焦点:メキシコの麻薬カルテル創設者、逮捕に導いた「麻薬王の息子」の裏切り

7月25日、プロペラ機が1機、許可を得ずに米・メキシコ国境を越えようと飛行を続けていた。米国の捜査員たちは米テキサス州エルパソ近郊の小さな空港に急行、同機の到着を待ち構えて乗っていたメキシコ麻薬組織の中心人物である2人の男を逮捕した。写真は「エル・マヨ」ことイスマエル・サンバダ容疑者らの逮捕を報じる新聞。メキシコ市で26日撮影(2024年 ロイター/Gustavo Graf)

[27日 ロイター] – 7月25日、プロペラ機が1機、許可を得ずに米・メキシコ国境を越えようと飛行を続けていた。米国の捜査員たちは米テキサス州エルパソ近郊の小さな空港に急行、同機の到着を待ち構えて乗っていたメキシコ麻薬組織の中心人物である2人の男を逮捕した。

麻薬組織シナロア・カルテルの中心人物だった「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の息子は、着陸後、自首することに決めていた。だが、もう1人の乗客、伝説的な麻薬組織幹部である70代の「エル・マヨ」ことイスマエル・サンバダ容疑者にその意志はなく、件の飛行機に乗り込んだのは年下の仲間にだまされた結果だった。事情に詳しい米当局者2人と元当局者2人が明らかにした。

情報提供者によれば、サンバダ容疑者逮捕に至るまでに、米当局と「エル・チャポ」の息子ホアキン・グスマン・ロペス容疑者との間では、今回の自首に関して長期にわたる交渉があったという。だが米当局者の多くはグスマン・ロペス容疑者が自首するという期待を捨てており、直前になって同容疑者が「サンバダ容疑者を連れて米国に向かう」というメッセージを送ってきたときは慌てふためいたという。米当局は40年にわたり、サンバダ容疑者を追跡していた。

米当局者の1人は、今回の逮捕について公式に発言する権限がないという理由で匿名を希望しつつ、「『エル・マヨ』を逮捕できたのは望外の喜びだった」と語る。「まったく想定していなかった」

米当局者2人、元当局者1人によれば、グスマン・ロペス容疑者は「メキシコ北部の不動産を見に行く」という口実でサンバダ容疑者を機上に誘ったという。

取材に応じた5人目の米当局者によれば、今回の逮捕を実行した米連邦捜査局(FBI)と国土安全保障捜査局(HSI)は、地元エルパソ支局から捜査員を急行させ、自家用機が着陸するぎりぎりのタイミングで空港に到着したという。この当局者は逮捕について、それ以上の詳細については明らかにしていない

エルパソ近郊にあるドナ・アナ郡国際空港の職員の1人は、7月25日の午後、ビーチクラフト・キングエア機が、連邦当局の捜査員が待機する滑走路に着陸するのを目撃した、とロイターに語った。

「機内から2人が降りてきて、おとなしく拘束された」とこの職員は語る。身の安全を懸念して匿名を希望している。

70代後半の「エル・マヨ」容疑者が38才前後とされるグスマン・ロペス容疑者に裏切られる形であっけなく逮捕されたことは、メキシコの麻薬密輸業界に衝撃を与えた。シナロア・カルテルの最大の権力基盤を牛耳っていた2つのファミリーの間で流血を伴う対立が生じる懸念もある。

サンバダ容疑者はメキシコ史上で最も影響力の強い麻薬密輸関係者の1人とされ、「エル・チャポ」ことグスマン受刑者とともにシナロア・カルテルを立ち上げた。グスマン受刑者は2017年に米国に引き渡され、コロラド州の最も警備が厳重な刑務所で終身刑に服している。

ロイターでは、グスマン・ロペス容疑者が父親の長年のパートナーを裏切った理由を確認できなかったが、取材に応じた4人の現・元当局者は、米当局との間でなるべく有利な司法取引に持ち込みたい、また2023年に逮捕され米国に引き渡された兄弟のオビディオ容疑者を助けたいという動機があったのではないかと話している。

米当局は麻薬組織の幹部らを重要なターゲットとしており、他のカルテル主要幹部の逮捕につながる情報提供と引き換えに司法取引に応じることも珍しくない。

最初に取材に応じた当局者によれば、米当局とグスマン・ロペス容疑者との水面下の交渉は、複数の弁護士を通じて進められたという。グスマン・ロペス、オビディオ両容疑者の弁護士、ジェフリー・リヒトマン氏はコメントを控えた。

車椅子に乗ったサンバダ容疑者は26日、テキサス州の裁判所で、犯罪事業の継続や麻薬輸入の共謀、資金洗浄などを含む麻薬関連容疑について無罪を主張した。

サンバダ容疑者の弁護士であるフランク・ペレズ氏は26日、同容疑者による米入国は自由意志によるものではないと語った。ペレズ弁護士は27日夜、グスマン・ロペス容疑者がメキシコ国内でサンバダ容疑者を「無理やり拉致し」、本人の意志に逆らって米国に連れ出したと主張した。

グスマン・ロペス容疑者は、「エル・チャポ」の4人の息子の1人だ。彼らは「ロス・チャピトス(チャポの子どもたち)」と呼ばれ、カルテル内の父親の派閥を引き継いでいる。ホアキン、オビディオ両容疑者の母親は同じである一方、残る2人、イバンとヘスス・アルフレドは「エル・チャポ」の最初の妻の子だ。

ここ数年、「ロス・チャピトス」は米当局からの厳しい圧力に悩まされていた。麻薬取り締まりにおける主要なターゲットとなり、シナロア・カルテルと合わせて米国向けの合成麻薬フェンタニル密輸の元凶と見なされていた。フェンタニルの過剰摂取は急増しており、18─45歳の米国民の死因としてトップになっている。

米麻薬取締局(DEA)の高官だったレイ・ドノバン氏は、最近シナロア・カルテルのトップ幹部らが味わった敗北は、主として彼らがフェンタニルに注力してきたからだと語る。米国の路上での死亡者数が増加する中、米国政府にとってフェンタニル対策が重要な政治課題になってきたからだ。

「フェンタニル乱用で死亡する米国民が増えたことで、プレッシャーは大きく高まった」とドノバン氏は言う。「フェンタニルに手を出したことが(麻薬カルテルの)命取りになった」

バイデン米大統領は26日、サンバダ容疑者らの逮捕を称賛し、「フェンタニルがもたらす災禍」との戦いを続けていくと宣言した。

グスマン・ロペス容疑者をはじめとするシナロア・カルテル関係者の起訴に携わったHSIアリゾナ支局の元担当特別捜査員、マシュー・アレン氏は、サンバダ、グスマン・ロペス両容疑者はここ数年、米当局者との間で投降に関する協議を定期的に行っていたと話す。

HSI時代の同僚との定期的な接触を続けているアレン氏によれば、若い世代を中心とする多くの麻薬密輸事業者は、メキシコでライバルとの抗争で命を危険にさらし、当局に逮捕されて終身刑を受けるよりも、警察に自首してしばらく刑期を務めてから、稼いだ金をもっと良い目的のために使った方がいいと悟っているという。逮捕につながる情報を提供すれば、証人保護プログラムの対象となることもある。

「そうした方が、いつまでも背後を警戒することなしに人生を謳歌(おうか)できるということを彼らは理解しつつある」

(翻訳:エァクレーレン)

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Drazen is a Senior Correspondent and investigative journalist based in Mexico City. He was previously with Reuters in London, Kenya and Pakistan. He won the 2023 Overseas Press Club of America award for best international reporting in Latin America.

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