⚠️宮﨑駿監督最新作
「君たちはそう生きるか」
ネタバレレビューです!!!!
ネタバレが嫌な場合は
ご自身の判断でそっと閉じてくださいね!
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#太田唯 #君たちはどう生きるか #ネタバレ #考察 #アニメ #映画
20 Comments
『君たちはどう生きるか』は自問自答でもあり問いかけなんだな、と思いましたね
お金と欲にまみれた世界をどのように生きていくのか、自分と重ねながら
話を進め、大叔父の後この世界を継ぐ人がいなかったのは宮崎駿の後を継ぐことができないから
王様の鳥が立てたもすぐに崩れるのも継ぐことができないんだ、っていうジブリの今後が言いたいのかなと思いました
13の積み木はおそらくこれまでの作品の数かな、
やりたいことと伝えたいことを詰め込んでかつジブリと自分のことを語った作品だなと思いましたね
今日、映画観て来ました!
そして、この動画いいですね~!
今日初めて映画を観て他の人の考えを知りたくてこの動画に辿り着きました
私はあの異世界が今までの駿ジブリと似通ったシーンが多いことから宮崎駿の頭の中の世界みたいだ、と感じたので
異世界が言う「上の世界」はまひとが生きる世界=作品として世に生み出される、異世界の場所、生きるものたち=案の数々、異世界で死んでしまうということ=完全にボツになること だったりしてーと思いながら観ていました
ようやく観れました。さすがの分析ですね。私としては映画の最後のキャストで思いもしなかった
名前(声優)がでてきてビックリ。誰がどの声をやっているのかも書いてなかったので、
もしわかったら教えてください。ついでに、米津玄師はけんしだよねw
ジブリランキング教えてください
僕も唯さんと同じで、「君たちはどう生きるか」というのは、宮崎監督からの私たちに向けられたメッセージだと感じました。まひとの訪れた、今までの作品がいっぱい詰まった、"ジブリの世界"が、最終的に崩れて行ってしまうところに、宮崎さんの作るジブリが無くなってしまう感じがしてすごく寂しかったです。そこでこれが、宮崎さんの最後の作品になってしまうんじゃないかなと感じました。以前どこかで、宮崎さんは「ジブリを通して、この世は生きるに値することを伝えたい。」と語ったと聞いたことがあります。ジブリは無くならないかもしれませんが、宮崎さんの描くジブリが無くなった世界で、私たちはどう生きるのか。というメッセージにも僕は感じました。
作中、久石さんの音楽もすごく良くて、圧巻の作品でした。
ちょっと大谷翔平
しびれました
物語は既にそこにあって、何度も繰り返すが毎度その体験は異なるものですね。
この映画は宮崎駿さんの人生そのもの。
青年期の歩みから、命を注ぎ込んで生み出してきた、数々のジブリ作品、、、
『さあ、僕はこういう風に生きてきたが、君たちはどう生きるのかい?』と問われている気がする
この先自分がどう生きていくにしても、ジブリ作品は忘れはしない。積み木を見るたびに、必ず思い出すよ
まだ観ておらず、観る予定もありませんでしたが、観たくなりました。
観てみます。
なんだかジブリのヒロイン役で出てきそうな顔ですね
もう一度映画観たくなりました!!
ワラワラが熟して飛んでいくシーン、急にペリカンと炎に燃やされる。命が生まれる事の奇跡を感じた。とても尊いことだと…
受け入れられない弟の誕生も、産んでくれた母親の事も、新しい母の事も、なんだか全て尊い事を教えてくれていたように思う。
まひとの父親は社長で、人情深いところをあまり感じなくて、夏子との再婚も見ていて私も受け入れ難かった。直人に同情した。
これから家族としてやって行く前に妻の命、子供の命がどんなにかけがえのないものか教えるためにまひとと夏子を別世界に行かせたのかも、と思った。
ど素人の素直な感想の一部でした笑
めっちゃ共感できたし、さすがジブリ日本代表!鳥肌モノの考察でした👏天晴🎌
今日観て来ました!素晴らしかった!
あの世界は千と千尋の世界と繋がってるのかなと思いました。あの世とこの世の間のような。
あの海のどこかに電車が走ってそう。
あの世界で人間の形をしている人達はまだ生きている。(千尋もそう)
なのでお母さんもヒミとして生きている。ただなぜ子供の姿だったのか?
子供の頃に1年間行方不明になって、全く同じ姿でその間の記憶がない状態で戻って来たということなので、今回もヒミの姿で戻って来ているのか?
火事をきっかけに火を扱えるようになった?もしくはヒミのせいで火事になった?
別の扉から戻ったので、眞人を生む前に大人として戻ったのか、もしかしたら、子供の頃に行方不明になったというのが今回のヒミなのか?
あと、金の門の先にいた者は誰なのか?とか疑問が尽きないですが、あの唐突な終わり方からしても宮崎さんからの「考えてみて」というメッセージかなと思いました。
あの後に記憶を失くしたヒミと再開するのかなとも思いました。
長文失礼しました。
先程見てきたので唯さんの考察を拝見したら、同感過ぎて嬉しいです。
見終わった後、宮崎ワールドの色々な作品を巡った様な気持ち。
好きなシーンが沢山あり、
細かい所をまた観たいので、すぐまた観に行こうと思います。
やっと見ることができました。感想はいろんな食材てんこ盛りの宮崎駿鍋を食べた気分でした。もう一度見てみたいです。
先日ようやく昨日映画を観てきました!
耳をすませばの劇中に出て来る宝石のトンネルのようなシーンで「来ることを望んでいない」に近いニュアンスのセリフがあったと思います。
これは近藤監督が「まだこちらの世界に来るのは早い」と言っているのかなと想像し憶測の域ですが勝手に想像し涙腺が緩くなりました。
大叔父様が作り上げた黒い浮遊物体?のシーンはラピュタっぽいけれどラピュタでは全体図を描くのを拒んだ宮崎監督がここでは全部見えているというのにも想像の余地を感じました。
唯さんが言う通りオマージュ物凄く多くてジブリ好きだと楽しめる幅がさらに広がりますよね。
唯さん考察も自分からは想像出来なかったものも多く楽しめました!
この映画はいろんな角度で切って解釈できるようになっていると思いますが、私は宮崎氏の思想側面から切り、タイトルの意味を考察しました。
私には宮崎監督が囚われ自分自身を縛っていた左翼的思想から自身を開放し、本当の意味でのリベラル(自由主義)に到達したことを伝えているように感じました。
どこに左翼的思想が表されており、そこからの脱却を表しているか?
自傷の意味は、自分を常に被害者側に置いて自分は救済されるべき弱者で特別な存在であるとし、そのことをもって攻撃の武器として利用する左翼の手口です。後で少年はその愚かな行為を悔やんでいるように見えました。
わらわらをペリカンから守るために火を使ったヒミを非難したのは武器使用の否定。つまり憲法9条真理教です。この考えも「これが現状における最善の選択肢だったのだ」と理解しあっさり捨ててしまう。
殺生を他人にまかせながら、その他人が殺した肉を食らう。戦いは拒否しながら、他人が血を流して作った平和という果実だけを無料で当然のようにいただく影のような人々。ここにも左翼的似非平和主義の欺瞞を感じます。
あと、老ペリカンとの対話で立場の違いで正義も違うことを学び、思想的硬直をほぐしてゆく。
本を読んでその知識を使って理想の世界を創り操ろうとした大伯父は、理念で理想の世界を創り出そうという共産主義者そのもの。いくら博学を極めたとはいえ、神ならぬ人間の淺知恵で創り上げた世界は、理想郷である天国は支配者の周りだけで、そこ以外は民衆は常に飢えていて未来の命を食べなくてはならないというグロテスクな地獄で、そんな不完全な世界でも思い通りにはできず、非常に危ういバランスでようやく崩壊を免れている。これは現実の共産主義国・権威主義国の姿そのものだ。少年は抽象的な机上の空論でしかない理念を積み上げて世界を操ろうという傲慢かつ愚かな仕事を受け継ぐことを拒否する。理想の世界を創るという善意も、思い通りには動かない世界の現実にぶつかり、やがて善意の通じない世界への憎悪に変化し、最後は悪意にまみれてしまうことを少年は理解していた。そのことは大伯父も実はわかっていて、少年の拒否をあっさりと受け入れる。この場面で大伯父はむしろ囚われから解放され、安心したようにさえ見える。
「子供達のために」「より良い世界のために」と頑張って13個の積み木を積み上げても、世界は全然思い通りにはならない。むしろ思っていたことと逆になることさえある。子供達に野山で遊ばせたいと願って創った作品が子供達をテレビの前に釘付けにするという結果を生む。こういった体験から啓蒙主義がいかに傲慢で愚かで無力であるかに気付いた宮崎は、千と千尋あたりから徐々に啓蒙主義からは離れていっているように思える。そして高畑がいなくなって、今回やっと左翼思想や啓蒙主義から自分を解放して、本当の意味でのリベラル(自由主義)に到達できたことを表しているように思える。
「自分は何をすべきか?」から「自分は何がしたいか?」。宮崎は硬直して自分を縛っていた思想から開放され、ようやく手に入れたその健やかな自由(善意に軸足を置いた自由だが、時にはやむを得ない悪意が忍び込む現実を否定せず受け入れてみる。そうやって揺れ動くことで自分の善意を磨き鍛えるという柔軟さのある自由)の中でこれから自分は何をやるのか、そういう宮崎から自由でいいと伝えられた君たちはこれから何をやるのか?それを見るのが楽しみだと言ってるのだろう。
これを書きながら今思いついたが、鳥は自由の象徴ではないかな。本来自由であるはずの鳥(リベラルな自分)から、硬直した思想が自由を奪って自らを閉じ込めていた。そういう囚われから自分を開放する物語だ