アメリカで広がる“出社義務化”の動き 日本企業が同調すれば人材の流出や士気の低下を招きかねない 「何のために出社するのか」の再定義を

アメリカで広がる“出社義務化”の動き 日本企業が同調すれば人材の流出や士気の低下を招きかねない 「何のために出社するのか」の再定義を

新型コロナウイルスのパンデミックを機に、多くの企業がリモートワークを導入したが、近年、特に米国の一部企業において「出社回帰」の動きが加速している。JPモルガン・チェース(以下JPモルガン)は一部例外を除き週5日の出社を義務付けており、アマゾンも原則として週5日の出社を義務化した。このような動きは、メディア上でも大きく取り上げられ、日本国内でも注目を集めている。こうした動きは、日本企業にとっても今後の働き方や人材戦略を再考する契機となる可能性がある。しかしながら、この「出社回帰」が米国において本当に広範な潮流であるのか、そして日本にも同様の動きが波及するのかについては、冷静な見極めが求められる。

米国の実態:出社義務化は主流なのか?

米国における出社回帰の実態はどうであろうか。確かに、JPモルガンやアマゾンのように週5日の出社を義務付ける企業もあるが、それらは現在のところ少数派と見るべきである。スタンフォード大学の経済学者ニコラス・ブルーム教授らの調査によると、米国における勤務形態は、61.5%がフル出社、26.4%がハイブリッド勤務(週2〜3日出社)、12.1%が完全リモート勤務であるとされる(2025年2月調査)。つまり、ハイブリッド勤務も依然として採用されており、フル出社への一斉回帰が、現時点で広く生じているわけではない。

TBS CROSS DIG with Bloomberg経営層の意識変化:出社志向の再浮上

とはいえ、経営層の意識には変化が生じつつある。米KPMGの2024年の調査によると、米大手企業のCEOの79%が「今後3年以内に、従業員をフルタイムでオフィスに戻す」と回答している。これは、調査年初頭の34%から大幅に増加しており、「出社回帰」への志向が経営戦略として徐々に強まっていることを示唆している。

こうした出社回帰の動きは、(1)企業文化の維持、(2)チーム間の連携強化、(3)新人研修やOJTの効率化、(4)偶発的な会話による気づき、等といった理由に基づくものとされる。特に、小売業では出社率が非常に高く(約74%)、対面でのコミュニケーションが重視されている。金融業でも、大手行を中心に出社を強化する動きが一部に見られるものの、業界全体としてはハイブリッドやリモート勤務の比率が比較的高く、対応は分かれている。

情報通信業(テック業界の一部を含む)では、フルリモートとハイブリッド勤務の合計が約74%に達しており、柔軟な働き方が依然として主流となっている。こうした傾向は、特にスタートアップや中小の成長企業にも広がっており、地域的制約なく、優秀人材を獲得したり、従業員エンゲージメントの向上を目的としたリモートワークの継続が見られる。一方で、先述のとおりアマゾン、そしてアルファベットなど一部の大手テック企業では出社を義務付ける動きも見られるなど、対応にはばらつきがある。

日本企業の事情:人的資本経営と労働供給制約

では、日本企業は今後どのような対応を取るべきか。そもそも日本は、米国と異なり深刻な労働供給制約に直面している。少子高齢化により人材確保が困難となる中で、「場所に縛られない働き方」は、重要な採用・定着戦略のひとつとなっている。また、人的資本経営の観点からも、「働きがい」「柔軟な働き方」は従業員エンゲージメント向上の重要な要素である。もし仮に日本企業が出社を強制するようになれば、それは逆に人材の流出や士気の低下を招きかねない。さらに、日本では、通勤時の混雑からの開放、育児・介護等との両立、硬直的な時間管理からの脱却、地方活性化という観点からも、リモート勤務は引き続き価値を有する。よって、「出社かリモートか」という二者択一でなく、職務特性、従業員の希望、業務効率といった要素を柔軟に組み合わせたハイブリッド設計に基づき、従業員のニーズや意向を極力酌みつつ生産性を維持向上させるような、現実的かつ戦略的な対応が求められるだろう。もっとも、これは既に多くの企業で実践されていると考えられる。

出社の意味の再定義

もちろん、「出社」にも価値はある。特に新人・転入者向け研修やチームビルディング、メンタリングと指導、重要顧客とのミーティングなど、リアルな空間が効果を発揮する局面も多い。であるからこそ、形式的な出社義務ではなく、「何のために出社するのか」を再定義することが必要だと考える。

結論として、米国の一部企業の出社回帰の動きは、あくまで限定的な事例と捉え、これをもって「世界的な潮流(だから我が社も)」とするのは早計である。日本企業にとっては人的資本経営や労働供給制約という構造的に不可避な条件を踏まえて対策を講じていく必要がある。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員 小原一隆)

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