日本海側で初の“大津波警報” 経験者の証言から浮かぶ「身を守る唯一の方法」―能登半島地震1カ月 (2024年2月1日)

園まで行こう逃げよう公園早くちょ待って 行っとってね怖いってちょ待って父ちゃん も行くからお揺れとるめちゃくちゃ揺れ とる わこれは1月1日地震発生直後に鈴松町で 撮影された映像 ですやっぱり大津波警報やって 大津波 え高台の公園に逃げて ますこまで行ったら日本海側で初めて発さ れた大津波 警報高台にいる公園に避難して ます え津波が津津が来ますあんなて 全そんなに津波来る ぞ津波来る よ塩引いとる よ早く見えて津波来るよこの動画を撮影し たのは涼しにある実家に規制していた金沢 市の田中健二さん早く当時をこう振り返り ますへ戻れることを初めてやっぱあんな音 聞いたんであの空中警報みたいにううって なっててまそれがこうちょっとなおさら こう恐怖心をかき立て るっていうか東北大震災のあの記憶が すごく残ってたんでまとにかく高いとこ 逃げんなっていうのはあの最中ずっと思っ てました ね気象庁は現地調査を行い能登町白丸で 4.7m鈴の飯田港で4.3mの津波が あったと推定しています あそこほね後があるでしょ白壁の上の部分 ぐまでそこまで波が来たてことですわね川 の深さ2mよりか俺あると思うんやわそ 人間がそこに立ってねそっからまたこの道 2m上がってこから5mから6Mぐらい 1人は ねではこれまでに津波による犠牲者が2人 確認されてい ます日本海側の津波は太平洋側の津波とは 違う特徴があると専門家は指摘し ます断層の位置ですね日足日本大震災の時 には沿岸部から100km以上離れていた のでえ地震発生から場所によっては1時間 でありましたしかし今回はえすぐ横行なの で日本海での地震津波の特徴なんですけど もやはり到達が 早い日本海側の断層は多くが沿岸のそばに あり ますこれは地形や地震の規模などを元に 津波の動きをシミュレーションした 映像最初の波が涼しに到達するまでに かかった時間はわずか1分でし た庁の津波情報を待ってるともう始まって しまってると本当にえ早い避難が必要だと

いうことになり ます住民およそ80人が暮らす鈴三崎町次 下出 [音楽] 地区ここにも津波は到達しましたが住民 全員が無事でしたそこには理由があり ます津屋と言われたらと何かあったらあの 集会所という合言葉があったもん でいざという時に備えて行われていた避難 訓練 ですこの地区では少なくとも10年以上前 から毎年高台の集会場に避難する訓練を 重ねてきまし た集会所行くまでの時間も見たり訓練の時 も決まったる道それがあの良かったんかな てみ言っ津波にぐわっとやられてずっと 引っ張られた可能性は多いにしてあります ね今回住民およそ80人が高台の避難所に 集まったのは地震発生からわずか5分 後日頃の訓練が命を守ることにつながり まし たさらにこんな要因 も4m30から40ぐらいってとこ でしょうか はいこの分がま地面が流し た国土チリ院では今回の地震での半島の 海岸線がおよそ85kmにわって流したと 分析してい ます一部の地域ではこの竜が結果的に津波 の被害を食い止めまし たがた後に多分津波は通りすぎていっ たっていうことになると思いますま結果的 にその地面が流した高さの分だけその津波 の影響が少なくなったっていうことはある だろうという風に理解して ます実際地面が流した和島港や鈴市の長橋 では津波の痕跡は認められませんでし たこんなに引いたことないんやね面白いね 岩肌見えた時のない岩肌 田中さんの動画が撮影された地域でも竜に より津波の被害はほとんどなかったそう です がめ流してるっていうのは後から知った ことなんでだあん時はその津波がこうくる 全長としてすごく引いてるのかなっと思っ てたんで絶対逃げる方に火事を切った方が もうそんでこかったらこかったじゃない ですかうんも地震の後は高台にやっぱみ 逃げた方がいいんじゃないかなってやっぱ 思いますよ ね津波から身を守るただ1つの 方法それは大きな地震が来たらすぐに高台 へ逃げること日頃から訓練を繰り返すこと が大切 です

今回の能登半島地震では日本海側で特別警報の大津波警報が初めて発令され、4メートルを超える津波が石川県内を襲いました。一体何が。津波を経験した人の証言とともに命を守るためのポイントを探ります。

避難者:
「公園まで行こ!逃げよ!」
「ねぇ早く怖いって」

1月1日、地震発生直後に珠洲市馬緤町で撮影された映像です。

避難者:
「大津波警報やって」
「高台の公園に逃げてます」

日本海側で初めて発令された大津波警報。

避難者:
「高台にある公園に避難しています。津波が来ます見えない岩があんなに…。今から津波来るぞ」
「津波来るよ!」
「潮引いとるよ」

この動画を撮影したのは、珠洲市にある実家に帰省していた金沢市の田中憲士さん。

当時をこう振り返ります。

珠洲市に帰省中だった田中憲士さん:
「初めてあんな音聞いた。空襲警報みたいにウーって鳴っていて。それがなおさら恐怖心をかき立てるというか、東日本大震災のあの記憶がすごく残っていたので、とにかく高いところに逃げんないととは、あの最中、ずっと思っていた」

気象庁は現地を調査し、能登町白丸で4.7メートル、珠洲市の飯田港で4.3メートルの津波があったと推定しています。

能登町白丸の住民:
「あそこ跡があるでしょ、白い壁の上の部分ぐらいまで。川の深さ2メートルより思う。5メートルか6メートルくらい来とるんやね」

石川県内ではこれまでに津波による犠牲者が2人確認されています。

日本海側の津波は、太平洋側の津波とは違う特徴があると専門家は指摘します。

東北大学災害科学国際研究所 今村明彦教授:
「断層の位置ですね。東日本大震災のときには沿岸部から100キロ以上離れていたので、地震発生から場所によっては(到達まで)1時間ありました。しかし今回は(断層が)すぐ横なので、日本海での地震津波の特徴ですけど、やはり到達が早い」

日本海側の断層は、多くが沿岸のそばにあります。

これは地形や地震の規模などをもとに、津波の動きをシミュレーションした映像です。

最初の波が珠洲市に到達するまでにかかった時間はわずか1分でした。

今村教授:
「気象庁の津波情報を待っていると、もう浸水が始まってしまう。本当に早い避難が必要だということになります」

住民約80人が暮らす珠洲市三崎町寺家下出地区。ここにも津波は到達しましたが、住民全員が無事でした。そこには理由があります。

珠洲市三崎地区 出村正廣区長:
「津波だと言われたら、元々何かあったら集会場って合言葉があったもんで」

いざという時に備えて行われていた「避難訓練」です。

この地区では、少なくとも10年以上前から毎年、高台の集会場に避難する訓練を重ねてきました。

住民:
「集会場行くまでの時間も見たり、訓練の時も決まっている、道。それが良かったのかなってみんな言っている」

住民:
「(訓練がなかったら)津波にバーッてやられて引っ張られた可能性は十分にありますね」

今回、住民約80人が高台の避難所に集まったのは、地震発生からわずか5分後。日頃の訓練が命を守ることにつながりました。

さらにこんな要因も…。

金沢大学地域創造学類 青木賢人准教授:
「4メートル30センチから40センチぐらいというところでしょうか。この分が地面が隆起した」

国土地理院では今回の地震で、能登半島の海岸線が約85キロにわたって隆起したと分析しています。

一部の地域ではこの隆起が結果的に津波の被害を食い止めました。

金沢大学 青木教授:
「地面が上がった後に、津波が通りすぎていったということになる。結果的に地面が隆起した高さの分だけ、津波の影響が少なくなったということはあるだろうと」

実際、地面が隆起した輪島港や珠洲市の長橋では、津波の痕跡は認められませんでした。

珠洲市に帰省中だった田中憲士さん:
「こんなに(潮が)引いたことないね見えたことない岩肌」

田中さんの動画が撮影された地域でも、隆起により津波の被害はほとんどなかったそうです。

田中さん:
「隆起しているというのは、後から知ったことなので、あのときは津波が来る前兆として、すごく(潮が)引いているのかなと思っていた。絶対に逃げる方にかじを切った方が、それで来なかったら来なかったじゃないですか。地震の後は高台に逃げた方がいいんんじゃないかなと思います」

津波から身を守るただ一つの方法。それは、大きな地震が来たらすぐに高台へ逃げること。日頃から訓練を繰り返すことが大切です。

9 Comments

  1. 日本海側では1993年の北海道南西沖地震で大津波警報が発表されていて、初の発表ではない。

    「1993年の大津波警報は『津波警報(大津波)』だから、実質初の発表だ」と主張するのなら、前回の大津波警報である東北地方太平洋沖地震のときに発表されたものも「津波警報(大津波)」であるから、「国内初の大津波警報」と表現すべきである。

    動画内では「大津波警報が “発令”」と表現されているが、「発表」が正しい。

  2. 津波の被害は、地区よって異なる。震源地に近い千里浜はほとんど影響無かったのに、新潟の浜茶屋が粉々になる被害が出てる。
    津波は海底の深さや形や浜の形態で被害が異なる。
    被害地を調べて、何故か考えて次の災害を防ぐ方法を考えるべき。
    やみくもな避難警告では2次被害を作り出す。

  3. 潮が引いているように見えたけど隆起だったのかもしれない 今の写真と比べると分かると思う 当時はニュースで観測されたのは1.2メートルが最大だったけど、計測器が隆起で使えず、実際には警報通りの4メートル超が来ていたんだと分かり、改めて予報が正確なんだと分かりました。NHKのアナウンスも、やはり緊急性を感じてよかったと改めて思いました。能登のみなさま、応援しています。

  4. 他の人も指摘しているとおり、日本海側に大津波警報が発表されたのはこれが初ではありません。
    1983年の日本海中部地震や1993年の北海道南西沖地震で大津波警報が発表されました。
    確かに、2013年の改正で「津波警報(大津波)」が正式に「大津波警報」という呼称になってから日本海側に大津波警報が発表されるのは初ですが、それを言うのなら日本初であり、適切な表現とは言えないでしょう。

  5. 当初輪島港では5mの大津波が
    予測されていましたが、観測された
    津波は1.2mであり、居住区には被害を
    及ぼしませんでした
    後に隆起した部分の高さが最大で3.9m
    だったと分かり、あの大津波警報が
    間違いではなかったことを実感しました

  6. 「来なかったら、来なかったじゃないですか」本当にその通りです。別に避難してもなんともなければよかったねで帰宅すればいいんです。自然を相手に絶対は無いので大きな地震があった場合はすぐ高台へ。

  7. 海のそばに住むのやめて高台に住めばいい 南海トラフはひどいことになるぞ