
フランスの政治情勢が不透明感を増しており、日本を含む世界の金融市場が揺さぶられている。上野泰也氏のコラム。パリで12日撮影(2024年 ロイター/Stephane Mahe)
[東京 18日] – フランスの政治情勢が不透明感を増しており、日本を含む世界の金融市場が揺さぶられている。
おそらく政権の座に近づくための戦略から過激な主張を近年は手控えているものの、反欧州連合(EU)の色彩を帯び、財政赤字増大につながる政策を主張している極右「国民連合(RN)」が、国民議会(下院)選挙で勝利して組閣する可能性が意識される状況である。
マクロン仏大統領は6月9日、下院解散を突如表明した。欧州議会選挙におけるRNの勝利に直面した同大統領が、これ以上の極右勢力の躍進を阻止するための賭けに出たとみられており、確たる勝算があるわけではない。英国で2016年にEU離脱に関する国民投票を行って失敗したキャメロン首相(当時)と対比する声も出ている。
直近の世論調査で与党「再生(RE)」は劣勢であり、RN、左派連合「新人民戦線」に次ぐ3番手となっている。
仏下院選は小選挙区2回投票制で行われ、第1回投票は30日、決選投票は7月7日である。
過半数の有権者は極右政権の誕生まではおそらく望んでおらず、決選投票の結果にそうした意向が反映されるはずだというのが、奇襲に打って出たマクロン大統領の読みだろう。しかしその後、左派連合が統一候補で選挙に臨むことになった。これにより、大統領与党の候補者が決選投票に残れない選挙区が増えることが予想される。
金融市場、中でも債券市場が警戒しているのは、下院選を経てフランスの財政赤字がさらに膨張する可能性だろう。独仏10年債利回り格差は80ベーシスポイント(bp)前後まで急拡大した。
フランスの2023年の公共部門財政赤字は対国内総生産(GDP)比で5.5%になり、政府目標だった4.9%を超過した。
仏財務省は4月10日、24年の財政赤字は対GDP比で5.1%に達するとの見通しを提示した。従来見通しの4.4%から、大幅な上方修正である。年内にさらに100億ユーロの歳出を減らす計画で、27年には3%ラインを下回る2.9%になる見込みとした。だが、市場はその実現性に懐疑的である。
国際通貨基金(IMF)は5月23日、フランスは24年の目標である財政赤字対GDP比5.1%を達成できないだろうとした上で、24年は5.3%、27年は4.5%になると予測した。
そこにさらに、今回の下院選という不透明要因が加わった。フランスは現在、第五共和制の下にあり、外交・国防を大統領、内政を首相が担う。世論調査でリードする極右も、二番手の左派連合も、ともに財政拡張策を公約している。下院選の後に誕生する内閣が拡張色の濃い予算案を編成する場合、22年に英国のトラス政権が減税を実行しようとした際に発生した「トラス・ショック」(財政規律弛緩を嫌気した債券相場急落)のような危機が発生するのではと、身構える向きもある。
もう一つ重要なのは、フランスはドイツとともに「欧州統合の礎であり要」と呼ぶべき国だという点である。
EUの起源は、フランスのロベール・シューマン外相が1950年5月に同国と西ドイツの石炭・鉄鋼産業の共同管理をうたった「シューマン宣言」にある。この宣言が翌51年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設につながった。
このため、仮に下院選を経てフランスの政治情勢が大きく変わり、極右が首相を出してフランス発でEUに遠心力が加わるとすれば、そのことは歴史的意味合いを帯びる。英国のEU離脱(ブレグジット)のような事態まで、少なくともすぐに発展しないとしても、欧州統合の大きな流れが根元の部分で変調していることを、シンボリックに示す形になる。
為替市場がフランスの財政赤字問題以上に危惧しているのはおそらく、欧州統合や欧州統一通貨ユーロへの信認を揺さぶりかねない、上記の点だろう。仏下院選に伴う政情不安を材料に、為替市場ではユーロ売りが強まる場面があり、対ドルで一時1.06ドル台、対円で一時1ユーロ=167円台になった。
RNの指導者マリーヌ・ルペン氏がインタビューで、下院選で勝利してもマクロン大統領を追い出すつもりはないと述べたことから、市場の不安心理は一服している。しかしこれは、27年の大統領選で勝利して大統領の座を得ることを最終目標とする、巧妙な政治戦略の一環だろう。RNが下院選に勝って内政を取り仕切り、政権担当能力を示すことは、大統領選に向けた重要な一歩になり得る。
欧州中央銀行(ECB)にとっても、今回のフランスの政治問題はやっかいである。
ECBのラガルド総裁は17日、仏国債の独国債に対するスプレッド(利回り格差)拡大は懸念事項かと問われ、「物価安定は金融安定と密接に関係している。われわれは金融市場の円滑な機能に細心の注意を払っており、今日も引き続きそうしている」と述べるにとどめた。
ECBは22年7月に「伝達保護措置(TPI)」を導入済みだ。健全で持続可能な財政・マクロ経済政策を志向している国の国債が売りを浴びて、ファンダメンタルズからは正当化できない無秩序な値動きとなる場合に、ECBが無制限でその国債の買い支えを実行できるプログラムである。
だが、下院選後に発足する内閣が健全財政を志向せず、財政赤字を一層膨らませる政策をとる場合、仏国債を対象にECBがTPIを発動することには、どうしてもためらいがあるだろう。
ロイターの16日付の記事「ECB、仏国債の臨時購入を検討せず=政策筋」によると、ECBの政策責任者5人は「経済政策に関して投資家を安心させるのはフランスの政治家の役目だ」との考えで一致した。「うち2人は、フランスの次期政権が樹立して財政計画が発表されるまで、ECBは介入すべきではないとも示唆した」という。
17日にはレーンECB専務理事が、「われわれが目にしているのはリプライシング(価格の再設定)であり、現時点で市場は無秩序な状態ではない」と述べた。
原因が何であるにせよ、ユーロ安はユーロ圏の輸入物価を上昇させる。インフレ圧力が強まるわけであり、これはECBによる追加利下げを遅らせる方向に作用する。ユーロ金利の低下が先送りになることは、為替市場でユーロ相場を下支えする。
その一方で、ドイツの住宅業界が高金利で悲鳴をあげるなど、高金利はユーロ圏の景気に対してじわじわ効いてくる圧迫材料になっている。ECBの利下げが遅れて景気状況が悪化するなら、ユーロは売られやすくなるだろう。そしてそれ以上に、「欧州統合の礎であり要」のフランスの政情不安がもたらすユーロ売り圧力がある。
ユーロ相場に関する強弱要因のバランスがこの先どうなるかが焦点になるが、当面は仏政情不安にらみのユーロ売りが優勢ではないかと筆者はみている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。
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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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