東日本大震災から13年 福島県で追悼復興祈念式(2024年3月11日) #知り続ける
皆様本日は東日本大震災追悼復興記念式に ご参列いただき誠にありがとうございます 私は本日の司会を務めさせていただきます 深野健二と申しますどうぞ皆様よろしくお 願い申し上げ ますそれではここで本日のプログラムをご 紹介させていただきます まず会式の時として福島県市長会理事より ご挨拶いただき ます続いて国家斉唱の後午後2時46分の 時報に合わせて黙祷のご協力をいただき たいと存じ ます引き続き福島県知事の 式事福島県議会議長の追悼の時 内閣総理大臣のご来品の 言葉鍋島優介さんによるご遺族代表の言葉 と続き ますその後主催者来賓の皆様による代表者 見福島県立郡山高等学校合唱部の皆さに よります検証と続き ますその後福島県 学校2年山本さん草野さん佐々木あさんら によります若者の言葉と 続き福島県町村会会長による正式の字を 持って東日本大震災追悼復興記念式が正式 となり ます式の終了は午後3時40分頃を予定し ております その後ご参列の皆様にも見解いただけます のでよろしくお願いいたし ます以上が本日のプログラムとなり ますなお本日の 東日本大震災追悼復興記念式の模様につき ましては同時にインターネットにて動画 配信させていただいておりますので動画を 通じて犠牲となられた方々を痛み復興への 思いを共有させていただきたいと思い ますここで会式に先立ちまして未来への 手紙について紹介させていただき ます中学生が震災を学んで感じた素直な 思いを未来への手紙として募集しまし た将来へ伝えたい教訓将来の自分への メッセージ将来の福島県への願いの3つの テーマで合計729通の未来への手紙が 寄せられまし た本日はその中から3つの手紙をご紹介し ますまず南相馬市立原町第一中学校2年 鈴木真さんの将来へ伝えたい教訓 です震災 私はまだ1歳半で歩き始めたばかりだっ た震災後はすぐに町を離れ2年間の避難 生活を経て生まれた町に帰ってき た生まれ育ったこの町は他の町とは 違う復興に向けて整備されてはいるが今も 震災の爪跡は残って
いるそれは形として目で見えるもだけでは なく人の心にも刻まれ残って いる私は東日本大震災や原子力発電の事故 を学んだそして学んだことを発信する活動 を行って いる震災を経験した人の思い今の福島の姿 を伝えることでこれから起こるかもしれ ない災害に対して知識を増やし備えて ほしいと強く願って いる福島に住む私たちは当たり前の毎日が 明日も来ることではないと知って いる福島に住む私たちは故郷がいつも 帰れる場所じゃないことを知って いる忘れたい記憶も忘れてはいけない記憶 も全て伝えていくべき こと今を生きる私たちがこのをつげるトを 受け取り生かし ていこう次に白川市立白川第2中学校3年 小張メルさんの将来の自分へのメッセージ です将来の私元気にしてます か東日本大震災が起きた3月11日あなた はまだ2歳でした ね46分母と兄とお出かけに行ったあなた は生まれて初めての大きな地震に動けなく なってしまいまし た母と兄の手を強く握り建物の外へと 飛び出したあの時外はいつもの光景とは 全く違っていまし たあれから12年私は震災のことを色々 学んだ よ震災のことその後に起きた原子力災害の こと そして現在でも震災や原子力での被害で 苦しんでいる人たちの ことあの時分からなかったことが12年を 通して理解することができまし たこれからの福島には乗り越えなくては いけないことがたくさんあり ますそれでも前を向いて未来のために私が できることを精一杯取り組んでいきます おしまいに白川市立白川第2中学校2年 鈴木りさんの将来の福島県への願い です東北地方に大きな被害をもたらした 東日本大震災から12年が経って いるしかしまだ被害が残っている場所が あるのも事実 だ夏休み私は家族で浜通りに旅行に行っ たその時に車で双葉を通っ たふと外を覗いたら見えたのは雑草が追い しげっているだけの何もない広い土地だっ た震災から10年以上経ってだいぶ復興し ているなと思っていたのだが実際に大きな 被害が出ていた場所を見てああまだまだな んだなと感じ [音楽]
た風評被害は完全になくなったわけでは ないこれから福島をもっと宣伝して支援に 力を入れてあの寂しい土地がたくさんの 建物で溢れて賑やかになっていて [音楽] ほしい本日ご紹介した作品は大学生や 社会人の若者が選定しました選定の家庭も 含め会場入り口に展示しておりますので 後ほどご覧 くださいそれではこれより東日本大震災 追悼復興記念式を取り行い ます会式の時 菅田弘行福島県市長会理事ご登壇願い ますただいまより東日本大震災追悼復興 記念式を解しいたし ます 国家斉唱を行いますそれでは皆様ご起立 願い ます H [音楽] V ご着席願い ます続きまして 東日本大震災によって犠牲となられた方々 に対し黙祷を捧げ ます東日本大震災は被災地域が広範囲に 及び極めて多くの尊い命を奪うとともに 県民生活に多大な影響を及ぼしたみの大 災害でし たしかしながら記憶があまりにも鮮明な ため13年という時間の流れをどこかに どこか現実のものと受け止めることがが できないそんな方々もいらっしゃるかと 思いますえ皆様ステージ上の談をご覧 くださいませ今回の裁断にも震災から復興 に向けて進んでおられる地域で栽培されて いる花を使用しており ます飯館村さんの林業や須川市さんの ゆり川又町さんのアンスリウムなどを使用 しております これらを通じて犠牲となられた方々を痛み 復興への思いを共有させていただきたいと 思い ますそれではお時間までご着席のまま しばらくお待ちください ませ JA [音楽] [音楽] [音楽] それでは皆様ご起立願い ます 東日本大震災の発生から13年が経過 いたし
ます皆様表中の方をお向き くださいここに東日本大震災によって犠牲 となられた方々に対し追の意を表する 午後2時46分の報に合わせて黙祷を捧げ ます 黙祷 黙祷終わります着席 ます 式事内堀正夫福島県知事ご登壇願い ます 本日ここに福島県 東日本大震災追悼復興記念式を取りに あたりの皆様と共に犠牲となられた方々の 見たとそのご遺族の皆様に対し中心から 追悼の誠を捧げ ます平成23年3月11日巨大地震と 大津波に加え原子力発電所事故が重なった みの複合災害は 4000人を超える尊い命と私たちの 美しい故郷を奪いそれまで当たり前だと 思っていた日々の生活を一変させまし たあの日から13年今もなお多くの方々が 避難生活を続けておられる ほ避難地域の復興 再生と汚染水処理水 対策風評と風化の 問題急激に進む人口減少など件は多くの 困難な課題を抱えており ます一方で県民の皆様の懸命なご努力と 国内外からの温いご支援さらには本日ご 隣席を賜りました 岸田文男内閣総理大臣を始め政府の方々の ご尽力により昨年は創造的復興の中核拠点 を目指す福島国際研究教育機構が指導した 他県内6町村に設定されていた特定復興 再生拠点区域の避難指示 解除さらには特定居住区域が創設され機関 困難区域全体の避難指示解除に向けた大切 な一歩を踏み出しまし たそうした動きにこうするかのように避難 指示が解除された地域では故郷の再生に 向けた確かな光が見え始めてい ます昨年10月大町では12年ぶりに町内 で再開した学校において地元住民の皆さん や移住された方々も参加して運動会が行わ れまし たテーマは始まりと 繋がり学校の再会を景気として住民同士の 繋がりを大切にしていこうとの思いを込め たそう です震災前大町では毎年町民運動会が開催 され大変な盛り上がりを見せていました それだけに今回開催された運動会は住民の 皆さんの心を再び1つにし故郷復興への 思いも一層強固なものにしてくれまし
た子供たちの元気な声が当たり前の暮らし を思い出させてくれた町民の一体感を感じ たそうした様々な感想が聞かれる中で私が 最も希望を感じたのは運動会で住民の皆 さんと共に汗を流した女の子が満面の笑味 で語ってくれたこの言葉でし た地域の人たちとどんな時でも助け合える ようになりたい 故郷の再生はまだスタートしたばかりです が住民同士のつながり絆の再生は着実に 進んでいますこの絆がある限り必ずや かつてのような完成の響く賑やかな故郷の 姿を取り戻せる日が来ると私は確信してい ます本件の復興は今後も長く険しい道のり が続きますが県民1人1人がそれぞれの 思い描く夢や希望に向かって挑戦を続けて いくことで必ず道は開け ます私たちは負けません福島に思いを寄せ てくださる全ての方々のお力をお借りし ながら果敢に挑戦を続け必ずや興を 成し遂げることを震災の犠牲となられた 三玉の前で固く誓い申し上げ ます結びに三玉のとに安らかならんことを 改めてお祈り申し上げますとともにご遺族 の皆様と福島県の将来にご加護を賜ります ようお願い申し上げ敷地といたし ます令和6年3月11日福島県知事 内 水頭の 次西山直市福島県議会議長ご登壇願い ます 追悼の 字本日ここに 東日本大震災追悼復興記念式が取り行っ れるにあたり慎んで愛東の言葉を申し上げ ます13年前の巨大地震と 大津波その後の原子力発電所事故により 多くの尊い命とそれまで気づかそれまで 気づいてきた私たちの平穏な暮らしが一瞬 にして奪われてしまいました 改めまして犠牲になられました方々に愛刀 の意を捧げますとともに最愛の方を亡くさ れたご遺族の皆様に中心よりお悔みを 申し上げ ます13年経った今もなお多くの県民の皆 様が避難生活を余儀なくされ本件は復興の 登場にあることに加えて震災後も愛継ぐ 自然災害や急速に進む人口現象など 度重なる困難に直面しており ます一方でこの間国内外からの温かいご 支援と県民の皆様の懸命なご努力により 本件の復興は着実に前進しており昨年には 県内全ての特定復興再生拠点区域で避難 指示が解除された 他創造的復興の中核拠点を目指す福島国際
研究教育機構が設立されるなどこれまでの 取り組みの成果が目に見える形で現れて まいりまし た震災を経験していない若い世代が増えて いく中で私たちは 犠牲となられた方々の思いに報いるために も 引き続き震災の記憶や教訓を厚生や世界の 人々に伝え続けていかなければなりませ んそして必ずや復興を 成し遂げ震災に強い犬作りはもより県民の 笑顔が輝く安心安全あれるふさ福島の創生 に向けて総力を上げて取り組んでまいり ますことをここに固くお誓い申し上げ ます結びに三玉のとに安らかならんことを おお祈りいたしますとともにご族の皆様の ごタを心から記念申し上げまして追悼の 言葉といたします令和6年3月11日福島 県議会議長西山 直市 古来品の 言葉内閣総理大臣岸田文男様ご登壇願い ます え本日ここに 東日本大震災追悼復興記念式が取り行っ あたりえ政府を代表してえ進んで追悼の 言葉を申し上げ ます東日本大震災の発生から13年のま 歳月が流れましたえここ福島県においても 影のない多くの命が失われ未だ行方不明の 方々もいらっしゃい ます巨大地震と大津波そして東京電力福島 第一原子力発電所の事故は多くの県民の皆 様から日々の暮らしを奪いまし た愛のご家族やご親族ご友人を失われた 方々のお気持ちを思うと今なお相席の念に 絶えませ んここに改めて中心より愛刀の誠を捧げ ます また原発事故のま影響により未だ多くの 方々が避難生活を儀なくされてい ます故郷に帰還することのできない方々を 始め被災された全ての皆様に改めて心から お見舞いを申し上げ ます震災から13年が経ち地震津波被災 地域の復興は着実に進展してい ます福島の原子力災害被災地域においても 避難指示が解除された地域で生活環境の 整備や産業なりわいの再生に向けた 取り組みが進められてい ます機関困難区域においてもえ昨年11月 までに全ての特定復興再生拠点区域の避難 指示が解除されまし たまた今年あ失礼今年度創設された特定 機関居住区域制度に基づきえ本年2月まで
に大熊町双葉町浪江町及び富岡町の特定 機関居住区域復興計画が認定されるなどえ 復興に向けた取り組みがま着実に進んでい ますそれが地元の皆様や福島県及び各市 町村をはめとする関係機関の皆様の絶え間 ないご努力ご尽力の賜物であることは言う までもありませ ん力災害からのま復興に向けては中長期的 な対応が必要です引き続き国が全面に立っ て復興のま前提となる東京電力福島第一 原子力発電所の安全かつ着実な廃炉ととも に機関に向けた生活環境の整備や産業成り のの再生支援に取り組んでまいり ますえ昨年4月にはあ創造的復興のま中核 拠点を目指すえ福島国際研究教育機構レイ がま創立さ れ着実にその歩みを進めてい ます引き続き福島の格的な復興再生東北の 復興に全力を尽くしてまいり ます我が国は幾となく国内と言えるような 災害に見舞われてきましたがその旅に力を 合わせて乗り越えてきまし た今年1月に発生した半島自身ではここ 福島の方々からも東日本大震災の経験地権 を踏まえた温かく心強いえ支援をいいてい ます政府においても震災の大きな犠牲の上 に得られた教訓を風化させることなく野 半島地震をはめとする自然災害への対応に 生かし災害に強い国づくりを進めていく ことを改めてここに固くお誓いいたし ます三玉のとにやからんことを改めてお 祈り申し上げるとともにご遺族の皆様のご 平安を心からま記念し私の追悼の言葉と いたします令和6年3月11日内閣総理 大臣岸田 男 ご遺族代表の 言葉ご遺族を代表して鍋島裕介様ご登壇 願います 多くの方々の人生が変えられた日東日本大 震災から今日で13年が過ぎまし た私の両親と祖父母はあの巨大な津波の 犠牲となりまし た父はまだ行方不明のまま です13年たった今でも両親や祖父母の ぬくもりは忘れていません あの日小学1年生だった私は放課後に学童 施設で宿題をしている時に地震に襲われ ました学童の先生が私を乗せて避難しまし たが車が渋滞しており後部座席から見えた 黒くて巨大な津波の恐ろしさは今も心に 強く残っています避難所で友人と遊んだり 学童の先生と話したりしていると共闘先生 に連れられていた小学6年生の姉と合流 することができまし
たそれから1ヶ月ぐらい福島県内を点々と 避難しその後父方の祖父に引き取られ 神奈川県平塚市に避難しまし た神奈川県の小学校に通うようになって 半年ほどが過ぎた時祖父が初めて両親や 波江の祖父母のことを教えて くれ教えてくれました両親は請戸地区でも より海の近くに住んでいた祖父母を迎えに 行って津波に巻き込まれたのではないかと ことでし た幼なかった私は事態がよく飲み込め なかったのか涙は出ませんでしたただ両親 が迎えに来ないことをずっと不思議に思っ ていた私は妙に冷静に受け止めた気がし ますこの避難から数年はなぜたか記憶が とても曖昧ですただ 両親に休日に遊んでもらったこと父と サッカーをしたことや母の手料理の美味し さなど不思議となめでの家族との楽しい 記憶はわせていませ ん審査以降で受け小学校が残ったのは 思い出のおかが残ったような気がして とても嬉しく思いまし た今後私たち家族が住んでいたところに 新しい家族が私たち家族のように楽しく 過ごしてもらえたらこんなに嬉しいことは ありませ ん今も国内外で様々な大大災害が発生して います先日のの半島自身の映像はあの当時 の記憶をまざまざと呼び起こしまし た私は避難先の学校で避難訓練の度にあの 強烈な津波の恐ろしさが蘇り訓練をする ことの意義や意味を再確認しまし た普段訓練をしていないとことは災害時も 行動できないと思うから ですまたこの震災を得て私は人と関わる ことがすごく大事なことに気づきました たくさんの友人や家族色々な方々の支えが あって今私はここに立っていますこの震災 の教訓を生かし決して忘れないようにし ていかなければならないと思ってい ます普段から防災を意識し津波屋台風が 近づいている時はまず逃げることが大切 です最後に震災当初から救助復興支援に 当たってくださった方々に御礼を申し上げ ますそして犠牲になられた方々のご冥福を 祈りするとともにご参列者の皆様のご健康 とご他校を心からお祈りして遺族代表の 言葉といたします令和6年3月11日遺族 代表島 裕介 続きまして代表によるを行いますお名前を お呼びいたしますので喧嘩をお願いいたし ます内堀正福島県知事お進み [音楽]
ください西山直市福島県議会議長お進み [音楽] ください 菅田弘行福島県視聴会理事お進み [音楽] ください宮田秀俊福島県町村会長お進み [音楽] くださいご遺族を代表して鍋島介様お進み ください ご来賓を代表して内閣総理大臣岸田文男様 お進み [音楽] [音楽] ください [音楽] 続きまして国会議員の皆様喧嘩をお願い いたしますお名前をお呼びいたしますので 6か所設けられたいているとに順番に見を お願いいたし ます経済産業大臣斎藤健 様復興副大臣平木大作 [音楽] 様総務副大臣馬場誠司 様農林水産副大臣鈴木典和 様 環境副大臣滝沢求 様衆議院国家基本政策委員会委員長根本巧 様衆議議員現場一郎 様参議議員若松金 様 参議議員森正子 様衆議議員金子笑美 様衆議議員亀岡義 [音楽] 様衆議議員小慎二様 衆議院議員官家一郎 様参議議員岩渕智 様衆議議員上杉健太郎 様衆議議員馬佑樹 様 参議議員星北斗 様衆議院議員赤葉か [音楽] 様衆議議員高木陽介 様衆議議員細野剛志 様衆議院議員井上慎二 [音楽] 様 [音楽] [音楽] 続きまして海外からの貧脚の皆様係員の 案内に従って順番に喧嘩をお願いいたし ます中日オーストラリア匿名全権大使 ジャスティンダウルヘイハースト 閣下中日カメルーン共和国匿名
エ ゲネのアルフォンヌブリジット 様中日フィジー共和国匿名全権大使フィモ 我が [音楽] 閣下中日常時や匿名全権大使 テムレジャバ 閣下中日ガーナ共和国匿名前件大使 ジェネビーブエドナアル [音楽] 閣下中日インド大使館主席 講師女子マヤク 様 中日レソ王国大使館3時間ママスーファー 総理 様中日ミクロネシア連邦匿名全権大使 ジョンフリッツ閣下同夫人フリッツ桃 様 中日ノルウェー王国匿名前件 大使クリスティンイグル閣下同府君 ゴールダーズグリーン [音楽] 次期中日カール国大使ジャベルジャララ アルマリ 閣下中日モルドバ共和国大使館2等初期 官セルジコルコル 様 中日ルアンダ共和国臨時代理 大使ボニーセファの [音楽] 様中日シンガポール共和国大使館2初期間 ベイウェイン [音楽] 様中日スイス匿名全権大使アンドレアス バム 閣中日ティモール民和国前使イディオ シネスコスタ 閣下次期中日チュニジア共国大使アメッド シフラ 閣下中日アメリカ合衆国大使館政務担当 講師ジョン内林 様中日ベネズエラボリバル共和国匿名全権 大使成功ルイス一川小林 閣下 [音楽] 続きましてEUの皆様になりますお名前を お呼びいたしますのでご登壇の上3列にお 並び ください中日欧州連合代表部代表匿名全権 大使ジャンエリックパケ 閣下中日オーストリア共和国匿名前 使 エリザベト 閣下中日ベルギー王国匿名全権 大使アントンエブラ
閣下中日ブルガリア共和国匿名全権大使 マリエペトロバアラバジエデデカル 閣下中日クロアチア共和国匿名全権 大使ドラジェフラスティッチ 閣下プロス共和国匿名前使ヤニスミハス 閣下中日チェコ共和国大使館自席行使3次 間浦 様中日デンマーク王国匿名全権大使 ピータータソ沿線 閣下中日フィンランド臨時代理大使テ 様中日フランス匿名全権大使フリップ セトン 閣下中日ドイツ連邦共和国匿名全権大使 クレメンスフォンゲッツ 閣下中日ギリシャ大使館自席一等3時間 ステアスフムアリス 様中日ハンガリー臨時 代理レイデポル 様日アイルランド匿名全使デミアンポール 閣下中日イタリア匿名 大使ジルベネデッティ 閣下中日ラトビア共和国匿名全権大使ジグ マールスジルルビス 閣下中日リトアニア共和国匿名全権大使 オレリーG閣下 中日ルクセンブルク大高国臨時代理大使 ダビッドゲベル 様中日丸田共和国匿名全権大使アンドレ ステリ [音楽] 閣下中日オランダ王国臨時代理大使 ペータース 様中日ポーランド共和国前大使バベウミフ 閣下中日ポルトガル匿名全権大使ビトル パウロダコスタセレーノ 閣下中日ルーマニア臨時代理 大使ジタメデアヌ 様次期中日スロバキア共和国 大使イバ鶴子 様中日スロベニア共和国匿名全権大使有利 リフェ 閣下中日スペイン王国匿名全権大使 フィデルセンダゴルタイデルカンピ女 閣下中日スウェーデン王国匿名全権大使 ヘールエリックヘーグベリ [音楽] 閣下それでは1列目の皆様喧嘩をお願い いたし [音楽] [音楽] ますい 2列目の皆様をお願いいたし [音楽] ます 続いて3列目の皆様喧嘩をお願いし
[音楽] ます [音楽] JA [音楽] 続きまして検証を行い ます検証は福島県立郡山高等学校合唱部の 皆さんにお願いいたし ます郡山高等学校合唱部は今年度の日本 合唱コンクール全国大会におきまして5 大会連続9度目の賞受賞NHK全国学校 音楽コンクールでは銀賞を受賞しており ます曲はホネそして夜明けから日暮れまで です本日は合唱部29名による検証で式は 顧問の佐藤智子共有万は石井孝太郎さん です E 川は風と 語り合っているよとは花と 震ているよ日差しは木のとじれあっている よ雨は帰るとうき合ってる のほらねらは1人じゃ ないと誰も1人じゃない1人じゃないそれ でも正しい日があったら 涙が止まらない日があっ た く思い でつ歌はあなたの大切な 友達いつもそ にるつは 友達 [音楽] なかろう 波 といあっているよ山は雲と 呼び合っているよ窓はアの へっているよ雪は明りと 見つめ いるほらねらは1人じゃ ないでで誰も1人じゃないしりじゃない それでも寂しい夜があっ たらどうしても眠れない夜があったらあっ たら 彼 [音楽] 歌歌はあなたの大切な 友達いつもそにる大切な 友達 は 悲しい日があっ たら涙が止まらない日があ たら く 思いは 歌歌はあなたの大切な
友達いつもそに大切な 友 [音楽] た [音楽] は風がはか方から食いてきて今 私か の出 てけてくという不に山々が並にされて あなたは 風風 てあなたは古に旅をして り回り 回りまたとへも とあなたと いうあなた はあは てこない しと う 私私 ま私 私ますはけ変化せの け ます け です よけ です命のはかかから湧いてき て 命と節にのみがつける先て私は雲雲なて私 は 神をして り回り 回りまたとへ戻る ことおと いう私 はた私は戻ってこない1と 思 あなたあなた まあなた あなたは 季節して漏れ 続ける び です です よけ です道を け風 に なさけがあるよけが [音楽] ある神を ゆけ風を
ゆけ手に れそをって せよ 受けよ らに らに ら に ほ [音楽] 掲げよ 私 私 私 私 私 を け変更戦の先 の ます です よけ です よけです [音楽] 郡山高等学校合唱部の皆さんありがとう ございまし た 続きまして若者の 言葉若者の言葉は福島県立相馬高等学校2 年山本咲さん草野沢さん 佐々木あさんにお願いいたし ます東日本大震災以降相馬高校出版局は 被災地の現状そして復興への歩みを取材し 続けてきまし た震災38日後に発行された総馬校 新聞今日から学校 再開あの日から38日と書かれた大きな 見しに続いてこう書かれていまし たようやく 今日から仲間と同じ場所で過ごすことが できる誰もが悲しみと苦しみを抱えて いる互いに声を 出そう励まし合おう そしてもう一度相馬高校での生活を 作り直そう学校が再開した時にみんなを 励まし 応援することのできる記事にしようという 当時の部員の思いを私たち後輩も感じてい ますそこから13 年相馬校新聞では震災を伝えるという特修 を続けてい ます震災後の復興の歩みを記録することで 着実に一歩ずつ進む地域の現状を伝えてい ますまた毎年3月11日当日には震災特別
号を発行し記憶を記録し継承するを合言葉 に震災当時の先生方や生徒の様子などを 掲載してい ます昨年度は12年ぶりに復活を遂げた 松川浦の浜焼きの様子を掲載しましたが 今年の相馬校新聞では相馬で水上げされた トラフグについて取材しました相馬の 新しい冬の名物としてブランド化された副 トラを取り上げ相も漁業の現状を記事にし ました震災についての取材では1人1人の 復興活動に対する思いが伝わってきます そのその中で自分の予想と違った答えが 返ってくると自分も潜入感を持って物事を 見ていたことに気づかされ ます私は昨年の3月に主題で実際に福島第 1原子力発電所の敷地内に入り原発の現状 と課題を知ることができまし たその中で区間の制限等はありますが 私が想像していた全身を覆うような防護服 ではない衣服で中に入れるようになって いることにとても驚きまし た今年は語り部活動として福島の現状を 取材し続けている滋賀県の高校や京都新聞 社を訪問し福島の今を発表しまし たこれらの交流を通して他県から見た福島 を知ることができました 一方で日々の取材の中では福島県民である 私もまだまだ知らなかったことがあり他県 の方々にも福島の状況を正しく知って もらうことがとても大切なのだと感じまし た私は他県の高校生との交流を通して今の 高校生は福島に震災についての偏見を持っ ていないと感じると同時に福島の現状知ら ない人も多く震災が風化し始めていると 感じました自分たちが震災の記憶がある 最後の世代ということは今後の相馬校新聞 は震災を知らない世代が作っていき同世代 の震災を知らない世代に伝えるという活動 になっていきます昨年12月に津波に飲ま れ9に一生を得た語り部の方の話を聞き ました津波が来たら逃げて戻らないで自分 の命を最優先にという言葉が心に残ってい ますそしてノ半島自身が起こりまし たの半島自身のニュースを見ながら東日本 大震災の経験を伝え続けていくことの大切 さをより強く感じ出版局での活動を頑張っ ていきたいと思いまし た早々地方の高校生という立場の自分たち が作る新聞だから こそ周囲の人たち特に県外の方々から関心 を寄せてもらえているように感じてい ます同じ早々に生きるものとし て大人も子供も手を 取り合いこのこの地域の復興に向けて できること
に1つ1つ取り組んでいくことが未来を 気づくことにつがると思ってい ます令和6年3月11 日福島県立相馬高等学校山本崎草野沢 佐々木 明 山本咲さん草野沢さん佐々木安さん ありがとうございまし [拍手] [拍手] た 兵式の 字宮秀俊福島県町村会長ご登壇願い ます はいえ以上を持ちまして 東日本大震災追悼復興記念式を兵式とさせ ていただきます列席誠にありがとうござい まし た 以上で東日本大震災追悼復興記念式は終了 となりますがご参列の皆様にもこの後準備 が整い次第喧嘩を行っていただけますので そのままお席でお待ち願いますなお喧嘩が お住になられている皆様もご案内いたし ますのでそのままお席でお待ち願い ます それでは喧嘩がお住になられている皆様 ここでご退席お願いいたし ますただいま喧嘩の準備を行っております 準備が整い次第ご参列の皆様にも喧嘩 いただけますのでそのままお待ちください ませ それではステージ上この後は東日本大震災 追悼復興記念式にご参列いただいた皆様の 喧嘩になります本日は誠にありがとう ございまし [音楽] た [音楽] [音楽] それではご来品の方で喧嘩いただけます方 はスタッフがご案内いたしますので スタッフに続きまして左側の階段より最大 まで順次お進みくださいなおご案内につい てはお手元の座席表の裏面に記載があり ますように1番のエリアの前列から1列 ごとにご案内させていただきますそれでは これよりご案内いたし [音楽] ます
東日本大震災から13年となる3月11日、「東日本大震災追悼復興祈念式」(福島県主催)が午後2時30分から福島市内で開かれる。岸田文雄首相、内堀雅雄知事、遺族代表らが参列する予定。
■3.11 これからも、できること。:https://www.search311.jp/
※中継内容等は予告なく変更になる場合がございます。予めご了承ください。
■チャンネル登録:https://yahoo.jp/zaoidV
■THE PAGEの記事一覧:https://yahoo.jp/A5sxYP
■Yahoo!ニュース オリジナル:https://yahoo.jp/7a5omo
#thepage_jp
#東日本大震災
#知り続ける
5 Comments
税金泥棒が復興に何を言っても説得力が全くないし信用できない。
亡くなった人お安らかに眠ってください
👁️☯️
もうそんなじきか!
10:00