コラム:追加利上げへ「試合の流れ」を手放したくない日銀=上野泰也氏

 昨年7月から今年1月までの6カ月間よりも短いインターバルで、日銀は次の利上げに動くのではないか。日銀が今回の局面で目指す利上げの終着点(いわゆる「ターミナルレート」)は、中立金利推計の集計レンジ下限である1.0%よりも高くなるのではないか――。債券市場参加者は2つの警戒感にとらわれている。上野泰也氏のコラム。写真は都内の日銀本店前で1月23日撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)

[東京 26日] – 昨年7月から今年1月までの6カ月間よりも短いインターバルで、日銀は次の利上げに動くのではないか。日銀が今回の局面で目指す利上げの終着点(いわゆる「ターミナルレート」)は、中立金利推計の集計レンジ下限である1.0%よりも高くなるのではないか――。

追加利上げを目論む日銀にとって、野球で言うところの「試合の流れ」がなお有利な状況下、債券市場参加者は上記の2つの警戒感にとらわれており、10年債が一時1.455%をつけるところまで長期金利の上昇が続いた。

また、日米の長期金利差縮小は、「トランプリスク」とともに、為替市場で円高が進行する原動力になり、ドル/円相場は一時148円台になった。ただし米国の利下げは当面停止される見込みであり、ドル安円高の大幅進行は、現時点では予想し難い。

為替の円安地合いを背景に、国民の間ではさらなる物価高への警戒感が強まっている。そうした中で、政府・与党が日銀の追加利上げに「待った」をかけるのはためらわれる。なぜなら日銀の追加利上げは、程度の差はあるにせよ、基本的に円安を食い止める方向で作用するはずであり、住宅ローン負担の問題などを別にすれば、一般の消費者にとって有利な話である。7月の参院選が徐々に視野に入ってくる中で、円安阻止策と受け取れる日銀の追加利上げに対し、政府・与党があからさまに「ノー」とは言いにくい空気が醸成されている。やや強引に単純化すると、「為替の円安地合い+政治サイドの容認姿勢=日銀の追加利上げ余地増大」というわけである。

現在は得点圏にランナーが複数いるかのような、日銀にとって実に有利な状況だ。試合の先がまだ長いことを考えると、ここで着実にできるだけ多くの点を挙げておきたいと考えるのが普通だろう。好機である上に、それなりの説明がつくとみれば、6カ月間のインターバルを置かず、それよりも手前で動くことを日銀はいとわないだろう。

野球ではしばしば、凡フライの捕球でエラーをしたり、走者がオーバーランでアウトになったりするなど、ちょっとしたミスが選手の心理状態に微妙に影響してその後の試案展開が急変することがある。日銀は、追加利上げに向けた「流れ」が変調をきたすことのないよう、メッセージ発信の内容などで十分慎重を期すだろう。

このところの長期金利上昇に関する日銀幹部のコメント内容は、「試合の流れ」を変えることのないよう気を配ったものになった。

2月19日、日銀の高田創審議委員が出張先の仙台で記者会見した際、長期金利上昇について質問があった。高田委員は、金利上昇の原因や受け止め方には言及したものの、長期金利上昇が国内経済にもたらし得る経済的な悪影響の有無には触れなかった。仮に、ここまでの長期金利上昇による国内経済への悪影響が無視できない大きさだといった説明をするようなら、追加利上げを日銀が模索する上で障害になりかねなかった。

21日には植田和男日銀総裁が、衆院予算委員会で質疑の場に立った。長期金利の見通しを問われた総裁は、「市場で形成されることが基本だ。具体的に先行きどういう水準に収束するのかは、コメントを差し控えたい」、「市場の経済・物価情勢に対する見方や海外金利の変化を通じて、長期金利はある程度変動する」、「景気の緩やかな回復が持続していることや、基調的な物価上昇率が高まってきていることを反映した動きだ」という、市場の動きを事実上肯定する方向で説明を行った。

日銀はすでにイールドカーブ・コントロール(YCC)を撤廃しており、債券相場(長期金利)の形成は市場に委ねている。植田総裁による上記の説明は、そのことを踏まえた手堅いものである。

やや興味深かったのは、長期金利が急激に上昇するケースへの、日銀の対応に関する説明である。日銀は、マイナス金利解除と同時にYCCを撤廃した昨年3月の金融政策決定会合で、「長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買い入れ予定額にかかわらず、機動的に、買い入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する」とアナウンスすることにより、債券市場に一定の安心材料を提供した。

だが、これは「抜かずの宝刀」のようなものであり、実際に発動される可能性はきわめて小さいとみるのが順当だろう。

上記の場で植田総裁は、「(長期金利が)急激に上昇するという例外的な状況では、市場における安定的な金利形成を促す観点から、機動的に国債買い入れの増額などを実施する」と述べた。昨年3月の決定内容を忠実になぞった発言である。

しかし、冷静に考えると、長期金利の約15年ぶりの水準への大幅上昇は、実態としてすでに起こっていることだ。にもかかわらず、債券市場の下落を止めて市場心理を落ち着かせる方向の行動を、日銀はとろうとしていない。

ということは、ここまでに見られた程度の大きさの、あるいはじわじわ進行するパターンの長期金利上昇は、日銀にとって容認できる範囲内の動きであって、「急激な上昇」「例外的な状況」ではないということである。

債券市場は足元で、「ターミナルレート」が1%ラインを超えてさらに高くなることを織り込みに行っている。そして、日銀はそのことに違和感を表明していない。

機動的な国債買い入れ増額に関する上記の植田発言は、市場で債券が買い戻されるきっかけを提供したものの、動きとしては限定的だった。また、追加利上げ観測は不動である。

この先「試合の流れ」は変わるのか。変わるとすれば、いつ、何がきっかけとなるのか。アンテナを張り巡らせて、今後もしっかりウォッチしていく必要がある。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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