
11月11日、 「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」が戻ってくる。 写真は2022年7月、ワシントンでスピーチするトランプ氏(2024年 ロイター/Sarah Silbiger)
[ニューヨーク 11日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」が戻ってくる。トランプ前大統領の返り咲きにより、同国の外交・通商政策は露骨に実利的なアプローチになるだろう。国際社会の原理原則は一段と揺らぎ、米国は同盟国からあまり信頼されなくなる。欧州やアジアの友好国はリスクの分散に動き、結局のところ中国やロシアなど米国と覇権を争う国が台頭しそうだ。
トランプ氏は1期目にルールや同盟関係にはあまり関心を払わず、むしろ独裁者に対して好意的だった。最近でもロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻を「天才的」と呼び、中国の習近平国家主席が「鉄拳」で国民を支配しているのは「素晴らしい」と評した。
さらに国防費支出が十分でない北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対してロシアは「好きなようにすればいい」と述べ、友好国からの輸入品にさえ10%の関税を課す方針を示している。
こうした発言を比較的穏健に解釈すれば、トランプ氏は依然として同盟国との関係を重視しているものの、防衛や通商面で自国にとってより有利なディールを結ぶために脅しをかけていると言える。トランプ氏の1期目に大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたロバート・オブライエン氏は、同氏が断固とした外交政策を通じて「力による平和」を確立すると主張。6月のフォーリン・アフェアーズ誌への寄稿で「米国の同盟国はより安全になり、より自立し、敵対国は再び米国の力を恐れるようになるだろう」と論じた。
ここで注意を払う必要があるのは、トランプ氏が同盟国を脅してでもより良いディールを得ることを楽しんでいるように見える点だ。トランプ氏は国際関係や通商関係が原理原則で動く、「ルールに基づく秩序」を信じていない。
結果として、欧州やアジアの同盟国は米国に対する信頼が弱まり、頼れないパートナーと見なすだろう。そして正義よりも力が重視される世界で自らを守るための代替手段を模索するようになるだろう。
<欧州の危機>
トランプ氏の勝利で最も脅威を感じているはウクライナだ。トランプ氏はウクライナに対して、条件を受け入れなければ武器供給を停止すると脅し、ゼレンスキー大統領にロシアとの不利な和平協定を受け入れるよう圧力をかける可能性がある。
トランプ氏は「24時間以内に戦争を終わらせることができる」と豪語しているが、具体的な方法は示していない。副大統領候補のJ・D・ヴァンス氏は、ロシアに不法占拠された領土をウクライナが手放し、NATOに加盟しないことを保証する合意案を示している。
ウクライナにとって不利な和平協定が結ばれればロシアが強大化し、欧州連合(EU)の防衛体制は弱体化する。しかもEUは2期目のトランプ政権から関税をかけられ、ただでさえ弱っている加盟国の経済が打撃を被るだろう。
A shaded map showing aid given to Ukraine by various European countries as a % of GDP
理想的には、EU加盟国は団結を強め、防衛費を増やし、米国が支援を打ち切ってもウクライナが戦争を継続できるように支援を増やすべきだ。しかし外交や防衛政策の面で権限の弱いEUがそれほど大胆な行動に出ることはないだろう。トランプ氏の勝利を後押ししたナショナリズム的なムードが欧州でも親ロシア右派政党の追い風になっており、EU加盟国が全体で歩調を合わせて行動するのは難しくなっている。
さらにEUの中核国であるドイツとフランスは現在、政治危機の渦中にある。多くの加盟国で財政がひっ迫していることもあり、欧州が地政学的な脅威に対して強く結束するのは困難な情勢だ。
つまり欧州ではトランプ氏に取り入ろうとする国、プーチン氏に接近する国、両方を試みようとする国など、各国がばらばらに独自のディールを模索することになるだろう。
中国はこうした分断につけこむだろう。お互い米国から関税を課されるのなら、通商面で共同歩調を取るべきだと欧州に働きかけるだろう。またトランプ氏が地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から再び米国を脱退させるという政策を実行に移せば、この分野でも欧州に共闘を呼びかけるだろう。
<アジアのリスク>
習近平氏は台湾統一という野心を前進させる機会をうかがうだろう。トランプ氏がウクライナに対して圧力をかければ、米国は台湾の防衛にも無関心だと習氏は受け取るかもしれない。トランプ氏が「米国の半導体産業を奪った」と台湾を非難しているだけになおさらだ。
アジア太平洋地域の他の米友好国・同盟国もトランプ氏の返り咲きに神経を尖らせている。米国は台湾の支援に消極的だと分かれば、これらの国々は不安を強めるだろう。日本や韓国は中国から圧力を掛けられた場合に米国が防衛してくれるかどうか確信が持てなくなり、核兵器保有を模索する可能性もある。
一方、南シナ海における中国の進出から身を守るためもあって米国に接近しているフィリピンも、将来的に中国との関係を悪化させることに慎重になるのではないか。フィリピン同様に米国に歩み寄っているベトナムも、こうした政策は賢明ではなくなったと判断するかもしれない。国境問題に絡んで中国と距離を置いていたインドでさえ、中国との関係を修復し始めている。
An area chart showing total ASEAN exports to China and the US from 2014 to 2023
もし中国が周辺諸国を支配することができれば、東アジアで揺るぎない覇権を確立できる。そして中国の同盟国であるロシアが同じタイミングでウクライナに不利な合意を強いることに成功すれば、中国とロシアはユーラシア全体で強力な地歩を手に入れることになる。
中国は米国が衰退していると論じているが、この主張が全面的に正しいとは言えない。確かに米国は1960年代のように世界経済を支配しているわけではないが、長期的な展望は中国より明るい可能性があり、特に人口動態の面で優位に立っているのは確かだ。
しかし米国が世界最強である理由はそれだけではない。米国は第二次世界大戦以来、世界中に同盟関係を張り巡らせ、「法の支配」を広げることに投資してきた。もしトランプ氏がこれらを危険にさらすなら、「アメリカ・ファースト」はむしろ「アメリカの衰退」を現実化させるかもしれない。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab
筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

WACOCA: People, Life, Style.