国債を保有しているが、全体としてはやはり米国債への投資が明らかに低下している。こうした数字は中国が米国債市場に与え得るダメージがこの10年間で大幅に薄れたことを物語っている。

<売却は可能か>

それでも、中国の米国債売却によって引き起こされかねない資本流出は、名目ベースでは依然として莫大だ。

中国が米国債を大量売却することはできるだろうか。もちろん、どんな事態も可能ではある。特に現在は、過去数十年間に確立された国際的な経済・金融・政治の常識が塗り替えられているのだから。

しかし中国の米国債売却が中国の利益にならないのは明らかだ。最大の理由は他でもない、保有資産を叩き売ればその価値が暴落し、リスク回避を重視する中国政府が大きな損失を被るということだ。米国に一発お見舞いすることはできるが、自分の足を撃つことになる。

実務的に見ても、米国債の売却は非常に難しいだろう。市場がほぼ確実に異変を察知し、先回りして売却を始めるため、中国はやはり大きな損失を被る。

また、市場で混乱が生じれば米連邦準備理事会(FRB)が金融の安定を守るために大規模な買い支えを行うことも確実だ。

そして弱い経済成長やデフレ、そして米国との過酷な貿易戦争に直面している中国にとって「強い人民元」はもっとも望ましくない事態だ。中国は米国債の売却益で必ずしも人民元を買う必要はない。しかし現在の状況では、一時的にでもドル安を引き起こして米国を弱体化させようとするのは中国にとって逆効果だろう。

<100年の視野>

むしろ中国は米国債を満期まで保有し、償還資金を短期国債など他の現金性資産に再投資することで「イールドカーブの傾斜を強める」可能性がある。これはドルにとって中立的な政策だが、それでも米国の長期金利を押し上げる効果は持つ。

米外交問題評議会(CFR)の上級研究員ブラッド・セッツァー氏は「米国が国債発行にやや問題を抱えているのは明白で、中国はそれをさらに難しくすることができる」と指摘する。

また、中国は米国以外に預けている米国債の構成をより大きく見直すこともできるし、国有商業銀行が保有を減らすという手段もある。いずれも公式の外貨準備統計には表れない。

とはいえ中国は結局、今保有している米国債を抱え続けざるを得ない可能性が高く、保有を減らす手段はこれまで通り受動的かつ段階的なものになるだろう。

ベッセント米財務長官は先週ワシントンで開かれた国際金融協会(IIF)主催のイベントで、世界の貿易・経済・金融の不均衡是正について「早期に結果を出すこと」を求めたいと発言。「一部の国は100年の視野を持っているかもしれないが、われわれはそうではない」と冗談交じりに語ったが、これは明らかに中国を指したものだった。

中国の経済的な時間軸が本当に100年とは限らないが、米国よりも遥かに長期的なのは間違いない。中国が米国債やドル資産をどう扱うかを考える際も、軽はずみな政策決定は米国に任せ、自らは長期戦略で臨むという姿勢を崩さないだろう。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

Jamie McGeever has been a financial journalist since 1998, reporting from Brazil, Spain, New York, London, and now back in the U.S. again. Focus on economics, central banks, policymakers, and global markets – especially FX and fixed income. Follow me on Twitter: @ReutersJamie

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