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※諸説ある中のいくつかを採用して物語にしています。ひとつの説として楽しんでいただけると嬉しいです。
※大筋は外さないようにしていますが、間違っている場合はご指摘いただけると助かります。

大河ドラマ『どうする家康』でも登場する徳川家家臣・石川数正。ドラマの中では松重豊さんが演じられていますね。石川数正の出奔の理由は諸説ありますが、大河ドラマ『どうする家康』の中でどのように描かれるのか楽しみですね。

#連載終了漫画家 #徳永サトシ #漫画 #歴史漫画 #日本史 #マンガ #漫画動画 #教育 #どうする家康 #大河ドラマ

48 Comments

  1. これは秀吉派を連れて未来の危険な芽を徳川家から遠ざけたのでは…と考えてしまう

  2. ん~、深く考えると徳川家の戦術は既に限界と言う話しを聞いことがあったような?武田家戦術に変える必要はあったとか?石川数正公が本当にそうなのか?真実を墓まで持って言ったので何ともですが。

  3. 石川数正がどういう理由で出奔したかは不明ですが、家康と通じていた訳ではなく独自判断だったんでしょう。徳川幕府が天下を取った後、石川家は三河譜代出身にも関わらず、外様大名として扱われました。信康事件で交渉役だった酒井忠次に文句言っていた割に厚遇したのと真逆なんですよね。

  4. 三河武士のコミュニティの中で孤立したらそりゃ居心地悪いよね

  5. 秀吉は徳川征伐をやろうとしてた。
    大地震で中止になったが決行されてたら間違いなく徳川は北条のような末路だっただろう。
    徳川勢が秀吉に対抗するのを諦めるキッカケを作ったのが石川数正だと思う。

  6. 最後のピータードラッカーの言葉は金言だと思う。出世したり人の上に立つ人ほど心得なきゃいけない言葉であり出世したり人の上に立つ存在に上り詰めるために必要な言葉。社会の一部として生きる以上人間である以上この言葉は凄く刺さる

  7. やっぱりそれだけの忠誠心がある人だから時代を読んで動いた説が正しそうですね

  8. 駿府に残した家康の家族、邪魔になるようなら・・・
    とか考えてそうでコエーな

  9. 僕も徳川家を守るため、やむなく出奔したと思います。一向一揆の時も家康についた程の忠誠心を持っていたので、秀吉についたのは低いと思います。
    後、漫画だったか、織田秀信を拉致するため、豊臣についたというのがあったような気がします。もしかしたらそれもあったのではないかとも思ってます。

  10. 最終的に改易させられたことを考えると浮かばれないよな、石川家。
    まぁそれだけ秀忠、と言うより秀忠周りの徳川家臣の反感が凄かったのだろうね

  11. 今回の大河ドラマでも石川数正の出奔の理由をどう描写するのか気になりますね!

  12. 家康自身も秀吉との対決を避けたいけど、血気盛んな三河武士たちを宥めるのは困難な為に、
    あえて数正を出奔させて不利な状態をつくったという話もあります。
    いずれにしてもこの捨て身の行為により結果徳川家を守ったのは事実でしょう。

  13. 家康より年上だけど大河ドラマほどは離れていないw大河は軍師を高齢にしたがるよな。秀吉の時の竹中半兵衛もすげぇ離れてたしw

  14. 俺も徳川家存続の為に出奔した説を推したい。

  15. 動画ありがとうございます。
    真相のほどはわかりませんけれど、徳川家も石川数正の息子を東軍としてリアリズムの側面もあるとは言え受け入れたあたり、心底まで怒っていたかどうかとは思います。

  16. 数正が裏切った後
    『やべーよ!あいつウチの城の構造とか秘密、大方知ってるよ!やべーよ襲われたら終わりだよ(´⊙ω⊙`)』
    ってなって急いで城の改築するはめになった的な事を岡崎城の資料館で読みました

  17. 彼が裏切った事により、家康の「目の上のタンコブ」的存在である真田家との合戦”第一次上田合戦”も数で優っていながら撤退していましたね。
    以前の動画「島津 歳久」を思い出した。

  18. 味方に罵られようが主君と別れることになろうが、それでも忠義を貫く武士であったと思いたいです

  19. しかし、出奔の理由はどうあれその後息子の代で親類の連座に巻き込まれて改易になっている点を踏まえると何か相当根深いものを感じてなりません。

  20. でも小牧・長久手以前のパッとしない家康と、関ヶ原で勝利して幕府を開いた家康とは、まるで人が変わったようだよね。色んな理由があるだろうけど、石川数正の出奔も一つじゃないかな。

  21. (殿…生きてください…そして、願わくば太平の世を…)っと毎日、石川さんは想っていたと思います。

  22. そんだけ忠義を尽くした人がガチ裏切りってのはどうにも妙な話に見えますからなぁ。
    確か数正の寝返りで、徳川は軍制を武田のやり方に切り替えた、と聞いたことがある。

  23. 動画制作お疲れ様です(*´∀`)

    非常に興味深く視聴しました

    秀吉という人は小牧長久手合戦の前に織田信雄の重臣三人を誑し込んで、それと同時に
    「そいつらが秀吉に内通している」
    という【噂】を信雄に流してしまう人です
    (;゚д゚)

    このため秀吉との交渉役なんていうのは並みの人間では務まりません💦

    出奔の理由は分からないけれど……大名として家を遺したのだから器量人ですよね

  24. 家康のために裏切ったという説が事実だとしたら、後に改易に処された息子は不憫だ…

    (可能ならリクエスト)
    ・斎藤龍興
    ・松永久秀忠臣説(松永久秀は野心家ではなく三好長慶と三好家のために忠義を尽くした忠臣であるとする説に基づいてリメイクして欲しいです)

  25. 秀吉を侮る声があまりにも多いのでこのままだと徳川家が滅ぶと考え出奔した説はアリかも?ただ、もしそうなら家康に何も言わずに出奔したとは考えにくい。
    それよりも実家を捨ててまで長年家康に忠節を尽くしたのに、家中で不忠呼ばわりされて報われなかった数正が家康を見切った可能性の方が高いかもしれません。

  26. 徳川の、家に伝はる古ぼうき、今は都の木の下をはくby石川数正
    数正が裏切ったのは秀っちゃんが天下取った後なんです!でもさ家っちゃんは秀っちゃんに扱き使われたから腹が立ってた訳よだから家っちゃん挙兵しようとしたのよ本多忠勝らは賛成したが数正だけは反対したの、その理由は
    兵の差と、新地江戸での民がまだ家っちゃんに慣れてないからなどの理由が浮上してるんです!でもね家っちゃんは数正の反対を押し切って挙兵を決めたのです!そんな折りに数正は突然出奔しました!それは徳川家に大きな衝撃が走りました、数正に外交その他、軍の戦法も任せきりであったのと、何より秀っちゃんに徳川家の機密事項がバレかねないからです、秀っちゃんも数正の突然の出奔に驚き、スパイじゃないかと勘ぐりましたが、徳川攻略に使えると思い
    受け入れます。一方徳川は数正の出奔により、秀っちゃんに知られているかもしれない戦法を変えなければならず、兵の教育が掛かってしまいました。それにより見事数正はその身をていして徳川の侵攻を止める事が出来たのです。と書物に書いてありました。
    あ!数正と家っちゃんが1度だけ再会した話があるんですよ!それが家っちゃんの妻の命日のお墓参りの時です。この時は既に、家っちゃんは当時の数正の本意を知っており強く数正を呼び戻そうとしますが数正は自分は裏切り者だから、と、決して首を縦には振りませんでしたとなんとも切ない話😭良い家臣を持ったな〜家っちゃん!「元」だけど!

  27. 嫡男康長は関ヶ原後、数正の出奔の経歴によって譜代大名には列せられず、外様大名に列した。(康長の弟の康勝・康次も同様)

    その康長も大久保長安事件によって疑いをかけられ、後に改易となった。

    康勝と康次も兄に連座して改易となり、この2人は大坂の陣で豊臣に再び着くことになる。奇しくも親子で徳川➝豊臣の寝返りをした。

    数正の出奔は、たとえ長期的に見て徳川家の為だとしても、子に与えた影響は悪いものだった。

  28. しかし息子らはその後大久保長安事件に関連して改易にあい、石川康勝(一応次男)は大坂の陣で豊臣方に加担して戦死。。

    徳川は天下を取り、石川家は没落すると言う正反対の道を辿りましたね。

    例え徳川家を守る為の出奔だったとしても、家康公は許さなかったのでしょうね。。

  29. えー…個人的に徳川家のためが良いー。凄いカッコいいじゃんー。
    今、家康の大河ドラマしてるけどこの人のドラマも観たいー。

  30. 石川数正も好きです🎵
    武田勝頼公と徳川慶喜公が一番大好き💓♥️❤️です🎵
    武田信玄と伊達政宗と明智光秀と大久保利通と後醍醐天皇が大好き💓♥️❤️です🎵
    足利尊氏と織田信長と徳川家康と豊臣秀吉と源頼朝が一番大嫌い🙎‍♀️💔です🎵岡崎城と浜松城と青葉城と松本城と清州城と安土城が一番大好き💓♥️❤️です🎵竹中半兵衛と黒田如水と小早川隆景と上杉謙信と石田三成も好きです🎵

  31. 山岡荘八の小説などでは徳川家を思い、家康と二人で示し合わせてわざと裏切ったという展開になってましたね

  32. 一番最後の説が山岡荘八の大長編小説「徳川家康」で採用されていますね。

  33. サムエル記や列王記、詩篇など
    旧約聖書に数多くの記録があるダビデ王
    (ヤコブ(イスラエル)の直系でイエスの祖先)。

    背教により失権した先王サウルに恨まれたが
    その嫡子で30歳年上のヨナタンという
    刎頚の友がいてね、
    ヨナタンは戦場で討たれるまで父と共にいたが
    父の不穏な動きがあれば包み隠さず伝えて
    彼の命を救い続けたそうな。

    もしかしたら家康と数正の間には
    誰も推し量れぬほど深い友情があったのかも。

  34. 光秀もそうだが忠誠が高い家臣が裏切るのはなんでだろうな😅