コラム:ドル底入れの兆し、改めて示された円の弱さ=内田稔氏

 4月2日にトランプ大統領より示された相互関税率を受け、世界的に株式相場が下落した。多くの国で長期金利がいったん低下し、為替市場ではドル安が進展。円を含む主要通貨が上昇した。150円付近で推移していたドル/円も一時139円台まで下落した。内田稔氏のコラム。写真は4月25日撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

[東京 28日] – 4月2日にトランプ大統領より示された相互関税率を受け、世界的に株式相場が下落した。多くの国で長期金利がいったん低下し、為替市場ではドル安が進展。円を含む主要通貨が上昇した。150円付近で推移していたドル/円も一時139円台まで下落した。中でも米国では長期金利が4月11日にかけて4%台半ばまで急騰(価格は下落)するなどトリプル安に見舞われ、市場の緊張を高めた。一方、足元ではドルに底入れの兆しも出始めている。本稿ではそのドルの動きに焦点を当てるとともに、改めて示された円の弱さについても言及する。

<株安は世界共通の動き>

はじめに、株式相場から振り返っておこう。相互関税の詳細が発表された前日(4月1日)と米長期金利が急騰した11日の終値を比べた米国株(S&P500)の下落率は約4.8%であった。これは、主要7カ国(G7)の中では最も低く、反対に下落率トップは、イタリアのFTSE MIB指数(マイナス11.7%)である。次いで、フランスのCAC40(マイナス9.8%)、ドイツのDAX(マイナス9.6%)、英国のFT100(マイナス7.8%)と欧州株が軒並み弱く、カナダのトロント指数(マイナス5.8%)、日経平均株価(マイナス5.7%)と続いた。ちなみに、1日と先週末25日の終値を比べても、米国株の下落率はG7の中でも真ん中である。トリプル安とは言うものの、株安は世界共通の動きであり、下落率に照らしても特にドル建て資産を悲観視する必要性は低い。

<長期金利が上昇したのも米国だけではない>

次に長期金利をみておこう。4月1日と11日を比べると米国では約32ベーシスポイント(bp)も上昇した。リスク回避的な局面での米国債相場の下落がドル建て資産の信認低下を市場に強く印象付けた。ただ、カナダの長期金利はそれを上回る約34bpも上昇しており、英国、イタリアの長期金利もそれぞれ約12bp、約2bp上昇した。米国債に連れ安となった面もあろうが、長期金利の上昇も米国に限ったものではない。加えて、米議会ではトランプ減税の延長など財政拡張議論が進行しており、長期金利の上昇は言わば自然な動きでもある。この間、10年物のタームプレミアムが拡大しており、いわゆる「悪い金利上昇」が進んだ形だが、それも2023年8月に格付け会社フィッチ・レーティングスが米国の格付けをトリプルAから引き下げた後や昨秋以降のトランプラリーの際にもみられている。その上、プレミアムの水準も過去に照らして突出して高いわけでもない。

<結局、トリプル安で問題なのはドル安>

一方、従来と異なる反応を示したのがドル安である。先に示した「悪い金利上昇」の場面でも素直にドル高で反応していたためだ。そこで改めて4月以降のドル安要因を整理すると以下4点となろう。

はじめに、貿易戦争に伴うドル建て資産への信認低下である。米国は財政拡張に伴い、米国債を世界の投資家に売り込む立場にあって、世界に貿易戦争を吹っかけた。その中には、米国債の最大保有国である日本や2番手の中国も含まれる。その結果、市場では米国債とドルの売り手としての中国説がまことしやかにささやかれ、金利上昇と逆行するドル安の一因となった。

2点目は中銀の信認低下である。トランプ氏は米連邦準備理事会(FRB)に利下げを迫り、ついにはパウエル議長の解任まで示唆した。中銀の独立性が危ぶまれ、それがドルの信認低下に波及した。

3点目はトランプ政権がドル安を志向しているとの疑惑である。市場では製造業の復権をもくろむ米国が、貿易赤字を解消する手段としてドル安を選択するとの見方がくすぶっている。こうした中、ドル高の是正と協調ドル売り介入を決めた1985年のプラザ合意にならい、トランプ氏の別邸の名を冠した「マールアラーゴ合意」が広くささやかれている。

4点目が利下げ観測の高まりである。4月の初めには3回程度であった年内の利下げの織り込みが8日には4回まで高まった。これが長期金利の上昇を横目にドル安が進んだ一因と考えられる。

<いずれのドル安要素も足元好転>

ただし、これらの要因がどれも変化しており、ドルが底入れする可能性が出てきた。貿易摩擦を巡っては、トランプ氏が22日、対中関税に関して「ゼロにはならないだろうが、大幅に下がるだろう」と発言した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)も23日に「関税率を50-65%にする案が浮上している」ことを報じた。中国側は、具体的な交渉があったことを否定しているが、少なくともトランプ氏がこれ以上のエスカレーションを望んでいないことが示された。FRBの信認低下を巡っても22日、トランプ氏はパウエル議長を解任する意図を否定した。今後も折に触れて利下げを迫る場面はみられようが、一旦ドルの信認低下騒動は鎮火する公算が大きい。ドル安志向についても過度な警戒は和らぎそうだ。

2022年以降、米国の主要な貿易赤字相手先の中で最も下落したのは日本の円である。その日本との財務相会談に際し、少なくとも明示的な円安是正は求められなかった模様だ。今後も「緊密かつ建設的に協議を続ける」とされ、トランプ氏からも円安をけん制する場面はみられよう。ただ、経常赤字国である米国にとって、安定的なファイナンスにはドル相場の安定が欠かせない。実効性あるドル高是正策を講じることは難しいだろう。利下げを巡っても、パウエル議長は利下げを急がないスタンスを崩していない。年内の利下げの織り込みも直近では約3.3回まで後退した。

<ドルの信認と金利差との相関、回復するか>

半導体や医薬品の関税の詳細や相互関税を巡る各国との交渉過程が待たれ、パウエル議長がハト派に軸足を移す可能性もある。依然としてドル安が続く可能性は残っている。とは言え、これまでみた通り、大きく傷ついたドルの信認に改善の兆しが出てきた点も事実だ。その場合、ドルと金利差との「正の相関」もいくらか復活すると考えられる。例えば、過去1年間のドル指数とアメリカの対外金利差(※筆者注)の関係に照らせば、現在の金利差に対応するドル指数は先週25日の終値(99台半ば)より約5%高い105付近となる。

(※)金利差はアメリカの長期金利と海外の長期金利の差。海外の長期金利はドル指数を構成する6通貨の長期金利をドル指数と同じウエートで加重平均して算出したもの。ユーロ圏の長期金利はドイツ、フランス、イタリアの長期金利を名目GDPの比率で加重平均している。

<改めて示された円高の限界>

最後に、円の弱さにも言及しておく。日銀は金融政策の正常化方針を維持するとみられるが、90日間の相互関税発動までの猶予期間中に含まれる6月会合までは動けないのではないか。その上、年央以降は関税の影響から、各国の中銀が利下げに傾注する可能性がある。日銀の正常化の先行きは一気に見通しにくくなった。そのことは大幅なマイナス圏に位置する実質金利が引き続き円の弱点として残ることにつながる。ドル安が続く場合でもこの4月に、スイスフラン/円やユーロ/円では円安が進んだ通り、円が全面高になる展開は見込みにくい。その上、スイスフランが2015年以来、ユーロも21年以来の対ドル高値を回復する中、円は過去最大級の投機筋による先物市場での円買いをもってしても、昨年8月の対ドル高値である139.58円を超えることができなかった。他通貨のパフォーマンスに大きく見劣りする円の持続的な上昇のハードルは依然として高いようだ。先述した5%程度のドル指数の反発余地、円ロングが解消に向かう可能性を考慮すると、ドル/円が150円台を回復する可能性も低くはないだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*内田稔氏は高千穂大学商学部教授、株式会社FDAlco外国為替アナリスト、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員、NewsPicks公式コメンテーター(プロピッカー)。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、マーケット業務を歴任。2012年からチーフアナリストを務め、22年4月から高千穂大学商学部准教授、24年4月から現職。J-money誌東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト、経済学修士(京都産業大学)。YouTubeチャンネル「内田稔教授のマーケットトーク」では解説動画を公開している。

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