今回は最新研究で明らかになりつつある源実朝の実像に迫りたいと思います。

※本動画は「鎌倉殿の13人」のネタバレを一部含みます。

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0:00​ オープニング
0:31 最新研究で解き明かされた真の実力
1:10 2人の父
3:13 後鳥羽院との協調関係
6:38 北条氏の操り人形だったのか?
8:48 弱点と失政の克服
12:45 参考文献のご案内

についてお話しています!
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坂井孝一『源実朝 「東国の王権」を夢見た将軍』(講談社選書メチエ)
今回の動画は主にこちらの主張を参考にしています。本動画では触れられませんでしたが、実朝の和歌から新たな実朝像を見出そうとしている意欲作です。
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坂井孝一『源氏将軍断絶』(PHP新書)
源氏3代将軍にスポットを当てた「鎌倉殿の13人」の時代考証・坂井孝一氏による新書です。本動画が紹介した「源氏将軍観」を知りたい人はこちらに詳しく書かれています。
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五味文彦『源実朝 歌と身体からの歴史学』(角川選書)
本動画でも紹介した名執権北条泰時への影響を述べている点が印象的でした。坂井氏の著作と合わせて読むことで実朝が決して北条氏の傀儡ではなかったことがわかると思います。
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■関連動画のご案内
https://youtu.be/sUlAUhAKurM

https://youtu.be/YcgE74lARG4

https://youtu.be/jH1aivtEiMo

https://youtu.be/Gv2rTLsSkr8

https://youtu.be/sPa3GxW17Xk

https://youtu.be/KaqiVDU7cjY

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■今回の時代のキーワード
#鎌倉殿の13人 #大河ドラマ #北条義時 #源実朝 #北条泰時 #唐船造営 #千幡 #後鳥羽上皇 #源頼朝 #吾妻鏡 #貞観政要
 

※使用している背景映像は河原撮影ならびにフリー画像・映像素材・ライセンス取得済みの素材を使用しています。また、一部NHK「鎌倉殿の13人」のホームページ(https://www.nhk.or.jp/kamakura13/)の画像を引用しております。
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20 Comments

  1. 毎週大河ドラマをみた後、このチャンネルのYouTubeを見るのがセットです笑
    わかりやすい解説動画ありがとうございます☺️

  2. 今日鎌倉殿見ましたよ。畠山のときも切なくなりましたし和田義盛と源実朝は、切っても切れない仲なのかもですね。感動しましたよ。👍😉

  3. 河原先生お疲れ様です、実朝将軍は立派ですね和田義盛と義時は両雄並び立たずだと思います❗ライブと解説を楽しみに待っています、ありがとうごさいます❗

  4. 武士は武芸にさえ秀でていれば良い訳ではなく、然るべき文化的教養も必要であったのは、都で帝や貴族と接するうえで当然でした。木曽義仲は、それが乏しかったばかりに貴族たちに侮られたのです。それはさておき、前政権の人物を実際以上に貶めて記すのは史書の常套手段であることは、以前よりこのチャンネルの他動画でもしばしばコメントしたとおりです。ただ、実朝も決してただの京文化かぶれではなく、本人なりに奮闘したことは察しますが、それでも北条氏に頭が上がらなかったのもまた事実ではないでしょうか。もっともそれは実朝が非力ではなく、北条氏がしたたかであったと言うべきでしょう。

  5. お疲れ様でした。
    ホントの和田義盛は、どんな人だったか?歴史家の先生方の本を読み想像するしかありませんが、ドラマの義盛は愛らしい憎めないキャラで大好きでした。一斉に矢に打たれて死んでゆく様を見て泣けてきました。
    起請文を吐き戻すシーンは笑えました。当時の人にとって、大切なものだったのがよくわかりました。

  6. 鎌倉殿の13人、和田のやられ方、そりゃ実朝も怒って後鳥羽上皇につくわとい出来でしたね 和田がやられて18日後地震があったのは初めて知りました。頼家も実朝も鎌倉殿となったばかりにかわいそうな感じです。
    実朝解説ありがとうございます。史実の実朝は北条に操られてたわけではないんですね

  7. とても優秀な人物だったとは昔から言われていたよ。
    ドラマの中の男好きだったという話がどこまで本当か判らないが、やはり世継ぎを産まなかったのが一番の失敗。疱瘡のせいで種無しになったんじゃないの❓

  8. 最近の歴史研究の成果によると、従来言われてきたことが、正反対の評価をされることも多いですね。武田勝頼と並び、ボンクラ2代目と称されていた実朝も(勝頼と共に)、見直し評価対象ですね。こうしてみると、頼家も実朝も各自自分の目指す政治の理想があったことが分かります。頼朝存命時をよく知る頼家は、武士らしい政権を、実朝は実際の戦を見ずに生育しているため、もっと文化的で貴族的な政権を望んだのでしょう。頼朝の優秀だった2子を無能呼ばわりしたのは、北条政権を擁護し妥当性を証すべき吾妻鏡の誇張だったと感じます。

  9. 北条義時は頼家の後ろの比企より実朝の後ろの後鳥羽の方がむやみに殺せないからさぞ鬱陶しく思ったんだろうだな
    唐船の失敗でさぞ胸を撫で下ろした姿がドラマで描かれるのかな?

  10. 和田義盛を倒せば、とりあえず北条は安泰と考えていた義時にとって、実朝が後鳥羽に頼ると話した事は大誤算だったと想像。。。
    (ドラマの中でですが)実朝を直接脅したりしてるんだから、義時の事なんか心から信頼なんて出来ませんよね。
    和田義盛役の俳優さんは兜がよく似合ってました。さようなら和田殿…。先生、解説ありがとうございました。

  11. ゆうべの大河、よこちん(あ、義盛)を討ったとき義時は泣いていましたね。心の中ではやはり辛い選択だったのかも。いずれにせよ後戻りのできない運命が待っているのですね。解説いつもありがとうございます。

  12. 動画を見た限りでは実朝が優れた政治家であったと結論付ける根拠は極めて弱いと感じました。又、失敗から学ぶイコール大きな影響を受けていた、というのもレトリックのように感じます。

  13. 結局北条義時は頼朝の子孫源氏の嫡流より兄宗時の遺志坂東武士の世を作りその頂点に北条が立つという存念を目指して源氏や平家などどうでもいいという考え方に固執してしまった。源氏は後の足利氏もそうなるように同族同士で殺し合う運命に翻弄され(北条氏も権力か大きくなるにつれ同族の殺し合いや家人に力を奪われる下克上的な目に合うが)息子の北条泰時が優秀だった北条の天下は続くが…
    あまりにも人を殺しすぎた義時自身はいい死に方はしなかっただろう。大河ではどう描かれるかは未だわからないが三谷脚本なら結構酷い最後を向かえる様な気もするしそれこそ因果応報というものだろう

  14. 宋へ行くために大きな船を作ろうとして失敗する。そのことを最初に知ったときは、なんてバカなことを実朝くんは考えたのかと感じた。でも、大河ドラマを見て少し考えが変わった。鎌倉の中に頼れる人がいなくなってしまったこと。鎌倉の外、京都や中国に目が向いてもおかしくないなあと。

  15. 第41話は 泣きながら3回も見直してしまいました😢
    河原先生に第41話の内容について質問と私の感想です
    ① オープニングの何故に三浦義村と話すシーン。いとこだからお前は斬らないって「和田さんいい人過ぎる」って画面に叫んじゃいました。
    ② 結局 起請文の一味神水は 吐き戻せばいいって、そんなものですか~💦
    ③ 大江広元が意外過ぎる程カッコいい!殺陣が出来るんだ~
    ④ のえさん、大神宮か実家と迫られたら「実家の二階堂」って、浅はかすぎ💦
    ⑤ 和田義盛に矢を放つように義村に指示出しておきながら、戻っていく義時の姿の小栗旬さん、泣いていませんでしたか~?自然と出た演技、もしくは台本通り?
    和田義盛と鎌倉殿との主従の契りを目前にして、悔しかったのでしょうか?
    彼も彼なりに鎌倉の事を考えてのは判断だったとは思いますが・・・

  16. 唐船の話は、次回の放送みたいですね。
    確か鎌倉の海岸は遠浅で、水深が浅いと聞いたことがあります。
    大きな船を作るには、水深が浅すぎたように感じます。
    そういえば、昔大宰府天満宮に行ったとき、
    近くの博物館で、遣唐使船の6分の1の模型を見たことがあります。