2025年度のドル/円相場は波乱含みの幕開けとなった。4月4日のNY市場では一時144円56銭と、昨年10月2日以来、およそ半年ぶりの安値圏まで差し込む場面が見られた。植野大作氏のコラム。写真はマイアミ国際空港で3日撮影(2025年 ロイター/Kent Nishimura)
[東京 8日] – 2025年度のドル/円相場は波乱含みの幕開けとなった。4月4日のNY市場では一時144円56銭と、昨年10月2日以来、およそ半年ぶりの安値圏まで差し込む場面が見られた。
2日に記録した月初来高値の150円49銭から、約38時間でマイナス5円93銭、騰落率でみるとマイナス3.9%もの急落だ。急激な下落に歯止めが掛かると自律反発に転じたが、148円台では頭打ちになり、戻りの鈍い印象が否めない。
トランプ米大統領が2日に発表した相互関税の詳細が、大方の市場関係者が想像していたより厳しい内容だったことが嫌気されて株価が暴落。米国経済を含めた世界経済が「関税不況」に陥るのではないか、との懸念が高まっている。
1月20日の就任後、トランプ氏は矢継ぎ早に様々な関税策を発動した。2月から3月にかけて、中国に最大20%、メキシコ、カナダに25%(USMCA対象品を除く)の関税を課したほか、個別品目に対しては、外国産の鉄鋼・アルミ製品に3月14日から、自動車にも4月3日から25%もの追加関税を課している。
上記だけでも米国経済の重荷になるとの懸念が高まっていた矢先、トランプ氏は4月5日から全世界の国や地域に対して一律10%の相互関税を発動した上に、9日からは個別国への税率を中国34%、日本24%、欧州連合(EU)20%などに引き上げる方針だ。
こうした措置に対抗し、中国政府は、10日から全ての米国製品に34%の追加関税を課すと発表した。これに対してトランプ氏は「報復への報復」を予告、中国が8日までに米国製品に対する34%の追加関税を撤回しなければ9日から50%の追加関税を課す可能性をほのめかしている。
米中関税バトルの再開により、米国経済が輸入増税の重荷に耐え切れずに景気後退に陥るとの不安が市場の一部で拡散し始めている。当面のドル/円相場は下値不安の強い状況が続くだろう。今後発表される経済指標が米国のスタグフレーション懸念をあおるような結果になった場合、1ドル=145円割れ水準での下値探査が進む可能性もありそうだ。
ただ、筆者はこのまま一方的にドル安・円高が進む可能性は低いとみている。この先、半年以内にドル/円相場は140円台前半のどこかで底打ちして150円台に復帰、日本政府によるドル売り介入が実施されなければ、再び心理的節目の160円を試しに行く可能性すらあると考えている。何故そう思うのか、2つの理由を挙げておく。
第一に、米中関税摩擦の再開による米国景気下振れ懸念は、この先数カ月が「陰の極」になる可能性が高い。上述のように、トランプ氏は中国に対して更なる関税引き上げの可能性に言及しているが、ベッセント米財務長官は、先週明らかにした多くの国や地域に対する相互関税率は「上限」であると述べており、今後の交渉次第で引き下げ余地があることを示唆している。今後始まる各国との協議で米国に有利なディールを引き出した上で関税率が引き下げられれば、米国経済に対する過度の悲観論は和らぐだろう。
また、これまでトランプ氏は、昨年の選挙期間中に掲げていた政権公約のうち、大統領令で迅速に実施できる政府職員の大量解雇や各種の関税引き上げを先に進めているが、歳出カットと輸入増税によって得られた財源の一部は、やがて減税によって米国の企業や個人に還元される時期が来るとみられる。
昨年の大統領選の選挙活動でトランプ氏は、「米国に製造拠点を置く企業の法人税率を21%から15%に下げる」、「個人所得税の減税措置を恒久化した上でチップや残業代への税率をゼロ%にする」などと述べていたほか、相続税も引き下げる方針を示していた。「トランプ関税」のメニューがおおむね出尽くして各国との緩和交渉が進む中、「トランプ減税」に関する共和党内での議論が動き出せば、市場心理が好転する時期もやがて来るだろう。
筆者の見立て通り、今後米国景気の後退懸念が杞憂(きゆう)に終わる場合、米国の利下げは3%台後半で停止されそうだ。米国の政策金利が米連邦準備理事会(FRB)の掲げる「長期の物価目標=2%」より高い実質プラスの水準を維持するなら、実質政策金利が先進国で最も深いマイナス状態にある円を相方にしたドル安が一方的に進むことはないだろう。
第二に、米トランプ政権が日本に課した各種の関税は、大方の市場関係者が想像していた以上に厳しい内容だった。このため、タカ派色の強い日銀会合メンバーの発言を受けて今年の年明けから春先にかけて急激に盛り上がっていた日銀による早期の利上げ期待は、今後ひとまず後退する可能性が高い。
現在、日本から米国に輸出される鉄鋼・アルミ製品と自動車には既に25%もの追加関税が課されている。その他の輸出品に掛けられた一律10%の相互関税率が、今後最大24%まで引き上げられる可能性も意識されている中、日銀が利上げ継続の根拠としている経済・物価見通しは、「オントラック」の経路から外れるリスクが高まっている。
年明け以降のドル/円相場は、米国を含めた他の先進諸国が軒並み利下げに動く中で「孤高の利上げ」を続ける日銀の金融政策をテーマにした海外投機筋のドル売り・円買いポジションの膨張に平仄(ひょうそく)を合わせる形で下落し続けてきた。1ドル=140円台半ばまでのドル安・円高が進んだ3月中旬の時点でシカゴ通貨先物市場でのドル売り・円買い超過は過去最大の14.9万枚(1.86兆円)規模にまで膨らんでいたことが分かっている。
筆者の想定通り、米国景気の後退懸念が杞憂に終わるなら、日銀は今後も緩やかな利上げを続けるだろう。ただ、「無担保コール翌日物=1%界隈」までの利上げは、1ドル=140円台半ばまでのドル安・円高局面でほぼ織り込まれた。現在、日本の政策金利は0.5%まで引き上げられているが、0.25%刻みで3回以上の利上げ観測が高まるような状況にならない限り、海外投機筋の円買いポジションが更に膨らむ余地は限られそうだ。
改めて指摘するまでもないが、相対的に金利の高いドルを借りてきて空売りし、円買い投機の原資に充てる円ロング・ドルショートのポジションは、調達金利が運用金利を上回る「ネガティブキャリー」の金利差負担が保有日数と円買い越し枚数の乗数に比例して積み上がるので、「円高にブレーキが掛かった」という認識が市場に広がると一気に解消される傾向にある。
非商業筋と非報告筋を合わせたシカゴ通貨先物市場での円買い超過は、4月1日時点でも依然として13.9万枚(=約1.7兆円)もの水準を維持していることが分かっている。これが解消されてニュートラル(中立)に戻るだけでもドル資金の借り入れ返済時に発生する買い戻しにより、ドル/円相場は150円台に復帰する可能性が高い。
貿易収支とデジタル収支の赤字決済で恒常的に実需のドルが不足している令和の日本では、海外投機筋の円買いが膨らむ際に進む円高は浅薄短命になりやすい一方、円買いポジションが整理されたり、円売りポジションが膨らんだりする際に発生する円安の方が、値幅が大きく賞味期限も長くなりやすい傾向がある。
蛇足かもしれないが、日本政府は今後なるべく早い時期に米国政府との交渉を開始し、日本に対して発動された各種関税率の引き下げを求めることになるだろう。「手土産なし」で協議に臨む訳にはいかないので、日本からの巨額対米投資の案件や米国産の化石燃料、防衛装備品の購入など、実行されればドル買い・円売りフローを生むような提案が出されそうだ。
上記のような考察を踏まえた上で、筆者は4-6月期中にドル/円相場は底入れして失地回復に向かう可能性が高いとみている。1ドル=140円台前半でドルを買うことができる時期は、それほど長くないのではなかろうか。短ければ数カ月、長くても半年程度だと考えている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
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