【ドキュメント新潟】能登半島地震1か月 1.1証言を追う 検証・津波警報 その時、どう動く#japan #earthquake《新潟》
[音楽] 今年の元日は忘れられない日となりました ここがね普通に歩けてたはずなのにかっ [音楽] て上の住宅街が必まだ断水してるん で困っちゃいましたね うん予想談にしてなかったんで [音楽] うんああ怖い よ昨日え最大振動7えの半島 地震 地震揺れてるああ揺れてるな すごいあ結構揺れてるなかなり強い揺れが 起きています全中もかなり揺れています やばいおおわあやばいカメラが捉えた恐怖 の瞬間すごい ね突然奪われた平穏な 日常新潟自身の時にもその怒っていたん ですけれども西区のですね左のその裾で うわえたうわや [音楽] ば明らかにあの辺の白波の立ち方が おかしくなり始めてたのはこれやばい ぞまさかが現実となった 津波あの辺にいたら全部飲み込まれると 思ったん で私たちはどう命を守るの か津波が押し寄せた自治体が行った アンケート浮き彫りになった課題と はそして次なる地震への 継承こそこで大きなま地震が発生する性が ある と 私たちはどう動くの [音楽] かドキュメント新潟1.1証言を追うこの 時間はテニーのスタジオから生放送でお 伝えしますまずは被害状況を確認していき ましょう石川県内ではこれまでに分かって いるだけで236人が犠牲となり19人の 安否が分かっていませんえそして避難生活 で体調を崩すなどいわゆる災害関連士は 15人に登っていますでは新潟県内の状況 も見ていきましょうえ県内では5人が重賞 となるなど合わせて49人が怪我をしまし たえそして建物については合わせて 1万10船に被害が確認されていてこの うち最も被害が大きい新潟市では727宗 となってい ます野半島地震から間もなく1ヶ月各地で 復旧作業も進んでいます通行止めとなって いた上越市の国道8号では土砂の撤去が 終わり昨日から通行が再開しまし た通行止めが解除されたのは上越市の国道 8号
茶ヶ床園地 地方整備局は当初来月中旬の会場を見込ん でいましたが路面や壁の損傷が警備だった ため応急復旧が完了したということです 通行止めの解除に伴い迂回となっていた 高速道路の無料措置も終了してい ます1月1日に襲った地震と津波私たちは 住民や専門家の証言を集め避難行動や今後 の避難体制などを検証しました命を守る ためにできることとは改めて考え ます不気味でさ今も頭の中に残ってる ものすごい音した黒いのがねゴと見えるん ですもん ねうんあれねびっくりしたよねこれ本当に 死んじゃうかと思った よ津波 警報その時住民 は 勢いよく川を訴する 津波うわあ来た あ取ってるのも やば地震からわずか20分後防波堤を超え 沿岸部の街を襲いました津来てる な上がれ うわこうわや ば津波が押し寄せた地域の住民が避難行動 について緊急にアンケート調査を 実施浮かび上がってきた課題と は上越市 港町開は2mから 3M津は堤防を越え住宅地に押し寄せてき まし た海水浴場には瓦礫が 散乱浜の土産物店には押し流されてきた 大型の厨房機 も県内の観測地点のうち柏崎市くじで 40cm新潟市と佐市和崎で30cmの 津波を 測しかし調査を行った専門家は上越士など 観測地点がなかった地域では2mほどの 津波が押し寄せていたと分析し ます名越あたりが特に都出してあの津波の 痕跡だか高いあのことになってましてこの 到達した津波の高さはやはりこれから見る とえと ぐらいはあったんじゃないかなという風に 現考えてい ますさらに気象庁は津波が陸を駆け上がり 到達した高さが上越市で5.8mだったと 推定してい ますそして今回の 津波特徴の1つが地震発生から到達する までの速度 です うわ
午後4時34分津波警報が発表された22 分後でした来 た津波警報出たと10分後ぐらいも津ね 津波押し寄せてちょっとうでうろうろして たらそこまで玄関のほのそこまであの波が 入ってきたんですよね逃げたかったけど もうマグマしてたらもうね津波が来ちゃっ たからとりあえず2回で逃げる暇なかった もの出ないわけにかそれで出ようとしたら その玄関の蜂とか水あの花瓶がダダンと 倒れたです上のも全部ちてね落ちて下が 水浸しになったあじゃこれこれそれだけ 片付けてって言ったらあいじじゃねえかて いうほんで外に出たんです振り向いたら 津波1分も車行ってエンジンかけてもう バックしたらも津波が車ずっときっ て潟の内田と申します犬か準教授の資産に よると今回の津波第1波が到達した時間が 上越市で19分糸井川市では8分で到達し ていた可能性があると言い ます津の電するスピードいうものは水深 だけであの決まってくるんです大体時速 350kmぐらいということでま日本の新 幹線の中でもよりも早いというスピードで あの電波しててることが分かり ます東日本大震災では津波により多くの命 が奪われまし た今回は地震の発生直後に津波警報が発表 その時住民はどう動いたのでしょう [音楽] かぱり海がこれだけ近いんでこう恐怖が やっぱりすぐここに波がもし見えたらもう 終わりだと思ってるん で新潟市西区の 松ヶ丘町 自宅は海から200mほどの場所にあり ますここがもう海の道なんでこっち側には 絶対行けないのでもうやっぱ向こう側に 行くしかないそうするとやっぱこの道通る しか はい妻のさん です高台は大人が走っても20分ほど かかるため町内のほとんどの住民が車で 避難すると言いますそうですねそう やっぱり海が近いのでどれだけその安全に 逃げられるんだっていうのがすごく不安が 大きいところなのでうんももとにかく高い ところ高いところ上上目指して逃げていっ てはいしまいまし た1月1日の午後4時10 分族と親戚合わせて11人で夕食を囲んで いた時大きな揺れに見舞われまし た地震から2分後え現在津波警報が発表 出されました現在津波警報も出されてい ます津波警報が
発表揺れが収まってあ波が来るってなっ たら非常用の持ち出し袋をもうすぐ玄関に から置いてあるのでそれすぐ出してもう あいのす取って出よう出よう て警報の発表から3分後きみ子さんは母親 と妹そして2人の子供を車に乗せて高台へ 避難を始め ます一方の正典さん東京からやってきた 親戚が津波に対して危機感がなく説得に 時間がかかっていました ちょっと口調も荒くなってあの早く早くっ ていう感じにやっぱなりまし た午後4時25分地震からおよそ15分後 に君子さんたちは高台へ到着しまし たその頃ようやく正典さんたちも家を出発 し ます しかし走り出して数十秒後でしたえ お兄ちゃんがいないみたいな感じでえこの 辺でもう気づいてでま引き返した感じです 娘から連絡があり親戚の1人がまだ家に いることが分かったの です慌てて引き返すこと ににから20以上 ましその頃上越市そして柏崎市ではすでに 津波が観測されていまし た正典さんは親戚を連れて再び高台を 目指し ます車もこの辺からやっぱりちょっと混ん でましたちょうどあのずっと車がこのこの 距離に全部あの並んでる感じなんで7台 台多くの住民が車で避難したため各地で 渋滞が 発生もし波が来たらどうしようっていう 感じの不安でちょっとやっぱ後ろ チラチラ地震発生からおよそ40分後 ようやく高台へ到着家族と合流することが できまし たスピード感を持ってまやらないとね とにかく本当命に関わるといけないのでね まその辺が本当反省ですかねはい はいこの地区では西新潟中央病院が一時 避難所に指定されてい ますこの日も多くの住民が避難していまし たしかし正典さんたちが避難したのは病院 のすぐ近くの高台 東日本大震災のように想定を超える津波が 来るかもしれ ない大切な人を守るためより高い場所に 避難することを決めていまし たしかし真冬に屋外に避難することは二次 災害につがるのではないか不安が募りまし た本当にあの大きのが来てたら っていう感じですかねちょっとずっとする かな
うん新潟市では最大1万4000人以上が 避難所 に避難の課題について新潟市の中原市長は え自動車でま避難をするとえそのためにま 渋滞があの引き起こすあの日もさも動け なくなってしまうとというような状況を 当たりにしますとですねこれあの解決 するっていうのはなかなかあの難しいこと なんだなまこれ大きな課題であると地域の 皆さんもここにとできるだけまその身近な あの避難場所を確保してえ車に乗らなくて もその避難ができるということがま理想 理想的だという風にあの思っており [音楽] ます うわ超えたて来てる [音楽] なれうわえ た やば津波が堤防を超える瞬間を撮影した 上越市港町に住む高校1年生高原斗 さん父のかさんですあれ怖いなまさか あの高さを超えてくると思ってなかったの で車も通り人もいたの であの大きい声を叫んで え津波来てる よ早く上がれっていうことを多分叫んだん だと思い ます地震発生当時自宅のリビングで家族4 人段々の時間を過ごしていました 大きな揺れが襲ったのはその時でし たもう人生でなんかもう経験したことない 揺れでもうなんかこれはただごちじゃ済ま ないなってちょっと少し覚悟しました ねえ現在津波報が発表午後4時12分 テレビから聞こえてきたのは津波報を 伝える 声その1分後家族4人すぐに家の外に 飛び出しました来られてる方それから出て こられてない方もいらっしゃったので私は もうとにかくあそこに向かいながら大声を 出しながら津波来るよっていうことを伝え ながらまずとにかくあそこの学校旧学校の 玄関を目指しました はい避難場所に指定されていたのはかつて 小学校だった 建物かずさんは近所に避難を呼びかけ ながら100m先の避難場所へと走りまし た午後4時14分到着すると玄関の前には すでに数人の姿 が鍵を管理する住民も到着していましたが 焦りからか開けることができませ んそこでの行動を取ったと言い ますれが開かなかったんです何回やっても なんでもう時間がないと思ってこれその
ままの残骸です けどこのブロックを投げてこのガラスを 割ったん です一刻を争う事体にガラスを割るという 判断撮影された動画からこの地域に津波が 押し寄せたのは遅くとも午後4時34分 20分ほどの時間で最大で100人を 超える人が避難をしたと言い ます本当に来るんだていうあ津波って本当 に来るんだこれ以上に高い津波が来た時 にもっと早く到達した時にどうしようって いう風に考えなきゃいけないんだろうなっ ていう風には考えさせれました はいこの地域ではは東日本大震災の後自主 的に防災組織を 立ち上げ年に1回津波を想定した訓練を 行ってきまし た今回の地震や津波を受け緊急のケト調査 を 実施私たちが取材をした日までに51人 から回答がありまし た津波警報を受け数分以内に避難を開始し た人は3割 ほど7人は避難しなかったと回答しまし た そして足が悪い主人を置いていけ ない高齢者が多く避難の方法を考えなけれ ばいけ ない子供がいたので助かったが普段は1人 なので 心配高齢者の避難対策を作にお願いし たい高齢者や体の不自由な人などいわゆる 災害弱者が避難できるの か規制中の家族がいたため今回は避難でき ていても普段は1人暮らしの高齢者は命を 守ることができるの かつ課題が浮き彫りとなりまし たここ では数たくさんやってきたんだけどもどう もその自分ごとして避難訓練をやっている のが少なかったのかもしれないそこは ちょっと大きな反省 点気象庁は地震の発生後2分から3分を 目標に津波に関する情報を発表するとして い ますしかし今回のようにわずかな時間で 到達するケース も犬か準教授は県内のある地域について 津波への継承を鳴らし ますセタには2分23分で到達してますん ねこれがダイパーねまF42と言われてる この断層も揺れると断層の向きはサの方に 真正面向くような形になってきますのでえ 到達時間もう少し早くなと同時にもう少し 大きな津波がたする可能性はあり
[音楽] ます石川県で最大震度7を観測した元日の 地震野半島には各地に津波が押し寄せまし た震源地からおよそ100km離れた サ ただいま津波報が発されてい ますまたまた まだ 間違海では並 が揺れからおよそ20分後島の西北に位置 する橋崎では第1の津波を観測しまし たしかし震源地に近い場所ではもっと早く 津波が到達していたと言い ますセタープには2分23分で到達して ますねこれがダイパねえ佐の方にあまり 大きな津には行ってなかったと思うんです がとはいえどもあの比較的早く到達してた という風に考えて ます立てやっあらまよくなっとらねうん よくなっうん佐市の荻地区です 2つぐまで住民たちは日の地震の後川を 遡る津波を目撃していまし たっここへ来たのは半すぎかな割と早かっ た津波てこんなに早いんだな とこれはあの犬教授によりますと津波は 水深の深いところで時速350kmほどの 速さで迫ってくると言い ます日本海沿岸域でのえっと地震の発生期 ってものは他の領域に比べて比較的陸に 近くかつえそこで津波が発生した場合え 陸地に早く早い時間で到達しやすいと津波 に関する情報を見てあの避難行動をしたの ではあの2分ロスして遅いという風に考え れます強い揺れを感じたら直に避難を開始 する行動をしていただき たいさらに 今後について懸念を示す専門家 も東京大学地震研究所の佐健二教授です あの野半島の沖の断層っていうのはえ傾斜 南側に向かって陸の方に向かってこう傾い てるんですねですからまノタ半島のま下で 地震が起きて大きな揺れもともなったと いうことなんですがただの方につがる断層 は動いてないということが分かりまし たこちらは野半島地震によって活断層が どれだけ動いたか表した図 です能半島の北東側にある活断層は最大で 4m以上動いている一方でサに近いこちら の活断層はほとんど動いていませ ん佐竹教授はこれが活断層の割れのりなの ではないかと指摘し ます先日1月9日にあったマ6.1という 地震もその辺で起きてますですからあの 地震活動は起きているので今後そこで 大きなま地震が発生する危険性がある
とさらに今後サに近い活断層で マグニチュード7クラスの地震が発生した 場合県内の沿岸部に3Mを超える津波が 襲ってくる危険性があると言い ます まカ層からですねあのえっと直角の方向に ま津波が大きくなる傾向がありますので 新潟県ですとま長越と上越とかですねあの 柏崎とかの辺りで津波が大きくな るっていう傾向がありますしあとサもです ね例えばサの特に南部ですね小木のあたり は大津波警報レベルの津波になるという ことでま十分注意していただく必要がある ということです津が来るまでの時間が太平 に側に比べると圧倒的に短いということ ですね受信が来たたらすぐに津波が来る とこっち側石止めてあったんだけどみんな 海中追って た佐市の両津港に住む星野正さん77歳 です今日は 東自宅があるのは海から300mほどの 場所津波はあの自身が来れば来ると思った よかなりの勢いでカモの中に水がどんどん どんどん入ってたすごい急だった ね伊藤の避難我のりへの 継承元日を襲った大きな 揺れロビでひができってたんです はい 避難所にやってくる住民たちの中には星野 さんの姿もありまし た新潟地震の時に津波でうちやられたもん だ から慌てて逃げてきたん だ1964年に発生した新潟 地震サの両津には3mの津波が押し寄せ 多くの家が浸水しまし た星野さんの自宅も水につかりましたが家 にらたこれ塩の跡がついてたんだ よ当時は避難生活も経験したと言い ます石川県の避難所について心配している ことがありまし た食べ物と飲み物と風呂だね本当実際だっ たらもう体は冷えるしねもうあの年取った 人は特にそうだけも大変だと思いますよ あれ ね地震から間もなく1 ヶ月石川県内では現在もおよそ 1万5000人が避難所での生活をよなく されてい ますこちらの住民はに ビニールハスで活していました当然 避難所行った人もおるんやけど避難の動 聞いたら もう山溢れてもう満杯でもも言が当たらん ちそういう情報も来たもん
で過酷な避難所での 暮らし増えているのが災害 ですや津波から直接的な死は免れたものの その後の避難生活などで15人が亡くなっ てい ます多くの助けられたかもしれない 命避難所に何が起きているの か新潟大学大学院の高橋正特任教授です する方いうのは災害派遣医療チームDMと して今月5日から5日間石川県の支援に 入りまし た介護解除が必要な方とかですねま見守り が必要な高齢者の方をま交通事情が悪いの でえ安全な場所に避難させるのに非常に 時間がかかって地元の方も避難もできない し高齢者の方のえ汚染をしなくてはいけ ない半島では地震により感染道路が寸断さ れた場所も多く被災地へリクロで支援物資 を運ぶことが困難となってい ます一方回路での輸送にも支障 が悪天候に加え海底の流や港の被害などで 船が入行できず物資の到着が滞ることも あったというの です高橋特任教授はこうした問題は離島の 作でも起こりうるとして継承を鳴らしてい ますノトとサドはま高齢者が多いとかえ 道路事情が悪いであるとかねえそういった 部分が似ていますの でサには島の沿岸部を結ぶサ一周戦が通っ てい ますしかし一度土砂崩れなどが起こると 落が長期間にって孤立する可能性があり ますまた悪天で船が出ず支援物資が届か なくなることも想定されてい ます南津が発中日の地震では21か所の 避難所に合わせて2700人ほどが避難し まし た避難所には一定数の防災用品を保管して い ますそれとは別にサ市内には備倉庫を20 か所以上に設置していて災害時には倉庫 から避難所へ物資を補充すると言い ますしかし元日の地震ではどこの避難所に どのくらいの人が避難しているか把握に 時間がかかったため一部の施設で布なが あたと ますリクロが寸断されるケースっていうの はまサでも応にして考えられるかなと思い ます大型のヘリコプター等で避難物資運ば れてるような映像も見ましたけれども やはりそういった場所も整備していかない といけないなという風には感じまし たそうした問題に佐市の渡辺り市長 は孤立の可能性がある公民館等につきまし てはやはり物資等ですね常時置いておくと
いうようなことも必要だろうという風に 考えておりますの での半島地震を受け集落の公民館にも防災 用品を備蓄するなど災害時の避難体制を 強化していくということ ですどこかが寸断するとま全体の動きを 麻痺するというような部分がま非常にまの 半島の状況と似ていますのでそういった時 にえどういった手段でえ孤立集落から早く こう救助させるかとかのサドに何か起きた 時にということについては今回の震災でえ 学ぶことが多いかなと思って [音楽] ます今回の 地震ある現象がをもたらしまし たすごい ね劇場化深刻な被害対策 は泥水に使った 車道路は ちるとで 没揺れにより地中から水や砂が吹き出す 液化現象 です駅家は新潟市西区中心に発生しました 私たちはこれまで4つのエリアで取材を 進めてきまし [音楽] たちょうどもあの入口のところが全部し これガが敷いてあったんでしょうね 盛り上がって ます剣道16号沿いの西区 大野地震から3週間以上が経過しても復旧 が進んでいない地域もありまし たやっぱりまだこう時間が経って もなかなかこう状況変えられないなって いうのはすごくわかりますよ ね [音楽] 伺ったのは寺尾地区にあるビジネス ホテルで社長の勝島さんです前なかったん ですのりリプののりなんですけどもね多分 ねこれ ねあっという間に転がりましたねうん ないですいや建物が傾き部屋の半分は使う ことができなくなったと言います傾い た今もうお断りしてますこの状態では ちょっと申し訳ないん で地震の時ここで何が起きていたの かホテルの監視カメラは劇場化の瞬間を 捉えていました [音楽] 午後4時10分地震の瞬間大きく揺れ動く 歩道橋や [音楽] 電線駐車場では地面の一部が盛り上がり 亀裂が入りまし
たしばらくすると溢れてきたのは 水地面から徐々に染み出し道路はあっと いう間に泥水に使って まし た地震の揺れが盤の液化をもたらしたの ですここがね普通に歩けてたはずなのに かってでこぼこになった床に開かなくなっ た ドア建物に大きな被害が出ていまし たどのぐらいの規模になるのかちょっと 分からないんで被害は分かりませんけど 損害保険や色々と電話してるんですけども ねまだ分からないです ねこのまま営業を続けられるの か新年早々大きな問題に直面していまし たしましょうかね本当に ねどこもでしょけど も困っちゃいましたね うん予想談にしてなかったんで うん品野川沿いの地区では住宅に深刻な 被害を受けた人 も鳥地区に住む青木さん です愛する我がは変わり果てた姿になり まし たこれあ こここあ本当だダイニングと和室の間には 大きな隙間 がこの下に亀裂が走って向こうの畑まで 続いて向こうの道が没してるんですよだ から向こうのうの方から亀裂がこうずと 続い てこれは地震の後に撮影された 写真畑に走った亀裂は青木さんの自宅 へ劇場家により盤が動いたと見られ ます家は分断された状態になり新潟市の 調査で使用や立ち入りが危険と判定を受け まし た住み続けることができなくなったの です青木さんは西に家を借り引っ越すこと にしまし た私のコレダンス ですじゃ嫁入り道具というかはい嫁入り 道具ですはい亡くなった父から結婚の時に もらった タス言葉に表せないほどうん色々甘いさし てかがっていただいたんでうん 何か1つでも持ち出したいなと思ってん ですけど ね引っ越し先に持っていきたいと言います がこれは多分もうどこの業者頼んでも家が こんなん運び出せないですかそうさすがに 危ないすよ ね息子の高志さんと自宅にあるものの整理 を行うと出てきたのはランドセル今あった よ
あこれこれ俺のじゃねえけどねお兄ちゃん のか なうん可愛い ね大切に保管していまし たそれで も全部撤去ですねほとんど必要最小限の もの しか持ってあえじゃあ捨てに行かれんあ そうですね我が家に別れを告げて最出発 言葉一言で何も言えないのでね表せないん でやっぱ思い出たくさん詰まってるんでね いいことも悪いこともあった時もあったし ね喜んだり泣いた時もたくさんあったよう な家なんでね本当辛いですけどね前向いて 歩かないといけないんでもう差し向かい しか ない生活そして商売にも大きな被害を出し た疫場化なぜ新潟市西区に集中したの でしょう か液家とは地標付近の水を多く含んだ砂が 地震の振動によって液体のようになり構造 物が浮いたり沈んだりする現象 です新潟大学災害復興科学研究所の浦教授 は西は地形的に疫化に弱い地域だと指摘し ます内陸側の境ですとかまテラオ地区って いうのはあの酒テラオ地区はコバリも含め て標高が今マイナス標高あのマ1.5とか 2とかがある地形ですのでどうしてもその 本来は海の中に出てくる地下水が陸地の ところに出てきてしまうのであの疫上化し やすい全区地区っていうかあそこが急昔の 明治時代の時の品川の川の中なのでまそこ も疫場化を60年前もしてますしま今回も してしまったの でこちらは北陸地方整備局が公開している 疫場化の危険度をまとめたマップ です新潟市西区は危険度の高い赤やピンク で示されてい ます一方黒い影になっているとろは過去に の被害があった地域 です被害の大きかった全区地区はかつて 品川が流れていまし たこちらは地震直後の全区地区の 映像至るところから泥水が吹き出してい まし た浦辺教授によりますと西では60年前の 新潟地震の時にも劇場家で被害を受けてい たと言います 西区も含めてですね結構あの高齢化してる ので実はあのえ年配の方だけで住んでる家 あるいは1人で住んでる家っていうのが ありますのでなかなかこうじゃ新築するか とかですね大きくお金をかけて修理する かっていうところでまあの皆さん不安と いうか先が見えないなていう風に思って
いる状態かなと思います ね劇場家から家をどう守るのか過去の地震 を教訓に対策している地域がありまし た鹿崎市の山本団地です川沿いを森戸で 埋め立て整備1971年に分場が始まり まし たしかし2007年の中越置き地震で疫場 化が 発生住宅など50個が前半回の判定を受け ました こういう感覚が住民の本馬さん です自宅の盤が70cmほど近火全回の 判定を受けました山からずっとしてきて やっぱそこが潰れちゃってるんですよであ グレージングがあるんですけど最低でも あの幅はあったっていう ことこれを受け団地は液化対策に乗り出し ますのに排水を設置地下の推移を下げる ことで地震が起きても液化の発生を抑え られると考えたの です工事の費用は1億 6000万円国の制度を使って費用の34 を公的資金で賄うことができましたがそれ でも住民の負担は4000万円 ですもいましたが最終的に住民84人が 負担し設備は完成しまし た本馬さんは自宅を立て替え今も団地に 住み続けていますこれが一見でも抜け ちゃい盤手繋がっているのであの1人で 直してもまた同じことが起きたりとか1人 の力ではどうにもならないってことが たくさんあるんで そこだけしませんて言ったってその土地は 守れないです から劇場化の被害を受けた西区のビジネス ホテル です全部で30部屋です社長の勝島さんと 母のてる子 さん建物の修復や立て直しを目指し経営は 続けようと決断しまし た前向きに動き始めた1ヶ月まそういう 決断よするのにかかった1 ヶ月ですね私よりも母の方がため息から 立ち直るの早かったです よま頑張るしかないね頑張るしかないね 動き出したんだからやり [音楽] ましょ地震から間もなく1 ヶ月未だ先が見えない現状でも前に向かっ て歩みを進め ますここまで様々な被害についてお伝えし てきましたではここで専門家のお話を整理 しますまずは東京大学地震研究所の佐竹 教授です佐に近い活断層に我残りがあるの ではと話しています1月9日にも6.1と
いう地震が起きたことから地震活動は続い ていて今後そこで大きな地震が発生する 危険性があると指摘していますそして こちら長岡技術科学大学の犬海準教授です 日本海沿岸で津波が発生した場合陸地に 早い時間で到達しやすいと指摘しています 津波に関する情報は地震の発生の2分から 3分後に発表れことから大きな揺れを感じ たらすぐに避難行動をすることが重要だと 話していますえ続いて国が公表している 災害対策についても確認していきましょう え津波への備えとして自治体では避難場所 や避難経路などの情報を掲載したハザード マップを公表しています自治体のホーム ページなどで確認することが必要ですえ また普段から家族で安全な場所の確認 待ち合わせ場所や非常時の連絡方法などに ついて話し合っておき ましょう飲料水や非常食などを備蓄して おくことも大事ですはいえ避難所生活に 必要なものをリュックサックなどに詰めて おきすぐに持ち出せるようにしておき ましょうえ災害が発生した時慌てずに身を 守るためにはその場その時に合わせてどの ような行動を取るべきかをあらかじめ考え 行動している自分を想像しておくことが 重要となり ます県内で津波警報が発表されたのは実に 31年ぶりのことでしたさらに大きい地震 さらに大きい津波に襲われたらどのように 行動すべきか家族でそして地域で改めて 確認する必要がありそうです1月1日の 地震は長海岸線を持つ新潟に多くの課題を 突きつけてい [音楽] ますあの揺れから間もなく1 ヶ月その傷跡はまだ深く残った ままさがどうなるかと思うとねやっぱり涙 が出 たどうしようかまあ 毎日も悩んでますけど ねこれからまたうを直したりね大きな仕事 が待ってるなと思って ねうん本当にねうん昔みたいに戻れ たらいいなと思って ますそれでも支援の輪が広がってい ます中越自身ですごく大変な思いをして 生きていけないほど私も被災したんです けどその時に全国から助けていただいて なんとかお手伝いしたいってこと で全 乾杯こうスクワットとかやっててまこう いうのなるけどね大変だと思うんですけど 元通りに近づいてほしいなって いう地震で傷ついた学校に
もテパバーンと落ちてもう散乱してひどい 状況でした 子供たちの笑顔が戻ってきまし た生活の [音楽] 再建がちゃんと出る [音楽] かお湯も問題なく出ますねはいはい いらっしゃい ませは少しずつ動き出しています告しまし た皆様のおかげでもあり ますそして残された多くの 課題ちょっと慣れとかま大丈夫だろう みたいなのがやっぱりえあるともしなって た時のこと考えるとやっぱり僕らは多分 飲み込まれていただろうなって いうです命を守るため に津波敬語だったらもうすぐにひっていう 形は家族の中で話してましたしやっぱり 避難訓練の経験があったからなのかなと いう風には思い ます新潟のもろさをわらわにした地震と 津波暮らしを 取り戻し次の災害に備える歩みが始まって い ますJA
2024年1月28日放送
TeNYテレビ新潟「1.1証言を追う 迫る津波、その時、どう動く」
———————————————————
元日を襲った地震で新潟県内では最大震度6弱を観測。
沿岸部を襲った津波、住宅地では液状化被害も。
いつ起きるかわからない地震、私たちにできることとは。
あらためて問い直す。
———————————————————
TeNYテレビ新潟のニュース公式チャンネルです。
新潟県の最新ニュースや気になる話題、天気や新型コロナウイルスの最新情報をお届けします。
地震や災害などの緊急時にはライブ配信も行う予定です。
新潟の”今”を知りたい方は、ぜひチャンネル登録よろしくお願いします!
http://www.youtube.com/channel/UC_0tfCjB-pPNR8r9G9G1fTA?sub_confirmation=1
■TeNY公式HP
https://www.teny.co.jp/
■TeNY公式SNS
Twitter:https://twitter.com/TeNYnews
https://twitter.com/TeNY4ch
Facebook:https://www.facebook.com/TeNY4ch
LINE:https://lin.ee/xIatEgs
#新潟 #ニュース #新潟一番
#テレビ新潟 #TeNY #news #地震 #津波 #能登半島地震 #tunami #earthquake #天気 #液状化現象 #liquefactionphenomenon #特集
3 Comments
液状化は滞水と砂土が原因なんでしょ。
滞水は井戸を掘って常時排水する
砂土はセメントを混合して地盤を改良する
メリット①→常時地下水が使える
メリット➁→日本はセメント大国だから入手が容易
なんてのはどう?
素人意見なんて馬鹿にするなよ、いろいろ見てきたから知っているんだ。
陸路も駄目、海からも駄目、となれば空からホイストで補給物資も医療従事者も吊るして降ろすべし
新潟地震経験者である星野さんの言葉が重い。これからを生きて行くための大枠を描こうとしたときに公平に取捨選択を行えるように配慮されなければならないと思う。この震災も含め2000年代に入ってからの震災がこれからの国土像に与える影響は大きいだろう。