「自然の不気味さ」作品で表現 きっかけは東日本大震災 気仙沼出身の美術家・後藤理菜さん〈宮城〉 (25/03/18 18:28)
発生から14年を過ぎた東日本大震災をさまざまな角度から見つめる「あの時、そして今」です。3月18日は気仙沼市出身の美術家・後藤理菜さんです。震災を経て輪郭を持った「自然が不気味だ」という感覚を作品として表現しています。
伊藤瞳アナウンサー
「展示されている作品はどれも青緑と白の配色で描かれています。この薄暗い配色が不気味な雰囲気を醸し出しています」
使っているのは青緑と白の二色。もやがかかったような色合いの中、広がる神秘的で異質な雰囲気。
後藤理菜さん
「テーマは自然におけるヌミノーゼ、理性の把握を超えた薄気味の悪いもの」
気仙沼市出身で現在、東京芸術大学大学院に通う美術家・後藤理菜さん。2000年生まれの24歳です。ヌミノーゼとは、「聖なるものに面した時に生ずる、畏怖と魅惑という両義的な感情をともなった体験のこと」(大辞林)。後藤さんの作品のテーマはそのような「自然の不気味さ」です。
故郷・宮城では初めての開催となる個展のタイトルは「八奇譚」。後藤さんは去年一年間、大学院を休学して八つの島・半島を訪問。そのフィールドワークを通して感じた自然を題材に物語を作り、表現しました。こちらは気仙沼・大島の乙姫窟を舞台にした作品です。
後藤理菜さん
「探検に行った日が遠くで白波がたっている日で、それがすごく白竜に見えたので」
白波が白竜と化し、洞窟に住み着いている様子が描かれています。一方、こちらは東京・三宅島を舞台にした作品。警察官に扮したシロアリが釣りをしている大きなクモを捕まえています。
後藤理菜さん
「三宅島で民泊をしたときに、夜、シロアリがわく部屋でそれを食べにめちゃくちゃデカい黒いクモが現れてきて、その印象が頭にあったので」
作品を見た人は「色が薄暗い感じで海の中にいるような没入感があるのが後藤さんの魅力だと思う」と感想を話しました。
後藤さんが「自然の不気味さ」をテーマに作品を描くのは、後藤さん自身が幼いころから抱いていた感覚があるからです。
後藤理菜さん
「自分が幼少期から木や森に対してなんか気持ち悪いなという思いがあった」
豊かな自然に囲まれた気仙沼市で生まれ育った後藤さん。故郷には愛着を持ちながらも自然は「なんとなく不気味」。そう感じていたそうです。そのぼんやりとした感覚に輪郭ができたのは東日本大震災でした。
後藤理菜さん
「東日本大震災で家や家族を亡くしていて、津波や地震の存在と対峙(たいじ)する機会が多くて」
当時小学4年生だった後藤さん。小学校にいる時に地震が発生し、近くの避難所へ逃げて無事でした。しかし、祖父が津波で亡くなり、生まれたころから過ごした家も流されました。
後藤理菜さん
「(避難所に逃げたので)実際には津波を見ていなくて。その後のヘドロの状態を見たが、えっこんなことに海ってなるんだって。本当に謎すぎて」
後藤さんの中で輪郭を持つようになった「自然が不気味」という感覚。しかし、後藤さんは自然を嫌いにはなりませんでした。
後藤理菜さん
「(震災を通して)より自然の本質をいろいろな角度から見ていきたいという好奇心が強くなっていった」
震災を経て「不気味な自然」をもっと知りたいと思うようになった後藤さん。秋田県の美術大学に進むと作品のテーマを「自然の不気味さ」として創作活動を本格化させ、同時に、自然そのものの探究も始めました。去年は、国立海洋研究開発機構に直談判して海洋地球研究船に乗船。北太平洋を約1カ月半、航海しました。プランクトンの採取など海洋研究を学び、さらに美術家として実験的表現にも取り組みました。「波ドローイング」です。鉛筆を立て、波の揺れによって手首が動くままに線を描いたものです。後藤さんの芸術表現は「不気味な自然」と向き合った先にあるもの。
後藤理菜さん
「自然を哲学や科学などのさまざまな視点で本質を探りつつ、感性も大切にしつつ、アートに取り組んでいけたらなと思う」
これからも自然と向き合いながら表現を続けていきます。
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