#義時 #義村 #歴史解説
※概要
『鎌倉殿の13人』第45回「八幡宮の階段」の雑談part2です。前回に引き続き、今回も妄想強めの回になっておりますが、それ以上に興奮しすぎたきりゅうが、またしても山ほど言い間違いをしております。深くお詫び申し上げます。
2022年、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」解説動画です。
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47 Comments
今日も勉強になりました😊
いつも思うけど、ていさんは結構手馴れてるなあ
ある意味きりゅうさんと同じくらいレベル高い気がする
襟触ってるの、きりゅうさんよく気がつきましたね〜さすがだわ〜って話が、なんだか、気づかないのはおかしい、歴史に興味ないからだ。となぜか批判するマウント勢が湧いてきてめんどくさ。歴史に詳しいのと細かい演出に注意を払うかどうかは全く関係ないし、「これが正解。こんなこともわからんのか」という押し付けがましいの、疲れるわ〜
襟さわるのは、いろんな解説動画で必ず触れてますね。去り際の襟さわるのはしっかり見てました。
「襟さわっとるやん❗」と分かりましたよ😅
政子が流されるだけの悲劇のヒロインから主役になっていくお話のように感じました。義時の最後は、もし謀殺であるのなら、オリエント急行では哀れすぎるので、ナイル、望ましくはカーテンであって欲しい。自らの役割=天命の総仕上げとして。
いつもありがとうございます。私も歩き巫女のランタンかわいいと思いました。クリスマスのランタンみたいで。笑 実朝が残した和歌。死を予感したのか、義時に遷都の話をした後で、鎌倉を離れる思いを詠んだのか。義時が読んだらどう思ったでしょうね。義時が天に守られて、まだやることがあるとすれば、自分の代で武家政権を盤石なものにすることと、覚醒した泰時を仕上げることかなと思いました。次回は、政子が丹後局に言われた生き残った自分の使命みたいなものに気づく回でもあるのかなと思います。
仰る通り「天命に逆らうな」の回でしたね。
実朝、公暁、義時、義村、実衣、泰時、全ての登場人物に対して掛かった言葉でしたが、やはり政子に対してのメッセージが一番心に残りました。
但し、政子にこのメッセージを伝えたのは、歩き巫女ではなくてトウでしたね。
トウは、歩き巫女と同じ架空人物です。つまり「作者」に変わって登場人物や視聴者に何かのメッセージを残す役なのでしょう。
彼女が「天命に逆らうな」と同じ意味で「自ら命を絶ってはならない」と告げ、政子を我に返せましたが、確かにその役はトウのような存在以外にないと思わせられました。
善児にその役目はできない。彼は別の役割(義時の心境変化のバロメーターなど)の象徴だったと思います。
後鳥羽院の葛藤は描かれなさそうなので、メインは義時と政子の関係性を軸にした数多くの数奇な運命を描いていくのでしょう。
・歩き巫女は肉体じゃなくて、生霊だと思います。
・私は政子は最後まで変わらないと期待します。
政子は女将軍としての責任を背負うけど、闇落ちはしない、と。
もし承久の乱がナレーションで終わってしまったら、後鳥羽上皇は「ナレ島流し」になっちゃいますね(笑)
こんばんわです
今回のきゅうり先生のお話がめちゃ良かったです
天命、対立がよく分かりました
義村さんが後ろ姿で襟を直すシーンは分かりました
でも、なんか、盟友だった2人の姿を思い出すと寂しいですね
あと、もしかして?トウさんは政子さん側について、義時を暗殺❓️する感じしました
本当にあと三回で終わりなんですかね
お正月の特番で五時間ぐらいの大作をやってもらいたいです
ありがとうございました
寒くなりました
お体をご自愛して下さい
三浦殿、嘘でもあそこは襟を触らないで欲しかったです((T_T))自分の癖って意外と気付かない物!三谷さん残酷な台本😭😭😭本当に承久の乱まで‥‥‥‥心配です😱私もランタン欲しいです(笑)
義村の襟ただし、去り際でやったファーとも思ったけど、
ちょっと気になるのは、義村が義時に嘘をつく時って、面と向かって話さないで襟をただしてたように思ったけど、今回は目を見て語っていたなあと思ったこと。
録画がないので、義村嘘搗き回を振り返ることが出来んから気のせいかもしれんけど。
あとは、義時と政子のシーン、「闇を払うのにあなたは何をー」は、
なにか、「闇を払うのはあなたがやるべきだ」と言ってるように自分は受けてしまった。
息子を孫が殺す政子の気持ちが
義村の「嘘をつく時に?襟を触る」という癖、三谷さんが以前から台本に「襟を触る」と書いていたのか、山本耕史さんが襟を触っているのを見てそういう設定を加えたのか、どっちなんでしょうね。
「嘘をつく時に襟を触る」というのも、今のところ「義時はそう思っている」という描写しかないんですよね。なので、実は猜疑心が強くなった義時の思い込みで、義村は本音を言う時にも襟を触っている…という線もある気がしましたが、考えすぎでしょうか。
義時と義村二人の心理描写‥きりゅうさんの解説を聞くと必ずもう一度ドラマを見たくなります😮❗️ 見ます‼️
きりゅう先生、いつも楽しく見ています。政子の心理描写は本当に凄かったですね。ところで義村が襟を正す場面についてですが、三谷さんは義時の目の前でなく、わざと闇に隠れる寸前の所で襟を正させ、義時が気づいたかどうかわからないようにボカした演出をしたのではないかと思います。そして義時の表情を映し出さないことで義時が気づかなかった含みを残したのではないでしょうか。また義時には"北条と三浦が手を携えてこその鎌倉"とさえ言わせ、あたかも義村を信じたようにも見せかけています。私としては義時は襟を正す場面を見落としたと解釈した方が義時を騙し通したラスボスとしての義村の面目躍如に見えて良さそうな気がします。三谷さんが前回襟の癖=嘘と種を明かし我々視聴者の間で今回の襟シーンで義時は嘘に気づいたのか否かと意見が分かれるように仕組んだのなら三谷さんはシメシメと思っているのではないでしょうか
公暁は孫だからね。政子も手当てしちゃうよ。子も孫も皆、失って喪失感に耐えられなかったんだろうな……と 観ていました
1 . 鎌倉軍 対 朝廷軍の蹴鞠対決 トキューサの活躍で逆転勝利ジャイアントキリング
2 . トウが主を政子に鞍替え 不自然な出会いの伏線回収。義時の最期に絡む?
義村に裏切られた時の眼の涙
八重さんに結婚断られて安達殿の膝の上で流した涙
同じ人間の涙でも大違いですね
題名みて、来週ラストで政子の演説まで行くかもしれないと感じました。となると、かなりいろいろと詰め込んだ、とても濃い回になりそうですね。
雑談出してくれてよかっためっちゃいい。きりゅうさんがなぜきりゅうさんなのか分からないまま、「龍の如くから取ったのかな。めっちゃノリノリで桐生ちゃん使ってバトルしてるのかな」って思ったり。
泉親衡の乱の回の小四郎と平六のやり取りみたら、平六が小四郎を殺そうと決意したのはあの時なんですかね?
くぅさんと同じく私も襟の件は気付きませんでした。きりゅうさん解説いつもありがとうございます(^^)
「麒麟が来る」も山崎の戦いが無かったし・・・
最後の義時が運慶に自分の仏像を頼むシーンは、アマデウスで変装したサリエリがモーツァルトにレクイエムの作曲を頼むシーンとなぜかオーバーラップしました。レクイエムがモーツァルトの寿命そのものだったように(曲の完成とともにモーツァルトがしんだように)、仏像が完成すると同時に義時が死ぬような気がします。頼んでるシーンのBGMはレクイエムっぽかったし、次回予告のBGMはモロにレクイエムだったし。。。
別のチャンネルで義村が過去に襟を触っていた所を洗い出すというのがありました。もちろん正確ではないかもですけどその話を見た限り過去に義村が襟を触った時、それほど深い意味のあるところがなかったようでした。
ここから推察するに自分はこの襟を触るエピソードは後から加えた話だと思いました。きりゅうさんが仰る通り三谷さんならば、最初から決めてたらドラマの序盤や中盤でもっと強い伏線を張ると思うからです。
しかしそれにしても義時と義村の二人の関係はとても面白いですね。最終盤で見応えのある関係でした。
桐生さんの好意的解釈もわかりますが、公卿がにっくき北条を訪れたり、雅子が公卿の怪我治したり、なんか知らんがトウが雅子の居室にいたり、今回の脚本はクオリティ低いと思います。そもそも歩き巫女が八幡宮の本殿付近を彷徨くのもちょっとなぁ。警備何やってんのとしか思えない。
まあ自分は承久の乱が無くてもここまでで満足ですけどね笑
帽子被った人
ポンコツ過ぎる
しゃべるとイライラする
時間の無駄
もーちょっと勉強してから来てくれ
てか退場して欲しい
義時、自分が偶然助かった事で、「俺は『天命に護られていた頼朝』に比肩しうる」という、ある種ネジ曲がった自信・確信を得ちゃった。そんで、自身の神格化や、「頼朝超え」に執着し始めた。ヒトラーも暗殺計画をやり過ごしてから一層狂おしくなったけど、はてさてどうなることやら。
毎回、物語の展開の意図から細か~い演出に至るまで、深~~い考察に畏れ入っております。三谷さんやNHKスタッフの皆さんに、是非視聴して頂きたい!
きりゅうさんの解説、いつも楽しみにしています。歴史に詳しい人のお話大好きです!ここに来て、義時がちょっと可哀想と思えてしまいました。
今回完全に義時の軍門に下った義村。「ハハー」とそれ以上下げたら床に頭がめり込んじゃうくらい下げながらニヤっと笑う義村
義時にとって本当にぼんとーにラスボスだなぁと感じた
心休まらないけど今滅ぼす事が出来ない軍勢を抱えている三浦一族の長義村。押さえ込んでも相手の一点の弱味を必ず嗅ぎわける絶対敵に回したくないタイプです
それとトウが「主の命令が無ければ殺せない」と言っていたので…やっぱり義時はトウを使って兄の仇を取ったんだなぁと個人的には思いました
この時の義村は、陳平の側面で行動していた。無私の誠心で行動する張良の側面で動いていたら、より積極的に公暁のクーデター計画に協力して、一時的にも北条体制を一時的にも瓦解させていたはず。少なくとも義時は殺せていたのではないか?その後、泰時、時房の反撃に対抗しうるかどうかは別にして。とにかく得宗独裁による執権政治は無かったのではないか。
襟触る、最初から見直したい!
嘘、沢山ありそうですね。
きりゅうさん 国語が得意だったんだろうね
凄い 読解力
そういえば、たしか尼御台は従三位を授かって「政子」なんですよね.あの時のハッピー感から一転、わが子がみんな亡くなってしまいました.このときから、闇であろうがなんであろうが、自分のすべては鎌倉と共にあるという生き方が定まったのかと思いました.
三谷さんが「政子は闇堕ちしません」と断言してましたね・・・それさえもフリかもしれませんが笑
ですが闇堕ちしないレベルで、義時と水面下で政争を繰り広げるのはありそうかも
歴史クリエイターによる、演劇クリエイターがかもし出す心情解説 いつもながら見事でございます😃
世の中には変わった職業があるもので
葬儀の時、親族よりも嘆き悲しむ 泣き女 というのがあるそうです。
古今東西にあり、東洋では特に 中国や朝鮮が有名です。
面白い風習であり、人間の心理をついています。
ジェームズという心理学者とランゲという生理学者が、ほぼ同時期に発表した
脳神経と感情の定義
簡単にいうと「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」
政子の心情によくあてはまります。
今回の歩き巫女はTV版の綾波レイみたいだった
私も、きりゅうさんと全く同じことを感じました。実朝の死を聞いても、公暁がその犯人だと知っても、涙一つこぼさなかった政子は、一時的なショック状態だったのだと思います。。まさか、最後に残った親族同士が被害者、加害者となるような事態になるとは、予想だにせず、ただ事態の進展に呆気にとられて、自分自身の身に起こっていることの認識がなくなってしまったんかもしれません。本当にショックな悲しいことに直面すると、人は泣かないというのは確かだと思います。
きりゅう先生の解説が、歴史知識に限らない、深い深いものにだんだんなっていっていて、ハマってしまいます。
大江広元が、源仲章が亡くなったことに対して「手間が省けました」と言っていたセリフが、古畑任三郎っぽく聞こえたんですがどうでしょう?古畑任三郎が「手間が省けました」と言っていたかどうかも覚えてないのですが、大江広元に田村正和さんが入ったように見えたくらい、声色がそっくりでした。
面白く拝見しました。
泣いたり怒ったり
きりゅう殿も大変ですね。
この大河が終わったら三谷さんと
オンライン対談をやって欲しいです。
あと公暁が実朝殺して激文読もうとしたけど血に染まって読めなかったってのも皮肉だけど公暁に鎌倉殿にはなれない、なる器では無いという演出として面白かったです。最後の最後でうまくいかないというかそういうのが面白かったです。
きりゅうさんの歩き巫女観、ありと思います。
三谷さんは九条兼実が慈円に鎌倉の未来を尋ねたとき、冥の道理に順うと言わせていますが、今回は遂に冥の働きが鎌倉に及び始めたという感じです。と言うのも朝時や盛綱の前に現れた歩き巫女は確かに認知症の老婆にすぎませんでしたが、実朝と公暁の前に現れたのは歩き巫女の姿を借りた仏で、愈々鎌倉の争いを終わらせる為に実朝と公暁に天命に逆らうなと告げて事件を起こしたという建て付けにしたと思うからです。
つまり三谷さんは義時、義村黒幕説のどちらも取らず、歩き巫女(=仏=天命)黒幕説を取ったと云えます。こう考えると今回のタイトルを敢えて八幡宮の怪談(階段)としたのはうなずけます。
さて鎌倉殿….では折に触れ仏が人々の姿を見守っているという視点が描かれています。あのオンベレブンビンバの悲しくも笑えるシーンも15年前の"仏の眼差し"とタイトルを付けた回の一族団欒と同様に仏が見守っているかのように描いていますし、今回も悪事の密談などには画面の後ろで如来など様々な仏たちがを見ているかのような演出にしていました。直近では和田合戦の回で義時が泰時にお前の為に和田一族を滅ぼすのだと打ち明けた時も、画面の後ろから仏が見ていました。
まさに最終回に近づいて、これまで見守っていた仏が愈々鎌倉に力を現していく段階に入ってきた感じです。
解析がすごい、、
出来れば、スペシャルでもなんでも良いから泰時の御成敗式目までやって欲しいところ