【特集】津波にさらわれた娘がいる海へ 「体力が続く限り通いたい」 月命日に南相馬へ通う夫婦 “3.11”から13年《新潟》

東日本大震災から丸13年が経ちました 震災後の津波で尊い命が奪われ未だ多くの 人の行方が分かっていません娘に会いたい 諦めきれない思いを抱えながら毎月月命日 に福島県の南相馬へ通う上越市の夫婦を 取材しまし [音楽] た優しく微笑む娘に毎日語りかけ ましあともう少しだけ待っててねてもじ 行くよってるんだけどもうそんな年になっ ちゃっ たち ちゃんに住む渡菊 さん娘の千さんは13年前福島県で津波 にわれまだ見つかっていませ んはさ骨の1本でも上がってくれりゃいい なと思ったけどもうだめだよ ね 島菊さん夫のミノさんと共に毎月訪れる 場所があり ますあの子が待ってると思うとやっぱり いかくちゃと思う ちちゃんよパパとママ来た よ待って た千鶴さんの戸先福島県南相馬市 [音楽] ですお母ちゃんちゃ と一緒に ここには千鶴さんと一緒に自宅にいて津波 の犠牲となった義の母と義の祖母も眠って い ますいつも見つけてやれなくてごめんねっ て言ってる のかわいそうでしょこんな寒いのにあの海 の中にいるかと思うと [音楽] ね さん子供の頃から話し出すと止まらない ほどおしり好きでしたかくなる よに来てねみちゃんいってってるのが 可愛いのねおちょんまげし て明るい買ったのこの子 [音楽] は上越市内の病院で護師として働いてい さ夫の仕事の関係で震災の半年前に南相馬 へ移り住みまし [音楽] た13年前の 今日福島では地震や津波に加え原発事故が 発生するなど甚大な被害がありまし た未だ福島県内では196人の行方が 分かっていないと言い ますまさか娘がさそんなになってると思わ ん でしょうずっと東京電力原発のとこだけ

しか映ってこなかったから ねこれ がミノさんが震災当時から記録してきた ノート です戸先へ何度電話しても繋がら ずようやく義の父と連絡がついたのは地震 から2日後の 朝避難所ほ行きそうなところを見回ったが 血たえ母の3人が見当たら [音楽] ない人が見え無事でいてほしいその頭だけ で祈る思いでたどり着いた南相馬ちょっと 後だと思うんだけど目にしたのは想像を 絶する光景でし たそうだねこれが鉄で鉄道のこっちに車が あっ てこの手前が竹藪それで母の発見場所が 下水のとこ こここ辺り な義の母は下水の中で義の祖母は土手の上 で見つかりまし たでもちずるだけ が 車で寝泊まりしながら早朝から日が暮れる まで家の跡地や病院板ア地所に通いました が手がかりはありませんでし たただ萎えてちちゃって呼んでるだけだよ ねかわいそうにと思っ たあ黒い波屋根の上からどんと怪物みたい の来てうちと一緒にいなくなったせってさ 向こうのあの高いどこに先逃げてた人教え てくれたのそういう時 ああ流さんちゃったんだなと思っ て怖かっただろう寂しかった だろう毎月11日千鶴さんのいる海へ通う ようになりまし た 震災から10年となる3年前の3月11 [音楽] 日波に乗って砂来るんだ よせママの前出てきなさいよって言ってる んだ [音楽] けどいつまで生きれるかわかんない [音楽] [音楽] けどあれから3年かな渡辺県にはある変化 がこれこれおばあちゃん知るからヒ君でき ないもん よいしょ父 よど孫のヒカ君 ですちさんの兄の子供でおっこに当たり ます今2歳 半毎朝一緒に手を合わせます ちんちん

て はいここ置いてくださいはい生生して くださいちゃんうんはいありがとう およよ うん孫の 成長 赤赤 青2人に楽しみができました 一夏 っこい11日の日もあるんだけれどもうの 中としては孫がいてあと周りに我々がいて しずのことを思わんで も孫のことで和らげられたかなという風に は思うんだけども ね今年の 日さんと菊さんが 暮らすご測てます海から近いこともあり 津波を逃れるため一時高台へ避難しまし たルスにしている間また自信が襲うのでは ない か一緒に住む息子夫婦や孫のことを考える と1月と2月の11日月命日には南相馬へ 行けませんでした バッテリは上がってるあだめだねあの2 ヶ月も乗らん とそれでも3月11日に は今年78歳になりますが体力が続く限り 通いたいと言い ますおやっぱり 福島行かないと娘には会えないというそう いう気持ちがも気持ちを持ってるんでね やっぱり積んてってやるしかないかなと 思って ますだって美さんいなくなりゃ私行けない し美さんが運転できなきゃ私1人で行け ないし動かれるちゃ行ってやりたいなと 思っ てみさんいる限り ね庭の桜の 木千鶴さんが中学に入学した時に植えた 記念時は毎年綺麗な花を咲かせ ます娘のいない春がまた訪れようとしてい ます

2024年3月11日放送
TeNYテレビ新潟「新潟一番」より

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東日本大震災から、丸13年が経ちました。
震災後の津波で尊い命が奪われ、いまだ多くの人の行方が分かっていません。

娘に会いたい・・・。
諦めきれない思いを抱えながら毎月、月命日に福島県の南相馬へ通う上越市の夫婦を取材しました。
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13 Comments

  1. この広い海の何処かに我が子がいる、、言葉にできない悲しみや辛さ。ご両親の気持ちを察することしかできないが、いつか会えますようにと願っています🍀

  2. どうかご両親が心穏やかにすごせますように。必ず娘さんにまた会えます!

  3. 義母と義父母を置いて逃げられなかったんだろうなぁ。
    夫の存在が見えないのもなんとも。

  4. 13年ってあっという間ですが子どもは知らぬ間に成長します
    辛いこと多い昨今ですが、上手くコミュ取れる様な場所が定期的に欲しいです
    辛い思いを、言い出せない思いを、抱えたまま残された遺族の想いがどれだけ辛いか…
    能登震災の人々もどうか心休まる日を一日でも早く迎えて欲しいです

  5. 綺麗なお嬢さんでしたね。せめて体だけでも戻って来れたら良かった。悲しくなりますね。

  6. 娘さんはきっと千の風になって大空を吹き渡っています。
    どうかご無理をなさらずに🙏
    (24/3/12)

  7. いくつになっても子供は子供、ご両親のご心痛を思うと胸が熱くなります。お嬢さんの発見には至らなくとも、天国でご両親の異を常に見守ってくれていると思います。ご両親が天国に召されたとき、再開される事をお祈り致します。

  8. お父さん随分ご高齢になっているし
    息子さんが福島まで運転してくれたら安心でいいんだけど、、、事故が起きてもおかしくない
    新潟市内ならまだしも上越からって遠いよな〜〜〜、、、

  9. 世の中には孫を抱けない人もいるんだからいいじゃん!今更娘の遺体は上がってこないだろ?