「一緒に帰ろう」父親を亡くした現場は…見えてきた“甚大な被害”大船渡・山林火災【報道ステーション】(2025年3月10日)

岩手県大船渡市の山林火災は9日に鎮圧が宣言されたのに続いて、10日は全ての避難指示が解除されました。ようやく自宅に帰った人たちを待ち受けていたそれぞれの現実です。

■「悔しい」甚大な被害あらわに

大船渡市三陸町綾里地区。いつもの集落は変わり果てていました。

男性
「何もなくなった。悔しい。それだけ。90年だぞ。この建物90年になるんだぞ。しょうがねぇや」

かつて食料品などを取り扱っていた建物。炎は全てを焼きつくしました。

大船渡市は、綾里地区や赤崎町合足地区など合わせて2424人に出していた避難指示を解除。これで全地区の避難指示が解かれました。

■家屋など210軒被害「思い出が…」

消失面積は約2900ヘクタール。家屋などへの被害は分かっているだけで210軒に上ります。

米沢敬子さん(66)
(Q.何をしていたんですか)
「全焼というのは分かっていたんですけど。何か記念に、思い出に残るもの何か残っていればなと思って」

空からの映像で自宅の全焼は確認していましたが、やはり自分の目で確かめたかったといいます。

米沢敬子さん
「やっと本当に震災を乗り越えて、それぞれやっと普通の暮らしに、10年以上かけてやっと戻った矢先だったと思う。また振り出しに戻ったかな」

火は大切なもの全てを焼き尽くしました。

村上泰子さん(72)
「あれが仏壇だろうと…でも分からない」

村上さんは避難所に入る時、思い出のアルバムだけは持ち出せたといいます。

村上泰子さん
「何も考えないで、これだけはと思って抱えて。だからほとんど何も持って出てないんです」

三陸町綾里小路地区。変わらずそのまま残ったものも。

男性
(Q.梅は残っていた)
「あれはばあさんが植えた紅梅。これだけだ。映像で梅を見て、うちだと分かった」

■火災で父親を亡くした現場は…

この火災で父親を亡くした、松川悦子さん(61)。親族と共に父親が発見された場所へ花を手向けにきました。松川さんの父・柴田吉郎さん(90)(※『吉』は正しくは、土のしたに口)。これまでに分かっている、この火災唯一の犠牲者です。先月27日、自宅から100メートルほどの場所で遺体で発見されました。

松川悦子さん
「じぃじほら、みくたち来たぞ。ひ孫も連れてきたってよ。一緒に小石浜に帰るべ。じぃじ」

吉郎さんの自宅を確認に向かった松川さん。松川さんにとって実家である場所は、跡形もなく焼け落ちていました。

松川さんの兄
「実家がなくなったけど、しょうがないよね。こればかりはしょうがないんだ。うちだけじゃないから。みんなも燃えてるから」

9日、吉郎さんが倒れていた場所で遺品が見つかりました。

松川悦子さん
「私が父の日にあげたやつなの。何十年も『これがいい』と持っていた」

吉郎さんが持っていたとポシェット。妻からもらったお守りや写真が燃えずに残っていて、その写真が遺影となりました。

松川悦子さん
「お守りが写真を守ってくれた」

■2月のままのカレンダー

1週間前、激しい炎に包まれていた赤崎町外口地区。その様子を対岸から見つめていた女性がいました。

『CAFE gull』オーナー 佐々木ひろみさん
「大船渡の自然の素晴らしさをたくさんの人に知ってほしくて“太平洋を一望できる場所で”と(赤崎町)長崎に店を決めて」

10日、お店の前にはいつもと変わらない穏やかな景色が広がっていました。

『CAFE gull』オーナー 佐々木ひろみさん
(Q.カレンダーが2月のまま)
「そうなんです。片付けながら」
「もう見られないかと思ったんです、この景色も。ここに来られないかなとか、半分あきらめた状態だったので。守っていただいたので、ありがたいです」

■“車中泊”で避難「寝られなかった」

ペットがいるため、車中泊で過ごしてきた人もいます。

細谷明子さん(50)
「高齢犬で病気もあったりするので」

約2週間ぶりの我が家。家に近付くほど緊張感は増していきます。

細谷明子さん
「家の前の山に火が回ってついていたので、これは覚悟しなければいけないって感じで。市か消防の方が『早く退去しなさい』って」

火は家のすぐそばまで迫っていました。やっと訪れた当たり前の日常。

細谷明子さん
「感じないぐらい色んなことに必死で。とにかく寝られなかったので。1時間ごとに目が覚める。ゆっくりしたいです」

大船渡市は、県に仮設住宅40戸の建設を依頼。罹災証明については14日から受付を開始するとしています。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

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