シリアのアサド政権崩壊は、ロシアのプーチン大統領にとっては個人的な敗北を意味する。ロシアの世界的な野心を覆す深刻な戦略的挫折となる可能性もある。
プーチン氏はアサド大統領のロシア亡命を受け入れたが、ロシアはシリアに持つ地中海沿岸で唯一の海軍基地と、アフリカ展開への物資輸送拠点として使用されている空軍基地を失う恐れに直面している。ロシアが世界の舞台で力を誇示し、冷戦時代の影響力を取り戻そうとする上で、両基地は重要な拠点であり続けている。だが、ロシアの注意がウクライナ侵攻に費やされている間に、こうした努力や基地は今や水泡に帰したように見える。
ロシアはシリアの基地を維持するためにあらゆる努力を払うだろうが、成功する保証はないと、ロシア大統領府に近い関係者2人は語った。もう1人の関係者は、両基地からロシア軍は撤収を強いられるだろうと述べた。
シリア・タルトスのロシア海軍基地
Source:Google maps
反体制派がシリアを掌握した今、ロシアは数日前まで「テロリスト」と呼び、空爆の標的にしていた反体制派との接触を確立しようと躍起になっている。プーチン氏は2015年に反体制派に対して劣勢に立たされていたアサド政権を支えるためロシア軍を派遣し、戦局を一変させた。
ロシアは2017年、タルトスの海軍基地とヘメイミーム空軍基地の49年間に及ぶ租借権をアサド政権から得た。
ロシア大統領府のペスコフ報道官は9日、シリアで誰が政権を握ろうとも両基地の将来について「真剣な話し合い」が必要になるだろうが、これを現時点で話すのは時期尚早だと記者団に述べた。同報道官の発言はインタファクス通信が報じた。
ロシアの利益を守るための「交渉は厳しい」ものになるだろうと、モスクワを拠点とする中東専門家のエレーナ・スボニナ氏は予想した。
プーチン氏のシリア介入は、ソ連崩壊後に低下した中東におけるロシアの地位回復を助けた。アサド氏を今回救えなかった、あるいは救う意思がなかったことは、ウクライナでの戦争によってロシア軍がどれほど消耗しているかを浮き彫りにした。
アサド政権の突然の崩壊は、「ロシアには旧ソ連圏外で効果的に軍事介入を行うだけの軍事力、影響力、権威がない」ことを示していると、モスクワの軍事シンクタンク、戦略技術分析センター(CAST)のルスラン・プーホフ所長は指摘。シリアでの急展開は、タリバンのアフガニスタン制圧と米国主導の軍の混乱に満ちた撤退をほうふつとさせる、とも述べた。
「ロシアは中東の主要同盟国を失った」と、同国紙コメルサントは9日のトップ記事で報じた。
アフリアへの連絡通路
ロシアは西側の支援から切り離されたマリやブルキナファソ、ニジェール、中央アフリカなどの軍事政権や指導者を支援し、アフリカ大陸におけるソ連時代の影響力復活に長い歳月を費やしてきた。
これらの政府に物資や軍用品をロシアが供給する上で、鍵となっているのがヘメイミーム空軍基地だ。これを失えば、ロシアのアフリカ顧客は甚大な影響を被り、ロシアとの協力関係を修正せざるを得なくなる可能性がある。
情勢に詳しいアフリカを拠点とする西側の高位外交官2人は、同基地がリビア、中央アフリカ、スーダンへの航空輸送の拠点だと指摘した。
ウクライナ国防省情報総局は8日、ロシアはヘメイミーム空軍基地の装備品撤収と、タルトス海軍基地からの艦船移動を開始したと、ソーシャルメディアのテレグラムで報告。この情報をどうやって入手したかは明らかにしていない。
ロシアの国営タス通信が9日伝えたところによると、シリア反体制派による両基地への侵入はこれまでのところない。
ロシア外務省は8日の声明で、同国は「全てのシリア反体制派」と連絡を維持していると説明した。ロシアのシリア基地は厳戒態勢をとっているが、現時点で安全に対する深刻な脅威はないとしていた。
アサド政権を崩壊させた電撃的な進攻を主導した「シリア解放機構(HTS)」のジャウラニ指導者はCNNとの最近のインタビューで、外国の軍隊はシリアから出ていってもらいたいと述べていた。シリアにはトルコと米国も軍事拠点を構えている。
ロシアがシリア内の軍事資産を継続保有できるかどうかは、反体制を支援したトルコが鍵を握っている可能性がある。プーチン氏とトルコのエルドアン大統領はシリア内戦で敵対する勢力を支援したが、自国の利益を守る戦争の解決策を長年探ってもいた。
「ロシアがシリアの基地の一部または全てを維持できるとしても、ロシアの基地継続使用はシリアの反体制派の意向に左右されるため、ロシアにとって大きな地政学的な損失だ」と、ワシントンを拠点とする戦争研究所は8日のリポートで分析した。
原題:Putin’s Syria Setback Threatens Key Russian Military Bases(抜粋)
WACOCA: People, Life, Style.