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映画プロデューサーが語る!天才!菅田将暉!
0:00 導入
0:42 スタッフTおすすめポイント
1:07 酒匂Pおすすめポイント
1:30 竹内Pおすすめポイント
1:41 ネタバレなし感想
8:54 ネタバレあり感想
9:14 疑問点①
12:42 疑問点②
15:26 疑問点➂
19:49 面白味に欠けたと感じた理由
24:11 演出方法について
26:21 キャスティングについて
28:22 スタッフT感想
35:32 パンフレット
37:26 タイトルについて
39:32 川村元気プロデューサー①
42:17 興行収入について
45:12 川村元気プロデューサー②
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数々のヒット作を世に送りこんできた現役映画プロデューサー・酒匂暢彦が、新作旧作を問わず映画及び映画業界の表側裏側を語る映画チャンネルです。
映画をただ鑑賞するだけでなく、監督の制作意図や演出方法、俳優の演技などのクリエイティブ面へ興味関心のある人に対する情報をお届けします。
ナビゲーター:酒匂暢彦<株式会社CHANCE iN 代表取締役>
1984年、日本ビクター株式会社(JVC)入社。1997年、株式会社クロックワークスを設立し、同社代表取締役に就任。 同社で数多くの映画を配給し、02年『少林サッカー』では28億円の興収を記録、09年『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』では興収40億円の成績を上げる。2010年、株式会社 チャンス イン を設立。他の主な配給作品は『CUBE』(98)『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)『マッハ!』(04)『スーパーサイズ・ミー』(04)『THE JUON/呪怨』(05)『運命じゃない人』(05)『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序』(07)『ヒトラーの贋札』(08)『アフタースクール』(08)『チェイサー』(09)『ファッションが教えてくれること』(09)近年のプロデュース作品は、『窮鼠はチーズの夢をみる』(20)
<ゲスト:映画宣伝プロデューサー竹内 伸治>
石油会社を経て、1988年4月に株式会社シネマテン入社、同年9月株式会社アスミックに出向、翌89年6月同社に正式入社。当初はレンタルビデオ用の本編映像制作、宣伝材料制作などを担当。16mm文化映画の制作担当、レンタルビデオ営業なども追加され、アスミックの劇場配給進出に伴い、配給宣伝、配給営業、字幕制作、宣伝材料制作、買付などをすべて同時期に担当していたこともある。
16mm映画製作窓口としては大澤豊監督作『さようならカバくん』(89)などを担当。宣伝プロデューサーとして、『ツルモク独身寮』(91/今関あきよし)、『ボブ・ロバーツ』(92/ティム・ロビンス)、『キリング・ゾーイ』(94/ロジャー・エイヴァリー)、『ユージュアル・サスペクツ』(95/ブライアン・シンガー)、『ファーゴ』(96/ジョエル・コーエン)、『八日目』(96/ジャコ・ヴァン・ドルマル)、『日蔭のふたり』(96/マイケル・ウィンターボトム)、『スクリーム』(96/ウェス・クレイヴン)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96/ウディ・アレン)、『スリング・ブレイド』(96/ビリー・ボブ・ソーントン)などを担当。
98年4月に株式会社アスミックとエース ピクチャーズ株式会社が合併、アスミック・エース エンタテインメント株式会社となる。映画宣伝グループ グループリーダー、宣伝部長、取締役宣伝部長、執行役員宣伝担当、常務執行役員映画宣伝グループ/映画製作グループ/大阪営業所担当などを歴任、09年12月31日付で同社を退社。最後の役職はエグゼクティブプロデューサー。
アスミック・エースでの宣伝プロデュース作品に『ビッグ・リボウスキ』(98/ジョエル・コーエン)、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)、『雨あがる』(99/小泉堯史)、『ショコラ』(00/ラッセ・ハルストレム)、『ターン』(00/平山秀幸)などがあり、最後の宣伝プロデュース作品は外国映画『めぐりあう時間たち』(02/スティーヴン・ダルドリー)、日本映画『ジョゼと虎と魚たち』(03/犬童一心)。宣伝監修、宣伝統括としては、『阿弥陀堂だより』(02/小泉堯史)、『ホテル ビーナス』(04/タカハタ秀太)、『間宮兄弟』(06/森田芳光)、『アーサーとミニモイの不思議な国』(07/リュック・ベッソン)、『ソウ』シリーズ(04-11)などを担当。04年からはドリームワークス作品配給に従事、05年から日本公開が始まり、『シャーク・テイル』(04/ビボ・バージェロン、ヴィッキー・ジェンスン、ロブ・レターマン)、『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(05/ブラッド・シルヴァーストーン)、『マダガスカル』(05/エリック・ダーネル、トム・マクグラス)、『ミュンヘン』(06/スティーヴン・スピルバーグ)、『森のリトル・ギャング』(06/ティム・ジョンスン、ケアリィ・カークパトリック)などの統括を手掛ける。08年にはプロデューサーとして、森田芳光監督作品『わたし出すわ』を初めて担当、翌09年に完成し公開した。
アスミック・エース退社後の10年、11年はフリーで、アスミック・エース配給『ソウ ザ・ファイナル3D』(11/ケヴィン・グルタート)、セテラ・インターナショナル配給『あしたのパスタはアルデンテ』(11/フェルザン・オズペテク)の宣伝監修を担当。
11年10月1日付で、株式会社スターサンズ執行役員映画事業担当に就任。ヴェルナー・ヘルツォーク監督作『世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶』(10)、パオロ・ソレンティーノ監督作『きっと ここが帰る場所』(11)、ヤン・ヨンヒ監督作『かぞくのくに』(12)の宣伝プロデュースを担当し、翌12年同社を退社。13年1月劇場公開した、パオロ&・ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督作『塀の中のジュリアス・シーザー』をフリーランスの宣伝プロデューサーとして担当した。
また、04年にはペンネームで夕刊フジの映画コラム「スクリーンの裏側から愛をこめて」を4月から9月までの半年間に亘って連載、映画コメンテーターとしてBSフジ「映画大王」(00-01)、TX「ミューズの晩餐」(10-11)などに出演している。
#百花 #映画 #レビュー #菅田将暉 #原田美枝子 #長澤まさみ
9 Comments
かなり好ましい作品。感動の押し付けがない。
百合子は震災のゴタゴタで何となく咎められず、周囲も邪険に扱うわけにもいかず?家に帰ってきたと想像します
ただ、薄味?というか具が少なくて腹八分の食後感
「半分の花火」にさぞ驚愕の真実が隠されてるかと思いきや…この点は拍子抜け
震災シーンは百合子本人の追憶という解釈はかなり納得できます
たびたびコメント欄で指摘されているけれど、他者の言葉はどんな些細なニュアンスの差も受け入れられず、全て自分の言葉で伝えきらなければ気が済まなくて、反射的に他者の言葉を遮り「いや、そうなんだけど」「いやそうじゃなくて」と否定から入ってばかりいるなら、お一人でチャンネルを運営されたら良いと思うんだよな。
酒匂さんの心の広さばかりが際立つ。
竹内さんの「半分の花火」の話と、物語のもっと普遍的な部分を浮き彫りにするための技巧や演出が別々だ、という点、大いに納得しました。
全体として役者の名演技など面白かった点はあれど、私は演出面がとにかく鼻に付いてしまいました。
鑑賞してから、一週間経ちましたが、もう作品そのものへの関心が希薄に😅
「面白くない」「感動しなかった」と竹内さんのコメントが聴こえた部分で、頷いていました、僕は。
この作品を観ただけの印象ですが、監督の過信、微妙な傲慢さを感じてしまいました。本当に原作を大切にしていて、映画として最高のものを作りたかったのであれば、自身ではなく、信頼して任せられる監督を探すとか、という選択肢が無かったのかなあ、というのが、僕の見方です。
他の方々が、この作品を高く評価されても、そこに異論をはさむ気はありません。
9/12山形フォーラムで見てきました。川村元気さんの小説は全て読んでいたので、百花も映画化されるだろうと思っていましたが、ご本人が脚本演出までされるとは驚きでした。初監督作ということでドキドキしながらみましたが素晴らしい出来でした。母の視点で見る映像が怖く切なく、認知症の人の気持ちがちょっとだけ分かったような気持ちになりました。記憶の不確かさについての映画なのでしょうか。同じ経験をしても記憶していることは違うことに驚きますが、それは自分にとって大事なことでも忘れてしまうこともあるという記憶の不確かさに由来するのだと想います。主演二人の演技が凄みさえ感じられ心が震えました。
酒匂さんの言う通り単館系の作家性の強い作品を作るべきか、もしくはTさんの言う通り
ある種感動的な大作を目指すべきだったように思います。
竹内さんは川村元気さんとお知り合いのようなので彼の立場とか分かられているので
東宝250scrでやる意味を考えすぎて感想述べられていると思います。
正直、見る側はそんな事情は知りません、ヒットの裏側として話されるならその辺を
丁寧に解説するべきではないでしょうか?本人が東宝映画としてやりたくないという理由も含め。
私にとってはシネマサロンのなかで最高の回でした。お二人とも同じ業界の人間として川村さんへのリスペクトを表明しながらも、作品に対してはシビアに向き合っているのが非常にフェアだと思いました。ロジカルに積み重なられた物語が、カタルシスに直結する訳ではない難しさが映画の持つ奥深さであり、かつ謎だとも感じました。
「半分の花火」とは?
(ネタバレあり)
認知症になった母:百合子(原田美枝子)の断片的な記憶と、一人息子:泉(菅田将暉)の視点が合わさることで親子の歴史が描かれていきます。
主演三人の演技は見事で、映像も良かったのですが、物語自体はどうもスッキリしません。おそらく、肝心なところが観客の想像に委ねられていて、明瞭に表現されていないためだと思います。それで、原作に目を通してみました。が、やはりスッキリしない(汗)
まず、百合子の人物造形。
シングルマザーとして泉を育てていた時は母の心。恋人が出来ると女の心が強くなり、一緒に暮らさないかと誘われると、スイッチが切り替わるように、完全に女の心になって神戸に行ってしまう。最後に、震災で恋人と死別すると、再びスイッチが作動して、母の心に戻る。
一方、百合子の恋人は大学の教官。神戸の大学に赴任するにあたって、妻子を関東に残しています。恋愛には受身的で体の関係も百合子から誘われている。百合子に泉がいて放置していることは知っているが、それに口出しはしない。彼にとって百合子は居心地のよい場所を与えてくれるもう一人の妻のような存在ですね。
原作を読んでも、なぜ、百合子は突然姿を消したのか? なぜ、神戸で暮らしていた間、泉に連絡を取らなかったのか? は分かりませんでした。あえて言えば、恋に落ちた女心はそういうものだ、と言っているように思えます。
失踪から家に帰ると、けろりとして母の役割に戻っています。後悔の気持ちは、少なくとも表面上は、見せません。これもよく理解できない。
そして、「半分の花火」ですが・・・
百合子が戻ってきて、しばらくして現在の家に越してきた日の夜、家の前方の建物越しに見た花火が、上半分の「半分の花火」。
ただ、問題はなぜ「半分の花火」が百合子の心に深く刻まれたのかです。それまでに見た一番きれいな花火というだけでは不十分な気がします。(ビルに邪魔されて全体の見えない花火を見た人は多いでしょうが、それが素晴らしい花火だと思った人は殆んどいないのでは?)なので、それを見たときの百合子の心理が特別だったのではないか、と想像しました。
例えば・・・
それまで百合子は、外に表さなくても失踪時のことで葛藤していたが、やっと気持ちの整理ができ、泉と向き合って生きていけると思えるようになった。新しい心で生活を再出発させるために引っ越した日に見たのが、「半分の花火」だった。
「色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちだったかは思い出として残る」という言葉がそれを示唆しているのかもしれません。
ただし、このように考えても、泉はそのときの泉自身の気持ちや百合子の言葉は思い出しても、そのときの百合子の深い思いは分かりません。単純に泉が百合子の心に寄り添うというようにはならない・・・
うーん、やはり解釈が難しいです(汗)(解釈を求める作品ではないのかもしれませんが・・・)
本作は、例えていえば、認知症というスリガラスを隔てて風景を見ているような感覚で、全体に淡くハローがかかってある種の美しさが感じられますが、スリガラスを外すと、中々理解の難しい風景が見えてしまうような感じがあります。
P.S.:
実際の半分の花火は、諏訪湖でのロケだったそうですが、私は鎌倉の弓ヶ浜で見たことがあります。水上で展開する巨大花火は素晴らしいですね。
竹内さんと酒匂さんのやりとりが取り沙汰されていたので一言。
毎回このチャンネルをご覧になっている方なら、常にこのやりとりでOKを出しているのは主宰の酒匂さんなわけです。
一視聴者として、お二人の数十年のお付き合いについて詳しくは存じないものの、お二人の信頼関係がベースにあったうえで、成立しているのだと理解して拝見していますし、それほどに熱く語ってくださるからかこそ、面白くもあります。