トランプ米大統領は4月3日以降、米国への輸入自動車に25%の関税を賦課し、エンジンなどの基幹部品に対しても同様の関税を5月3日から賦課するとしている。佐々木融氏のコラム。写真は米ドルと円紙幣。2022年9月撮影のイメージ写真(2025年 ロイター/Florence Lo/Illustration)
[東京 1日] – トランプ米大統領は4月3日以降、米国への輸入自動車に25%の関税を賦課し、エンジンなどの基幹部品に対しても同様の関税を5月3日から賦課するとしている。米国は日本にとって最大の貿易黒字を稼いでいる国であり、米国に対する貿易黒字(8.6兆円)のうち、8割の7.2兆円を自動車と自動車部品の貿易黒字だけで稼いでいる。日本の貿易収支全体は5.5兆円の赤字だったため、米国に対する黒字が大幅に減少すると、日本の貿易赤字は一層拡大する可能性がある(いずれも通関ベース。2024年中のデータ)。自動車・自動車部品に対する関税の賦課は、日米間の貿易収支だけでなく、日本経済全般にも大きな影響を与えることになるだろう。
トランプ氏のことなので、今後政策が変更される可能性も十分に考えられ、日本の自動車が追加関税賦課の対象から外される可能性もある。しかし、どちらにしても米国の仕掛ける通商摩擦の犠牲になるのは円ということになるのかもしれない。実需的に考えればどちらに転んでも円売りが増えることになるからだ。
まず、25%の追加関税が賦課され続けるようであれば、日本から米国への自動車・自動車部品の輸出が減少して、対米貿易黒字縮小・日本の全体の貿易赤字拡大ということになる。そうした事態を避けるために、各自動車会社が米国での生産を増やすことになっても、日本の貿易収支に与える方向性は同じだろう。
仮に追加関税賦課の対象から除外してもらう代わりに、石破茂首相が2月にトランプ氏と約束した、米国への直接投資残高を2023年末時点の7833億ドル(117兆円)から1兆ドル(150兆円)に増やすという約束を確実かつ早急に実行していくようであれば、なおさら円売りは増える。
またトランプ氏は「日本が間もなく記録的な量の米国産液化天然ガスの輸入を開始する」ことも期待している。実際にはアラスカ州北部のノース・スロープで生産した天然ガスを南部ニキスキの液化天然ガス基地までパイプラインで送り、そこから船で輸出するという440億ドルプロジェクトへの出資を求められる可能性もある。これも大きな円売りに繋がる。
2月の日米首脳会談ではトランプ氏は「今週、日本への約10億ドルの防衛装備品の売却を承認した」ともコメントした。世界の流れを考えると、今後日本の防衛費はあと2年かけて対国内総生産(GDP)比2%を目指す程度のペースでは許されなくなるかもしれない。日本の防衛費・関連経費は現在9兆円程度であり、増加したとしても金額は上記の貿易収支や対外直接投資に比べて小さいが、これも着実に円売りの規模を膨らませていくことになるだろう。
こうした中で円安が進めばトランプ政権が不満を表明するかもしれない。しかし、片方では米国への投資を増やし、米国からのエネルギー・製品購入額を増やせと言っておいて、もう一方では円安に文句を言われても日本にはどうすることもできないだろう。唯一短期的にでも円安を止めて、ある程度円高方向にゆり戻すことができるのは日銀による大幅な利上げだが、トランプ政権の関税政策により世界経済の不透明感は一層強まっており、7月に参議院選挙が控えていることを考慮しなくても、近いうちに日銀が積極的に利上げを行うのは不可能だろう。
そうした中で、米国ではインフレ懸念がより一層強まってしまうわけだから、金利は下がりにくくなり、日米金利差が縮小し円高というシナリオも描きにくくなる。そもそも昨年も日米金利差は縮小したが、ドル/円相場は11%も円安になっている。それくらい円のファンダメンタルズは悪化している。
シカゴのIMM通貨先物を通じた海外投機筋の円ロング(円買い持ち)ポジションは歴史的な水準を維持している。日米通商摩擦や世界経済の不透明感が円高に繋がるという期待が非常に強いことがうかがえる。しかし、今の円のファンダメンタルズは、リスクオフで円が急騰したリーマンショック前後や米国との通商摩擦が激化して円が急騰した1990年代前半とは大きく異なってしまっている。
リーマンショック前後の急激な円高の背景には、その前の2007年初までに世界中で積み上がったより長期的な円キャリー取引のポジションがあった。世界中で超低金利の円をファンディング通貨として様々な金融商品を組成していた。当時と比べても今は、その規模が非常に小さいだけでなく、投機的なポジションは大幅な円ロングに傾いてしまっている。また、当時の日本は対GDP比2%程度の貿易黒字を稼いでいた一方、対外直接投資は対GDP比1%程度しかなかった。現在の日本は貿易赤字国であり、更に対外直接投資はGDPの5%弱にも上っている。
90年代前半の日本の貿易黒字は対GDP比3%程度にも上っていた一方、対外直接投資は対GDP比1%を割り込むほど小さかった。また、当時はインフレ率よりも政策金利の方が高かったので、実質政策金利は1─3%台のプラスだったが、今は逆に3%程度のマイナスだ。90年代前半の急激な円高は日米貿易摩擦が一因になっていたことは確かだ。しかし、当時の日本経済はまだ強かったし、円という通貨のファンダメンタルズも盤石だった。
そうした意味では、日本経済の世界における位置づけが大きく後退し、円のファンダメンタルズも弱体化した今回は、逆の意味で円が日米貿易摩擦の犠牲になり、円安が進捗してしまう可能性があるのかもしれない。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。
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