36 Comments

  1. 同じやり方でドライバーを入れ替えたら、別の結果になってたかもね。

  2. 外から聴いた音が気持ちいいですね!中嶋さんのマシン。

  3. 「喉が渇いたから…もう余裕だもん。」ユーモアがあって、魅せますね〜中嶋さん笑

  4. 本当にこのブラウンカラーティレルはカッコよかったな。

  5. この時代のハイノーズ戦争はティレルから始まった!戦闘機のようなデザインで好きだったなぁ…F1ドライバーというよりF1パイロットのほうがしっくりくる!

  6. ティレル020と中嶋悟の組み合わせ、最高に格好良かった。
    プラモデルも発売されてて、当時2つも買いました(笑)
    タイヤがピレリじゃなくてグッドイヤーなら勝てるマシンになってたと、今でも思ってます。

  7. 冷静に観ると、コールドタイヤでスタートして、タイヤ交換したのもコールドタイヤと考えると、中嶋パパスゲー!ってなる。

  8. 中島サンのAraiヘルメットのベンチレーションホールで年代がわかった、懐かしいわぁ!

  9. プレリュードは決して遅い車ではないと思うんだけどそれを遥かに上回るF1マシンとそれを操る中嶋選手 凄いわ

  10. 近藤さんと中嶋さん…この時から30年経った現在はそれぞれ近藤レーシングと中嶋レーシングのそれぞれの監督としてSUPER GTとスーパーフォーミュラでライバルとして戦っています。

  11. 確かこれって 周回遅れにするって条件だったと思うけど

  12. やっぱ手袋は大事だからね。当時の重ステF1マシンで運転してたら、皮が剥けちまうよ。

  13. 事前にタイムの差は計算した上での演出。
    もちろん失敗もあり得たから、中嶋さんも余裕ではなかったはず。

  14. タイヤがピレリに変更になったのと、ホンダV10が重くマシンバランスが狂ったのが痛かった。グッドイヤーだったらもっと本田パワーを生かす事ができたと思う。サイドポンツーンの設計を見なおして燃料タンクを横に拡大し、燃料タンクの前後長を詰めてエンジンの統制位置をもっと前に持ってこれたらかなり違っていたと思う。プラモでもわかる。019に比べ、020の燃料タンクは後方に伸びて拡大されてる。必然的にエンジンの搭載位置はより後方になってしまいマシンの重量バランンスは狂う。中島の著書でもそれは書かれており、彼はマシンバランスが狂う事を予想していた。フォードHBあたりを積めばいいだろうけどとね。また当初はグッドイヤーを使うはずだった。シーズン前にピレリに変更され、だいぶがっくり来ていたようだ。

  15. ちょっと器用なのが乗ってるだけで、車とコンピュータに走って貰う今のレースカーはつまらん。

    あの頃のCカーとかフォーミュラカーが最後だな。

  16. 鈴鹿のコントロールラインって最終コーナー抜けたすぐの所にあるから、シケインに差し掛かった時さすがにギリギリのとこで抜けないんじゃないかと思ったけど、すげぇ加速力だ…恐るべしF1

  17. 1993年日本グランプリの前夜祭企画ですね。
    片山右京の運転でゆうゆと池谷幸雄、三宅アナがグループCマシンで時速300キロを体験する企画、鈴木亜久里vs芸能人軍団のカートレースも笑かしてくれました(笑)

  18. この企画の前に、マクラーレン(セナ)VS ポルシェ(市販車)ってのがあった(もちろんハンデ有り)。この動画同様最終的にはセナが抜くんだけど ポルシェが早くゴールしてしまう周回もあったそうですね。

  19. ブラウンカラーのティレル020カッコいい。今のF1にはないカッコ良さがある。この時代が一番いいって思う。

  20. ラップタイムが1分くらい違うので、プレがデグナー2個目出た頃がギリギリじゃないかと。

  21. ブラウン ティレル カッコイイね。

    ホンダエンジン、型落ちシャーシ、ピレリタイヤ、開発資金不足、全てがマッチングしなかった不運のマシンだね。
    せめてタイヤがグッドイヤーだったら、もうちょいマシな成績出せたかもね。

  22. 雨の中嶋納豆走法!古舘伊知郎さんの声で耳にいつまでも残っています