関東大震災から9月1日で100年。番組では「つなぐ~津波の記憶~」と題して2日にわたってお伝えします。31日は100年前のあの日、大きな揺れの後、押し寄せた「津波」をその目で見た112歳の記憶です。

■弟を抱きかかえて“上へ逃げた”

 高嶋フジさん(112):「大正12(1923)年の大震災ね、覚えています。怖かった」

 100年前の9月1日、関東地方でマグニチュード7.9の地震が発生。震源が相模湾だったため、沿岸には津波が押し寄せました。その津波の経験を聞かせてくれたのが明治生まれの高嶋さんです。今月、112歳になりました。

 12歳で関東大震災を経験 高嶋フジさん:「(避難が)間に合わなかった人も木へ登ってね。津波が…木に登りきらないうちに今度は木ごと放られたから。地震が強かったからね。木につかまったまま亡くなった」

 高嶋さんが住んでいたのは神奈川県逗子市の小坪地区。鎌倉市にも接する小さな港町です。激しい揺れの後、面倒を見ていた2歳の弟を抱きかかえ、砂浜に避難したといいます。

 12歳で関東大震災を経験 高嶋フジさん:「どんどんどんどん地割れがしてきたんです。地が割れてきたの。これではいけないから砂地の浜に逃げようって。浜はほら、砂地だから割れないからね。浜へ逃げようって言ったら、漁師のおじさんが『津波がくるぞ』って。ただ『津波が来るから逃げろ』って言うので、何だか上へ上がれば良いんだって。『庄兵衛さん(自宅)の前の階段を上がればいいんだよ』って」

■「津波わからなかった」112歳証言

 そして、高嶋さんは高台へ逃げる途中、初めてその脅威を知ることに…。

 12歳で関東大震災を経験 高嶋フジさん:「私がこういうふうに振り返ったら、私の足元が…もう波が来ていました。それが津波って分からなかった。子どもでしたからね」

 小坪には津波が3回襲来し、7.5メートルの高さにまで押し寄せたといいます。

 当時、描かれた日本画も残されています。浜を襲う津波の奥で高台へ走る人たち。この道は高嶋さんが津波から避難した経路と同じだといいます。

■「大波を見て思い出しますよ」112歳の想い

 高嶋さんが暮らしていた相模湾沿岸は100年の月日が経ちました。「津波の被害をどう減らしていくのか」課題となっています。

 鎌倉市が注意喚起のために作成した津波のシミュレーション動画です。100年前、津波を体験した高嶋さんの目には…。

 12歳で関東大震災を経験 高嶋フジさん:「あの大波が…。大波を見て思い出しますよ。何かの後は津波が。海も荒れるんですよ。地震の後は津波が来るんだなと思いましたよね」
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

29 Comments

  1. 112歳でこんなにしっかり喋って、かつ100年前の震災の経験を鮮明に記憶し、語ったものが動画として残され我々がそれを知る、ってすごく貴重に感じるなぁ…

  2. なんか、すごいとしかいいようがない。100年前のことを話せる人がいるなんて。

  3. 92歳でなくなった祖母も8月15日産まれで生きていたら、113歳です。地震は、津波が1番怖いと、いつも言っていました。

  4. なかなかの声量でビビる
    すげえ112歳だな

  5. 関東大震災で府内の災害ばかりに注目されて海岸に津波が来てたとは今初めて知りました。

  6. 112歳までお元気でおられ、こうして実体験を語ってくださったことは貴重ですね。言葉もしっかりとしていて、お優しそうで、映像にしてくださってありがとうございます。英語のキャプションがついたら、海外の友達にもシェアできるのになあ。

  7. 8/15うまれ、ということは終戦の日に誕生日だったんだ

  8. 日本はとっとと更地と化せ!災害国の分際でいつまで🪳のように存続してんやぁ💢

  9. こういう生き方が一番いいんだよ
    多分この方はあと3〜4年くらいで静かに亡くなると思う(100歳超えてくる人はピンピンコロリが多い)けどそういうパターンは苦しみがあまりないからね

  10. 112歳という年齢で生きていること、歩けること、そして昔の記憶を的確な言葉で説明できること、全てが奇跡で、フジさんに昔のもしかしたら思い出したくない記憶かもしれないこの出来事を90以上も下の私たちに語り継いでくれることは本当に嬉しいことであり、日頃からの対策の大切さを伝えてくれるものでした。

  11. そういや家の曾祖母ちゃんも昔言ってたらしい
    戦争も怖かったけど、関東大震災の津波が特に怖かった
    沿岸部に住んでたから