【東日本大震災】まもなく13年 “釜石の奇跡”当事者の葛藤 教訓伝える26歳「命守るため」

岩手県か石 市慰霊費を見つめる男性今野健太さん26 歳うんできることならま生きてて欲しかっ たなって思いますしまだあって遊びたかっ たなっていう思いはあります ね13年前兄のように慕っていた大切な人 をなくしまし [音楽] た住宅地まで流れ込んできてい ます車が波に飲み込まれてい [音楽] ます2011年3月11日押し寄せた巨大 な 津波当時中学1年生の近野さんが通ってい た石東中学校があったのは海からおよそ 500名 最初に激しい揺れを感じたのは3階の教室 にいた時でした立てなかったんでもう なんて言うんですか4つばになってもう どうにかはつってでも机の下に隠れてで もう揺れが収まるまでずっと机の足を持っ て待ってたっていう感じです山沿いの方の 道を走って奥の方 までこれがその時の様子 子供たちは列を作り手をついで避難してい ますか市東中学校と隣接する宇井小学校で は日常的に防災訓練が行われこの日も津波 から逃れるため訓練通り高台を目指しまし たこの坂を登り避難した金野さんする とさっきまで行った町の方見たら もう街のほとんどが黒海になってっ て初めて津波ていうものを見てあの瞬間は なんか誰か言葉発するとかそういうことも なくなんただ本当に呆然とあもう街 なくなるんだっていうような感じで見て ました ねその後1度も振り返ることなくさらに上 の高台まで走り続けたと言い ます一緒に避難できた子供たちその数 およそ570 人メディアなどから構の奇跡と賛されまし たしかし近野さんの思いは複雑でした直後 は当時はま奇跡って呼ばれるのはすごく 違和感がありましたね奇跡っていう言葉 だけでその消散して終わりっていう綺麗な 部分だけ見せて終わりっていう風にはして ほしくなかったなっていう大切な人もしま ましたし大切な人とは金野さんの 幼馴染み自分たちは助かった一方でカ氏で 亡くなった人は912人152人の行方が 分かっていませ んそんな中で構の奇跡と美談にされること への強い違和 感自分たちは既にひかれてる避難訓練を ただ実際にやっただけなのでま当たり前の

ことなんで自然災害起きた時に亡くなる人 がゼ人にな るっていうことはま僕の中では奇跡だなっ ていう風に思います ねその思いを胸に今野さんが行っているの がか東中学校の生徒が率先して避難をして 自分の命を自分で守るという思いで とにかく高台に逃げてが起きて当の状況 伝え活動これが日本大各地を回り今月は 三重県で自身の経験を話していました崩れ がなかったま僕が大切な人をなくして しまってすごく悲しかったのでまそういう 思いをこれから生きていく人たちにもして 欲しくないっていうのがあってまもっと こういう声がけしたら助かったんではない のかなていうのはまお話するたびにはあの 常々頭には浮かんでますし公開のねも話し てはいます ね1月にはの半島自身が 発生1人でも多くの命を救いたいという 気持ちをさらに強くしました建物の火見 たりとか津波の映像見てちょっと昔のこと 思い出しちゃって最後までは見れなかった ですね日本海側の方にまだ公園をしに行っ たことがないのでほと自分が当時 東日本大震災の時の経験を話してれば もっと助かった人がいたんじゃないかなと か 東日本大震災から間もなく13 年当たり前の世界っていうのがあの続かな いっていうのはもう13年前に実際にもう 身にしめて体験してるので自分の大切な人 を守るためにもまずは自分の命を 守るま生きてれば本当に会えるのでどうに かその時生方法っていうことをえみんなに 備えて欲しいなっていう風には思いますね

東日本大震災からまもなく13年。“釜石の奇跡”――小中学生ら約570人が津波から迅速に避難して、このように称賛されたのですが、当事者にはある葛藤がありました。

この動画の記事を読む>
https://news.ntv.co.jp/category/society/c68087fd159d4a2da1969684d91c613c

(※動画の中で津波の映像が流れます。ストレスを感じた場合は視聴をお控えください)

   ◇

今月3日、岩手県釜石市で慰霊碑を見つめていたのは紺野堅太さん(26)です。13年前、兄のように慕っていた大切な人を亡くしました。

紺野堅太さん(26)
「できることなら生きていてほしかったなと思いますし、まだ会って遊びたかったなという思いはありますね」

   ◇

2011年3月11日、岩手・釜石市に巨大な津波が押し寄せました。

当時、中学1年生の紺野さんが通っていた釜石東中学校があったのは、海から約500mの場所です。最初に激しい揺れを感じたのは、3階の教室にいたときでした。

紺野堅太さん
「立てなかったので、四つんばいになって、机の下に隠れて揺れが収まるまで机の脚を持って待っていた」
「山沿いのほうの道を走って奥の方まで(逃げた)」

当時の写真には、子どもたちが列をつくり、手をつないで避難している様子が写っていました。

釜石東中学校と隣接する鵜住居小学校では、日常的に防災訓練が行われ、この日も津波から逃れるため、訓練どおり高台を目指しました。

坂をのぼり避難したという紺野さん。すると…

紺野堅太さん
「さっきまでいた街の方見たら、もう街のほとんどが黒い海になっていて。(ここで)はじめて津波を見て、あの瞬間は誰か言葉発するとかそういうこともなく、ただ本当にぼう然と、もう街なくなるんだという感じで」

その後、一度も振り返ることなく、さらに上の高台まで走り続けたといいます。一緒に避難できた子どもたち、その数は約570人。メディアなどから“釜石の奇跡”と称賛されました。

   ◇

しかし、紺野さんの思いは複雑でした。

紺野堅太さん
「当時は奇跡と呼ばれるのはすごく違和感がありましたね。奇跡って言葉だけで称賛して終わり、きれいな部分だけみせて終わりにはしてほしくなかった。大切な人も亡くしてしまいましたし」

大切な人とは、紺野さんの幼なじみです。自分たちは助かった一方で、釜石市で亡くなった人は912人(関連死含む)。152人の行方がわかっていません(2021年3月時点)。

そんな中で“釜石の奇跡”と美談にされることへの強い違和感――

紺野堅太さん
「自分たちは常日頃からやっている避難訓練を、ただ実際にやっただけなので、当たり前のことなので」
「(大規模な)自然災害が起きたときに、亡くなる人が0人になることが、僕のなかでは奇跡だなと思う」

その思いを胸に紺野さんが行っているのが、当時の状況や教訓を伝える活動です。

紺野堅太さん(三重・鈴鹿市、今月2日)
「釜石東中学校の生徒が率先して避難して、自分の命を自分で守るという思いで高台に逃げて」

各地をまわり、今月は三重県で自身の経験を話していました。

紺野堅太さん
「僕が大切な人を亡くしてすごく悲しかったので、そういう思いをこれから生きていく人にしてほしくない。もっとこういう声がけをしたら助かったのではないか、というのは話すたびに常々、頭に浮かんでいますし、後悔の念も持ちつつ話していますね」

今年1月には能登半島地震が発生。“1人でも多くの命を救いたい”という気持ちをさらに強くしました。

紺野堅太さん
「建物の火災、津波の映像見て昔のこと思い出しちゃって(映像を)最後までは見られなかったですね」
「日本海側のほうにまだ講演にいったことがないので、自分が東日本大震災の経験を話していればもっと助かった人がいたんじゃないか」

   ◇

東日本大震災からまもなく13年。

紺野堅太さん
「当たり前の世界が続かないのは、13年前に実際に身にしみて体験しているので、自分の大切な人を守るためにも、まずは自分の命を守る。生きていれば会えるので、どうにかそのとき生きられる方法を備えてほしい」
(2024年3月7日放送「news zero」より)

📌チャンネル登録はこちら
https://www.youtube.com/channel/UCuTAXTexrhetbOe3zgskJBQ?sub_confirmation=1

◇日本テレビ報道局のSNS
X https://x.com/news24ntv
TikTok https://www.tiktok.com/@ntv.news
Facebook https://www.facebook.com/ntvnews24
Instagram https://www.instagram.com/ntv_news24/

◇【最新ニュースLIVE配信中】日テレNEWS NNN HP
https://news.ntv.co.jp

#東日本大震災 #岩手県 #釜石市 #日テレ #newszero  #ニュース

2024年3月11日 コミュニティ投稿

8 Comments

  1. 早いものであれから13年…親戚の叔母が必死になって高台に逃げたけど近所に住むお年寄りを背負って逃げた時、お年寄りの方が私を背負っちゃあんたが生きれないと一緒に逃げる事を断念したと…津波に飲まれて行くあのお年寄りの姿と光景が13年経っても忘れられず今も罪悪感と申し訳ない日々を送っていると言っています。震災は起きた時だけが苦しいのではありません。被災された方その家族は前へ進みながら毎日苦悩して生きています。

  2. 自分も同じように東日本大震災で被災しました。
    思ったことは、よく避難訓練で揺れがおさまったら避難するって教わったけど、
    一回目の揺れがおさまってもすぐ大きい揺れがくるし、おさまってから避難なんてしてたら遅いと思った揺れてる揺れながらでも避難しないとダメだと思った。

    この釜石の奇跡は日本の義務教育で教えるべき。
    人はいずれ死ぬし、天災が多い日本そんな中で生かされたことに感謝をして精一杯生きないと、かわりに亡くなった方が報われないとおもう

  3. 当たり前じゃないよ奇跡だよ。
    難しいんだよ本当に。

    称賛されたことで注目が集まり避難訓練の重要性も再認識された。

  4. 「もう13年か」という人もいるかもしれないけど、亡くなられた方々のご遺族や行方不明の方々のご家族からしたら「まだ13年か」というかもしれない。
    忘れさせないように、忘れないようにこれからもこういう特集番組は続いてほしいです。

  5. 釜石東の先生や生徒たちが避難しているのを見て、近隣の小学校や住民も一斉に避難したんだよ。奇跡なんかじゃないけど、多くの人を助けた適切な行動だった。