▼参考文献
摂関家の中世: 藤原道長から豊臣秀吉まで (521) (歴史文化ライブラリー 521)
https://amzn.to/3EhI2CV
流浪の戦国貴族近衛前久―天下一統に翻弄された生涯 (中公新書)
https://amzn.to/45wZUFa
公卿人名大辞典 普及版
https://amzn.to/47ycOVc
※※※※※※※※※※※※※※※※※
【目次】
00:00 前置き
01:02 天下人への道のり
05:53 関白を巡る朝廷内の対立
13:20 秀吉の関白就任
19:52 豊臣姓の創立
※※※※※※※※※※※※※※※※※
◆チャンネル登録はこちらからお願いするでござる!
https://www.youtube.com/sengokubanashi?sub_confirmation=1

◆サブチャンネル『ミスター武士道ch』
https://www.youtube.com/channel/UCp1o7vb0aWiashQAgmL9XDw

◆戦国BANASHIの公式Twitter

◆戦国BANASHI公式サイト
https://sengokubanashi.net/

※参考文献リンクURLはAmazonアソシエイトのリンクを使用しています。

■協力
株式会社メディアエクシード
https://mediaexceed.co.jp/

#歴史 #日本史 #大河ドラマ #どうする家康 #豊臣秀吉 豊臣秀吉 #関白

49 Comments

  1. 姓は四姓だけじゃないんじゃ…と思ったら補足が入った。

    ウチの紀家の系譜とか亡き者にされたかのかと思った。

  2. いつも楽しく拝見させていただいているのですが、「や〜乱世乱世」という始まりの文句が、縁起が悪いと感じてしまいます。本当にこれから乱世が起こりそうで、言霊っぽくて、、、何か縁起のいい言葉を考えていただけましたら幸いです。。。

  3. 21:17
    秀吉「……あげません」

    信輔「えっ……?」

    秀吉「あげません!」

    信輔「うえぇえっ!!? ぅぅっ、…よよよ~……ッ」

  4. 近衛前久という人物
    初めて知りました。
    マニアックですけど、
    かなりの重要人物なんですね。

  5. 秀吉の関白をめぐるいざこざがスッキリわかりやすくて面白かったです。

    偶然かもしれませんが、平家にしろ豊臣氏にしろ、朝廷に入り込もうとした武家政権は短命に終わってますよね。

    武力も財力も上回るはずの武士たちがみんな建前上は天皇の下についているという構造も、中国史とかと比較するとちょっと変ですし、天皇家はどうやってこの聖域のような天皇制を確立させることに成功したんでしょうね。

  6. 豊臣は氏としていただいたものだから、改姓ではなく豊臣の羽柴秀吉ですよね。
    源の徳川家康みたいに。

  7. この解説とどうする家康を見てると、秀吉がとんでもない悪者のイメージになっていく

  8. なぜ豊臣関白なのかとても分かりやすかったです
    いつも配信ありがとうございます

  9. 蘇我馬子(そが”ノ”うまこ)、藤原道長(ふじわら”ノ”みちなが)、源賴朝(みなもの”ノ”よりとも)、なのになんで秀吉だけ『とよとみ”ノ”ひでよし』じゃないんだろう?

  10. 大河ドラマの真田丸で「トヨトミの~ヒデヨシであ~る」。「の」だよね。「フジワラの」「タイラの」。
    500石って500人が食べていけるから。もっと多くね?それと加増だから毎年の収入だし。領地じゃないなら丸儲けだし。
    関白の世襲は失敗だと思う。五摂家を敵に回した。他に誇るものがないから執着するだろうし。豊臣が衰えたら五摂家は敵につくわ。
    将軍なら世襲が続いたのに。

  11. 一度は気になって調べたけどよくわからなかったものも武士道さんは噛み砕いて解説してくれるから大好きです!

  12. 今回の動画もとても参考になりました❗️
    普通に聞いたら凄くややこしい話しだと思うのですが、
    現代の話し言葉でわかり易く例を挙げたり、必要な部分だけをピックアップして上手くまとめてくれる武士道さんの解説がとても分かり易く、知的好奇心もしっかり満たされました。
    多忙な中、毎回楽しい配信をありがとうございます❗️

  13. 豊臣とは朝廷からすれば、まぁ豊かな臣下なヤツって感じかな?

  14. なぜ豊臣になったのか大変よく分かりました。
    「豊臣」私もセンスがあると思います。

    秀吉は何故将軍になって幕府を
    開こうと思わなかったのでしょうか?

  15. 中学生の時の社会の先生がこの人だったらもっと早く歴史好きになれたんやろな

  16. 個人的な意見だけど秀吉は豊臣の姓あまり好きじゃなかったと思う。理由としては豊臣の臣は家臣の臣だから皇室はお前は天皇の臣下だという意味がこめられているから。

  17. 秀吉勝手💦お市さんや家康が言う通り、欲が深く上限がない

  18. 秀吉は、天皇を最大限政治利用し、一般的に尊皇家と言われてるけど、天皇の次に貴種てる摂関家には、とことん下剋上してますね。戦国以前には、このような下剋上はあり得なかったけど、戦国になって権威がガタガタになった。そして、その極めつけが秀吉による関白就任ですね。これ、一歩間違えれば、歴史上初の皇位簒奪も、やがて起きていたかもしれませんね。

  19. 「豊臣政権は秀吉の死後にすぐに崩壊してしまった・・・なぜ短命に終わったのか?」とよく議論されますが、豊臣秀次の死後に関白の地位を空白のままにしたりして、公家社会がうまく回らなくなったことから、公家からの豊臣政権への不満が大きくなったということも一因としてあると言われていますね・・・

  20. 豊臣という中に臣の文字があるのは、貴族階級の意地ではないかと思います

  21. 大変勉強になりました。結局、秀吉は最後まで羽柴だったのか…
    柴田家を滅ぼしても大事にしてたんだなあ。
    この時に近衛家が薩摩に行ったことにより島津家と近衛家が親しくなったのかな。

  22. 源義経(みなもとのよしつね)のように、姓には「の」を付けて読むので、豊臣秀吉は「とよとみの ひでよし」と読むべきなのでしょうか?

  23. 楽人の豊原姓は豊(ぶん)氏で豊臣姓は豊(ほう)ですね。古いのは勿論…豊原氏ですが豊の字が被るのを後で気づいたかどうかですよね

  24. 豊臣の「豊」は日本を表すと考えるのが適当でしょうね。
    日本の雅称として豊葦原中国 ( とよあしはらのなかつくに )という言い方があります。

    豊臣の「臣」は藤原氏の前身である中臣氏と同様に貴族を表す一字です。

    中臣は本来は「なかつおみ」と発音しますが、音便が短絡(TuとOが癒合)して「なかとみ」になったのと同じ発音方法で豊臣は「とよつおみ」から「とよとみ」になっています。

    日本を表す豊と「とみ」は「富」に通じて嘉字となります。

    本来、氏を与えるというのは天皇の仕事ですが、約800年間それは行われてきませんでした。

    800年ぶり久々の天皇の大仕事に飛び切りの嘉字を撰じて与えるのはある意味で必然だったと思います。

  25. 京都に天皇、東京に政治って方が日本って国はうまくいくのかもしれないですね。
    権力が中央に集中している時代は長く続きませんが、鎌倉や江戸の幕府があったころは、
    平和な時代が長く続きますもんね。
    上念さんの「経済で読み解く日本史」を読んでみて勉強になりました。
    現代でも宮内庁と天皇家には京都にお住まいいただいた方が平和になりそうな気がします。

  26. 豊臣とは違いますが頼朝は嫡流だから源頼朝しか表記がないのですかね?鎌倉頼朝のように苗字はなかったのでしょうか?

  27. 今までなかった新しい姓を賜ることができるくらいなんだから、関白に代わる新しい官職を創ってしまおうとはならなかったんだなあ。
    藤原並ぶほどの格の姓を創設できるのなら関白に変わる職も創れそうだけど、そういう動きはなかったのでしょうか?
    前例の無さで言ったらそっちのほうがまだ良さそうな気もするんですが…。

  28. 藤原なら、氏の長にあたまをさげなければならない。高位にたたなければ、織田家を超えれない。将軍では、右大臣を超えたとは、微妙だ。関白なら、文句なし。なんといっても殿下です。皇太子と同じです

  29. そうそう。よく羽柴秀吉から豊臣秀吉に改姓したといわれるが
    正しくは平秀吉→藤原秀吉→豊臣秀吉と改姓(氏)したのです。
    姓(氏)は豊臣で家名(苗字)は羽柴で両立です。
    あえてルール無視で名乗り書くけど「羽柴関白太政大臣従一位豊臣朝臣(秀吉)」

  30. この前、京都の豊国神社に行って来ました!
    秀吉の歯や、枕が普通に飾ってありました!
    秀頼の掛け軸も、
    普通に飾ってあって、
    汚れたら、
    どうするんだろう!?
    って、
    心配になりそうでした!