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25 Comments
中島みゆきは女タクローというポジションです。
返事はいらない、めっちゃいい曲やのになぁ
「ニューミュージック」という名称ですが確かに安直かも知れないですが使い勝手が良かったのですなぜなら「シンガーソングライター」と言うとソロアーティスト限定の話になってしまう。「ニューミュージック」だとソロだけでなくオフコースも風もアリスもサザンもゴダイゴもツイストも全部ひっくるめて総称することができた。だから一気に普及して(発祥は73年?)町のレコード屋さんのほぼ100%に「ニューミュージック」のコーナーがあったはず
みゆきさんの曲は歳をとると沁みてくる。
ユーミンこそが革命だったのですね
中島みゆきは道内でお嬢様の頭の良い藤女子大で同じ道内でも田舎者の松山千春とはあわなかったのかな??噂があったような?気がする。御免
ユーミンは受験生向け多摩美の案内パンフレットの日本画の頁に写真がでてたな・・・深夜のラジオでDJがよくかけていた。デビューにかなりお金かけたとか・・・?
ユーミンはコーラスが山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子ら豪華メンバー参加 ハイサイおじさんはへんなおじさんの志村氏まで影響 昌吉父喜納昌栄さんは高速三線弾き者でした
荒井由美さん:最初に聴いたのは「不二家ソフトエクレア」CMソング。当時,新しい音楽にワクワクしたなぁ・・・そして,TV番組「セブンスターショー」にかまやつひろしさんと一緒に初めて登場し,TVに齧り付いて見てたのを思い出す・・・「健康のため聴きすぎに注意しましょう」がキャッチコピーだった😆
中島みゆきさん:1976年だったと思うけど,SONYのアンテナショップに行ってSONYミニコミ誌を貰ったら,歌手紹介でぴっちりしたライダースジャケット(マトリックスのトリニティみたいな奴)を着て,バイクに足かけた中島みゆきの写真が全面掲載で紹介されていた😀・・・で,早速曲を聴いたら・・・写真と違う雰囲気で戸惑ってしまったのを思い出すは・・・😅
豊平川沿いにあったヤマハホールの前を、ギターケース片手にジーンズ姿で颯爽と歩いていた、デビュー前の中島みゆきさんの姿を思い出しました。
シンガーソングライターと言えば、岡村孝子(元あみん)😊です♪
中島みゆきは「うらみ・ます」の衝撃で、暗いイメージでとらえていたら、ラジオで軽快にケタケタ笑いながら話すキャラクターに触れ、そのギャップにびっくりした。夜会で本領を発揮するが、歌唱の演劇性ということがこの人の大きな魅力だと思う。
ユーミンと中島みゆきの話題がでるなら、少しだけ渡辺真知子についても触れて欲しい。
高三の時、「ありがとう」発表直後、地元の狭いライブハウスに来た中島みゆきに、階段でのすれ違いざま、クイーンのロジャー・テイラーが持っていたライターに似たデザインのライターをプレゼントした。イメージより小柄だった。
彼女の深夜放送で、リスナーに「中島みゆき、松山千春が大好き説」で騒がれたり、謎の「新潟コーナー」があったと思う。
その後、「別れうた」のヒット、研ナオコに楽曲提供で成功する事は知るよしも無かった。
広く伝わる曲、深い歌詞、力強い歌唱力,それはアジアの中島みゆきでした🙌🏻,それともアジアのボブ·ディランと思う。
福岡はMODERN DOLLZかな
Amazonで買ったけどまだ読んでません。小田和正の空と風と時とどっちを先に読むか思案してます笑 とりあえず初版GET!
松任谷由実の曲って詞も曲も本当に古くならない普遍性があるんですよね。今の若いアーティストや芸能人でもユーミンの事を好きな人たちたくさんいますからね。時代を超越してる存在だと思います。
1976年 Little Feat がレコーディング参加した 矢野顕子のデビューアルバムにして名盤 Japanese Girl 。お忘れよ?!
去年だっけか?
NHKで井上陽水の何周年記念かの祝辞インタビューで「女井上陽水って言われて非常に心外」とか「彼との共通は意図せず周期的に何故だか曲がヒットする」と面白く言ってましたユーミン
ユーミンは、シティポップの流れの中、というかその端に位置すると思うんだけど、中島みゆきはなぁ……あの人は特異過ぎるw 中島みゆきのオールナイトニッポンはほんとに真夜中に腹抱えて笑ってたし、とにかくあの能天気というか超ハイテンションなのに、あんな暗く凄みのある曲を書いて歌うんだから、すっごい不思議だった。
五輪真弓さんにも初期のssw 代表として触れてほしいです!
少女から恋人よまでの期間を希望です!
僕の母(1951年生)は、四国の小さな町で一番最初にビートルズファンになった女の子でした。
で、その母とこないだ1960~70年代後半の邦楽について雑談していたのですが
「私は中島みゆきとユーミンやったら、断然ユーミン。」てなことを言っておりました。
「鏡に口紅でさよならって書いた、っていうフレーズに、女も自由に生きればいいって勇気づけられた」と。
ビートルズがそうだったように、こんどは日本の女性が「自分のことばで歌った」女性の歌だから、20代の母の心を勇気づけたんだと思うと
ユーミンの曲って単なるおしゃれソング以上の何かがあるんだろうな、とみのさんの話を聞きながら思い返していました。
ヤマハって、ポプコンでたくさんの著名アーティストを輩出しているけど、その前のライトミュージックコンテストでも赤い鳥、オフコース、チューリップが出ているし、後のEastWestでもサザンやシャネルズ等、すごいバンドが出て来る。アマチュアの登竜門としてヤマハの功績は大きかったと思います。ちなみに私はEastWestで子供バンドやアナーキーに出会いました。
今回もマジで勉強になりました。メモ取りながら勉強させていただきました。
思えば邦楽をバカにしてきた人生でした。
BEATLESにはじまり洋楽ロックの視点から邦楽を「洋楽のパクリにすぎない」と常に日本のミュージシャンを見下し続けて、それを自らのアイデンティティとして来た典型的な敗戦国の西洋コンプレックスの洋楽ロック人間だったと思います。
そんな私も50歳近くになり、ある程度の謙虚さと視点の広さを身に付け過去の自分の言動を反省し、ようやく邦楽のミュージシャンを尊重し、それらを探求しようという気概が真に心の内から発露してきました。
人々が一生懸命やって来たことに下らない事など在りません。
・・いまは只、謙虚に一から勉強させていただきます。