イギリスの最高裁は4月16日、同国の平等法における「女性」は「生物学的に女性として生まれた人」を指し、トランスジェンダー女性は含まれないとする判決を言い渡した。
判決に対し、LGBTQコミュニティや人権団体から「トランスジェンダーの権利を後退させた」などの批判の声があがっている。
なぜ、この判断が言い渡されたのか。イギリス社会にどのような影響を与えるのか。
どのような判断だったのか
この裁判では、5人の最高裁判事が、「2010年平等法の定める『女性』には、ジェンダー認定証明書(GRC)で女性とされるトランスジェンダー女性も含まれるか」を検討した。
GRCは、トランスジェンダーの人々が法的に性別を変更することを可能にする書類で、一定の条件を満たすことで取得できる。
また、2010年平等法は、人々が年齢や性別、障害の有無などで差別を受けないよう法的に保護する法律だ。
この2010年平等法の「女性」には、GRCを取得したトランスジェンダーも含まれるのか。
この争点について、ロバート・リード、ローズ、ロイド=ジョーンズ、シムラー、ホッジの5人の裁判官は、全員一致で「2010年平等法の男性、女性、性別という用語は、生物学的性別を指す」と判断した。
裁判はスコットランドで始まった
裁判の発端になったのは、スコットランドで2018年に可決された、公的機関の役員に一定数の女性を割り当てる法案だ。
この法律はジェンダー認定証明書(GRC)を持つトランス女性も女性としていた。
これに対し、「フォー・ウィメン・スコットランド(FWS)」や「セックス・マターズ」など、ジェンダー・クリティカル(出生時の生物学的な性別は変えられないとする考え方)の立場を取る女性の権利団体が異議を唱えた。
団体は「性別は生物学的であり、二元的なものである」と主張。
性別に基づく保護は、生物学的に女性として生まれた人のみに適用され、GRCを持つ人は除外されるべきだと訴えた。
一方、スコットランド政府は、法律の「女性」の定義は、2010年平等法や2004年のジェンダー認定法に基づいていると反論した。
2004年のジェンダー認定法では「完全なジェンダー認定証明書(GRC)が交付された人物は、認定された性が女性である場合、性別は『女性』である」と定めている。
スコットランドの裁判所は政府の主張を支持し、性別は「生物学的または出生時の性に限定されるものではなく、GRCを持つ人々も含まれる」と判断した。
これを受け、FWSがイギリスの最高裁に上告。2010年平等法の女性の定義は生物学的性別を指し、GRCを持つトランス女性は含まれないと主張した。
一方、スコットランド政府は、2010年平等法の女性の定義は「認定された性別(certificated sex)」を指し、GRCを持つトランス女性も含まれると反論していた。
(左から)ロンドンの最高裁判所の前で判決を喜ぶフォー・ウィメン・スコットランドのスーザン・スミス氏とマリオン・カルダー氏(2025年4月16日)
Richard Baker via Getty Images
裁判官たちはなぜこの判断に至ったのか?
16日の判決は、2010年平等法の女性の定義について次のように述べている。
「この定義には『生物学的』という言葉こそ使われていないものの、そこに記された平易で明確な言葉の一般的な意味は、生物学的な男性または女性の特徴と一致している。これらの用語が意味することは一目瞭然で、これ以上の説明は必要ではないと考えられる。男性と女性はその定義上、同じ生物学的特徴を共有する集団としてのみ区別されている」
判決は、GRCを持つ人々を含めると、平等法の解釈が「一貫性を欠いてしまう」とも指摘している(平等法の妊娠や出産に関連する部分は生物学的な女性を指すとしか解釈できない一方で、その他はトランスジェンダー女性にもに及ぶなど)。
その一方で英最高裁は「判決をどちらか一方の勝利と見なすべきでない」とも指摘。2010年平等法は、トランスジェンダー当事者を差別や嫌がらせから引き続き保護しているとした。
トランスジェンダーコミュニティへの影響
しかし、トランスジェンダー当事者や権利擁護活動家たちは、最高裁の判決によりトランスジェンダーの人々の法的保護が失われるのではないかと懸念している。
今後、イギリスでGRCを持つトランス女性が、公共機関などで男女別のスペースやサービスを利用できなくなる可能性がある。
また、嫌がらせやヘイトクライムが増加するのではないかという懸念も拭えない。判決後には、さまざまな団体が批判のメッセージを含む声明を発表した。
法律活動団体「グッド・ロー・プロジェクト」は、最高裁はトランスジェンダーの人ひとりからも証言を聞かなかったと主張。「判決は危険な判例となり、トランス女性の保護を消してしまいます。トランス権利は20年後退することになる」と述べた。
The Supreme Court sided with FWS. But it didn’t hear from a single trans person.
This ruling sets a dangerous precedent and erases trans women from protections. It puts trans rights back 20 years.
We won’t stop fighting for trans rights 🏳️⚧️
— Good Law Project (@GoodLawProject) April 16, 2025
スコットランドの「スコティッシュ・トランス」も「GRCを持つトランス男性やトランス女性に関する法律の捉え方について、この20年の理解を覆すものだ」と批判。
その一方で「私たちはこれからも、トランスジェンダーの人々がプライバシーや尊厳、安全を守られて生きられる世界の実現に向けて取り組み続けます。それは、私たちすべてが当然持つべき権利です」としている。
「トランスアクチュアル」のヘレン・ベルチャー代表は、トランスコミュニティは「今日の判決に衝撃を受けている」とコメントし、次のように述べた。
「最高裁の判決は矛盾を含んでいるように見えます。細かい字で書かれていても、トランスジェンダーの人々を一切排除し、イギリス社会への参加を認めようとしない意図は明確です。今日、私たちは排除されたと強く感じています」
「しかし、私たちはもっとひどい状況を乗り越えてきましたし、決して消えることはありません。世界が私たちに何を投げつけようとも、私たちは何度でも戻ってきます。より強く、より勇敢に」
アムネスティ・インターナショナルUKのサチャ・デシュムク氏は判決は「失望させるもの」で「トランスジェンダーの人々にとって憂慮すべき影響が生じる可能性はある」としつつ、「重要なのは、トランスジェンダーの人々が平等法のもとで差別や嫌がらせから保護されていることを裁判所が明確に示した点だ」と強調。
「イギリスのすべての公共機関は、差別と嫌がらせから、トランスジェンダーの人々を確実に保護しなければなりません」と述べている。
イギリス社会全体への影響は?
社会的な性別と生物学的性別に関する問題は、これまで何年にもわたって「文化戦争」の争点になってきた。
それは、トランスジェンダーコミュニティに対する暴力や虐待が増加する結果になっている。
イギリスでトランスジェンダー当事者に対するヘイトクライムの件数は近年増加しており、2023/24年は4780件だった。
裁判が最高裁にまで持ち込まれたことで、判決の影響はイギリス全体に及ぶことになる。
男女別のサービスの運営の仕方だけではなく、平等やジェンダーに関わる政策を作る上でも、影響が出るだろう。
イギリス政府は判決について「これまでも生物学的な性別に基づいて、男女別スペースを運営してきました」と述べている。
「この判決は、女性や病院、避難所、スポーツクラブなどの運営者にとって、明確さと確実性をもたらします」
「性別でわけた空間は法律で保護されており、今後も政府によって保護され続けます」
最高裁は「判決をどちらか一方の勝利と見なすべきではない」としたが、ジェンダークリティカルの支持者は、判断を自らの勝利とみなしている。
保守党のケミ・ベーデノック党首は「『トランス女性は女性である』という言説はこれまでも決して真実ではありませんでしたが、今や法律上も真実ではなくなりました」と述べた。
「判決は、この明白な事実を発言したために迫害されたり、仕事を失ったりしたすべての女性たちの勝利です。女性は女性、男性は男性です。生物学的な性別は変えられません」
最高裁の判決を受け、トランスジェンダーの権利擁護団体がイギリス各地での抗議活動を計画している。
ハフポストUK版の記事を翻訳・加筆・編集しました。

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