内藤用一郎, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=3348368 / CC BY SA 3.0

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#福岡市出身の人物
#1900年生
#没年不明
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内藤 用一郎(ないとう よういちろう、1900年〈明治33年〉6月25日 – 没年不明)は、日本の実業家。
貸しビル業。
内藤ビル取締役社長、修猷館同窓会副会長、修猷館柔道倶楽部副会長。
毎日新聞記者を経て、竹下登の秘書をつとめた内藤武宣は三男。
漫画家の影木栄貴や音楽家のDAIGO(内藤大湖)は孫。
福岡県福岡市出身。
1921年、福岡県立中学修猷館卒業。
学生時代、柔道選手として活躍。
1924年、大林組入社。
1934年、福岡支店主任庶務主任。
1940年、京城支店総務部長。
1943年、小倉区九州合同製器専務取締役就任。
1944年、九州採炭新手鉱業所総務部長。
1946年、岩崎組取締役副社長就任。
1949年、内藤建設創立取締役社長就任。
1950年、県小学校父母教師会連合会結成、会長就任。
1951年、日本父母と先生全国協議会理事。
同年県学校給食推進協議会会長。
1966年、社名を内藤ビルに変更、取締役社長に引き続き就任。
宗教は真宗。
^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 『日本綜合紳士録(西日本編)』発行所・新日本株式会社、日本秘密探偵局、発行人・南尚道、調査責任者・日本綜合探偵社、1971年、196頁。
^ 歴代役員名簿修猷館同窓会。
2016年1月15日閲覧。
^ “DAIGO、三島由紀夫と親戚だった…9親等「やばいね」 加山雄三は19親等”. デイリースポーツ. 神戸新聞社. 11 February 2020. 2020年2月13日閲覧。

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