水深120メートル近い地中海の海底。この一帯で、1300を超える謎のリングが発見された。(PHOTOGRAPH BY LAURENT BALLESTA)
地中海の海底で完全な円形をした奇妙なリングが発見されると、その正体をめぐってさまざまな説が唱えられた。そして4年に及ぶ調査の結果、その背後にある失われた世界が明らかになってきた。
2011年9月中旬の晴れた暑い日。海洋生物学者のクリスティーヌ・ペルジャン゠マルティニは、研究用の全長30メートルの双胴船のキャビンにいた。船は、地中海に浮かぶフランス領コルシカ島の沖、約20キロを航行中で、窓の外では太陽の光を受け、紺碧(こんぺき)の海が美しく輝いている。だが彼女の関心は、その下に広がる世界に向けられていた。
目の前には、船に搭載されたソナーシステムの画像を映し出すモニターがある。短い音波を連続的に発して、約120メートル下の海底の地形を調べているのだ。海洋科学者たちの1カ月に及ぶ任務は終わりに近づいていた。ペルジャン゠マルティニは、海洋学者で夫のジェラール・ペルジャンや、コルシカ・パスカル・パオリ大学の大学院生を含む少数のチームとともに、この辺りの海底の地形図を作成してきた。単純な作業のようだが、実は地中海の海底地形は海洋学の大きな盲点の一つなのだ。
西はジブラルタル海峡から、東はレバノンに及ぶ地中海の面積は約250万平方キロ。古代ギリシャのガレー船など、海上では昔からさまざまな船が行き交っていたが、海底は現代科学でもまだわかっていないことが多く、その大部分は深海との境界域に広がっている。深海採掘の企業が関心をもつには浅くて陸に近過ぎる一方、通常のスキューバダイビングでは潜れない深さだ。ペルジャン夫妻たちは、そうした海底に生息する生き物の調査を試みていた。海上を進む船のスクリーンには予想通り、ぼやけた白黒の画像が延々と映し出された。砂、小さな岩、そしてまた砂――ところが突然、とても奇妙な画像が視界に飛び込んできた。
完全な円形をしたリングが、一つ、また一つと、いくつも続いている。どれも大きさはほぼ同じで、直径は20メートルほど。輪郭がはっきりしていて、驚くほど左右対称だ。さらに奇妙なことに、ほとんどのリングには、ちょうど真ん中に暗色の“点”がある。数十はありそうだ。
「一体何なのか、まったく見当がつきませんでした」とペルジャン゠マルティニは話す。チームは、慎重に位置を記録し、遠隔操作型の潜水機を使って撮影をすることにした。
だが、謎は深まるばかりだった。動画を撮影したものの、視界が濁っていて、沈んだ貨物ではないという以上のことはわからなかった。
リングの発見を2013年の学会で発表したときは、その正体についてまだ調査中だった。潜水艇を使った翌年の追跡調査でも、すべての疑問が解消されることはなかったが、そうこうするうちに、15平方キロほどの海底に1300を超すリングがあることが判明した。
海の下に隠された秘密
水深が100メートルほどの海底は、海底資源の採掘には浅過ぎ、ダイビングには深過ぎるため、見過ごされがちだ。だが最近、先駆的なダイバーと研究者のチームが、地中海の水深120メートル近くの海域で探査を始め、海底で衝撃的な発見をした。巨大で完全な円形をした、1325ものリングだ。(地図の縮尺は一定ではない。地図: SOREN WALLJASPER, NGM STAFF. グラフィック: DIANA MARQUES AND LIZ SISK, NGM STAFF 出典: EDOUARD BARD, COLLÈGE DE FRANCE; JULIE DETER AND AGATHE BLANDIN, ANDROMÈDE OCÈANOLOGIE)
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