#承久の乱 #宇治川の戦い #解説

※概要
後鳥羽上皇が鎌倉に義時追討の宣旨を送ってから、総大将となった泰時が鎌倉を出陣し、宇治川の戦いで苦戦するまでの「承久の乱」の流れを、『吾妻鏡』をベースに紹介しています。

2022年、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」解説動画です。

【関連動画】
平安から鎌倉初期のお墓の話
→ https://youtu.be/kAwPh94b-lo

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37 Comments

  1. 本作は愚かなヒロインの愚かな行為で幕を閉じた正に“悲劇”でした。戦の世は終わってなどいないのに。愛する女の生んだ息子の為に鎌倉の闇と自身の罪、政子の罪まで背負って一人地獄に行くとまで云った弟を、未だ修羅の現実への恐怖から殺してしまった。といった感想です。義村の行動原理が単なる男の嫉妬であるとした小物振りも面白かった。これは恐らく義盛にも通じる。

  2. ん?コレは最終話を観る前に撮った動画ですか?🙄
    ドラマの内容に触れてないですね?🤔

    大江殿って、荀彧みたいな人ですね😅

    シミュレーションでもシュミレーションでも、伝わりゃどっちでもいいですよね~😅

  3. 「大軍の法則」とやらがあるそうで、1万以上の軍勢の場合は、ルートして100倍すると実数になるとか.
    これでいくと、官軍1万はそのまま1万、鎌倉軍19万は約4万5千で、ほぼそんなもんかなあと.(木曽義仲10万は約3万に).
    いずれにせよ、18騎から始まった泰時君の人望はハンパではありません😊

  4. 最終回どうなるものかと思いましたが、各俳優さん達の心に来る演技が素晴らしかったですね

  5. 大江親弘は幕府を裏切り、朝廷に寝返り、結果敗けたのだから斬首されるべきとろこ追及されず、父の所領の山形辺りに隠栖し、ほとぼりがさめるのを待った。
    北条や大江といった幕府首脳は身内に甘い!とも言えます。
    出世の登竜門、六波羅探題の責任者に文官が選ばれないようになったのは、親弘がやらかしたからでしょうかね?
    父の想いもいかばかりであったか
    にしても甘いですね。

  6. 固い主従関係のない武士の時代で、一歩間違えばあっという間に平家や義仲の様に滅んでしまう。院宣の義時討伐を鎌倉政権の打倒と看破し、即座に京へ進軍する判断は実に慧眼ですね。これだけでも北条政子は凄い。大きな歴史は冥の働きかもしれませんが、小さな歴史は命を懸けたリーダーで決まって行くのですね。

  7. こんにちは、吾妻鏡では、三浦義村は東海道の大将軍になっているはず。彼の裏切りは終わっているはず。茂仁践祚を陳子にかけあったのは義村。吾妻鏡ではありませんが、しろうgs

  8. 後鳥羽上皇、そんなに情けなかったんですねw
    次の動画も楽しみにしてます!

  9. 失礼、史料があります。彼の毒殺示唆などよくかけるとおもいます。彼はかっこ「曩祖為継の家」を守りたかっただけ。伊賀の乱。環境を見たら政子があやしい。北条の後事を考えるのは義時の妻でしょう。亭主はいない。将軍は我が子ではない。本当に泰時を執権にできるだろうか。鎌倉の御家人を引っ張り出して、皆にあいそをつかれている。それに寄り頼家の死を知らんわけないでしょう。私は彼女も殺戮の一人だと思っていますよ。きりゅうさん。わたしは子供のころ小説、大河で歴史をしったかでした。しかし歴史文献がやっと手にはいるようになりました。それからは、特に今回のような大河はゆるせません。はじめて大河をみる人に誤った歴史を覚えさせないともかぎあせん。三谷。。わたし文献史学の先生なら、あの説この説でよいとおもいます。しかそ、小説やシナリオとなると全くべつもの義時の人生を書かねばなりまぬ。歴史家ん説から自分の義時を書かねばと思うのです。ところが三谷。。は歴史家とおなじ。保険をかけながらのドラマに私は共鳴出来ません。私のいっていることが歴史を勉強したきりゅうさんに少しでも分かっていただけたろと思い、だらだら書いた次第です。  純

  10. 11月末に鎌倉に行きましたがその時義時のお墓見に行きました。今はなんかアプリをダウンロードしてARで法華堂の様子が見れるのがあります。
    私の携帯ではダウンロードできないけど(多分海外の携帯だからアプリストアのアカウントが対応できないと思います)周りに携帯を持って歩き回って見てる方が楽しそうに見えるので今見に行ったらもっと面白いと思います。

  11. 趣味でやるのが趣味レーション、と覚えると、仕事ならばシミュレーション、とすんなり出てきますよ。

  12. 昭和でも戦前まで天皇陛下は神だったのだからあの当時は神以上の存在だったでしょうね。そんな人を隠岐に島流しにしてしまうなんて・・・

  13. どっちでも良くない!!!
    小さな誤りが後々大きな間違いに繋がって行く!

  14. この1年間、きりゅうさんのおかげで楽しく大河ドラマ鑑賞ができました。
    どうもありがとうございます。
    ドラマが終わっても承久の乱の解説をしていただき勉強になります。
    私がドラマで一番不思議に思ったのは、俳優さんたちに老けメイクがほぼ無かったことなんです。
    三谷さんの隠された意図でもあるのでしょうか?

  15. 先生突然ですがNHK(Eテレ)で「グレーテルのかまど」という番組が放送されています。瀬戸康史さんが、ヘンゼルとグレーテルの末裔でグレーテルのリクエストでお菓子を作る内容です。そのスピンオフドラマが放送されたのですが、宮澤エマさんも出演との事で楽しみに見ましたら、「私の好きなあの人は、こんな童顔!」とか「鎌倉の方で蹴鞠なんかしないし」とか「蹴鞠では有りませんしゅうきくです」や「ときゅーさ!」まで飛び出して、わぁー鎌倉どの堂々と入ってるー!と盛り上がってしまいました💖

    NHKでお二人のインタビューが有ったので、先生はもうご存じかも知れませんね😄✨ちなみに再放送は12月27日午後2:30~だそうです。鎌倉どのは、終わってしまいましたか、まだまだ余韻に浸らせて頂いております!感謝一杯!勿論、土曜日の再放送も新な気持ちで見させて頂きたいと思います。録画で何度も見ているのですが( *´艸)

  16. 結局三谷さんが言ってた今までにない大河だというのは、どの部分でしたの?
    冒頭に松潤が出てきたシーンのことかな?w

  17. 大江殿って孫子に触れたことあるんじゃないのかな? 「兵は拙速を・・・」の部分。
    一方、秀康さんに“内戦作戦”を求めるのは酷すぎるか…

  18. 昨日鎌倉に行ってきました!きりゅうさんと同じく、広場の上にあるのかと思い、やっとこさ階段のぼったら大江殿のお墓でした、、広場に降りてきて、あーここが義時のね・・と同じく思いました 笑  もちろん大江殿のお墓も感慨深かったです!

  19. 二人の説得に応じて、もしも上皇様が出陣していたら、形勢大逆転だったんですね!!! あんなに深刻な鎌倉の敵なのに、コミカルな松也上皇さまが面白くて、朝廷シーンもけっこう好きでした。最後頭かじられちゃうしw

  20. 義時さえ後鳥羽上皇をすごく恐れていたなんて知りませんでした。義時は朝廷を撃滅できたはずなのにしなかった訳がわかりました。ドラマでは伝わらない微妙な違いを説明して下さりこのチャンネルは非常にありがたいです!👏

  21. 大江殿、視力を失ってからも明暗ぐらいは分かるようなことをおっしゃっていた気がするので(気のせい?)
    演説のときは政子という光を見つめていたのではないでしょうか。

  22. 三浦義村の、承久の乱ごの後始末を、評価しなければ、ただの腹黒い人で終わってしまう。あれだけの院、朝廷人が、いなくなった後のことに気がついて危機感をもったのは、かれひとり、ドラマをみたひとだって気づかない。義村の京都での実力は、泰時、光村に引き継がれてゆきます。ちなみに泰村は、関東専門。義村は、中興の祖をつくっったともいえる人。中世に彼の名が、もっととどろくようになってもいいはず。私はそのいったんを担いたい。   純

  23. 更新ありがとうございます!
    ドラマで進軍を叫ぶ三善殿は、個人的にはキャラの違いにみんながドン引くくらいの剣幕であって欲しかったです😂

  24. 大江殿、最終回で書類を整理したりしていたので、本当に目が見えるようになったのだと思いました👀

  25. シミュレーション、日本人苦手な発音です。
    金田一(たしか春彦)先生曰く「日本語に於いて『みゅ』という音は『おおまみゅうだ(大豆生田)』という名字にしか現れない。」ということです。
    ちなみに、ある大豆生田さんによりますと、この名字の読みは日本一多い(おおまえうだ、おおまみゅうだ、おまめうだ他)とのこと。

  26. 三浦義村は北条時氏の活躍を喜んでいたのではないかな。ドラマでは初さん離縁されてなかったけど、外祖父であることには違いない。政村と二股かけて、伊賀氏事件では最終的に泰時側についたんじゃないかな。

  27. 義時も朝廷には畏れを抱いていたんですね。
    負けが決まった後の後鳥羽上皇はちょっとカッコ悪いすぎですね。

  28. 大江殿や三善殿といった文官が戦に積極的なのは、畠山重忠の乱のりく殿と同じで
    自ら戦闘をしない、所詮自分の命はかかっていないから言えるという感じもします
    大江殿は息子が上皇側についているので敢えて厳しく振る舞ったということもありそうですが

  29. ムキムキマンの八田知家は、治承4年にすでに地頭になっていることから、かなり高齢だったのでは。ムキムキのイメージで若く感じますが、高齢で鎌倉に留まったのかもしれませんね。うーん、年齢が知りたい、(笑)