小田急の初代4000形は、’60年代から淘汰が始まった旧型車両の電動機を流用したため吊り掛け駆動でした。’85年以降は淘汰カルダン車の電動機に置き換えられていったので、本動画は吊り掛け駆動の最後の時期にあたります。車内では前面展望映像と共に発進加速時の吊り掛け音を繰り返し収録しており、最後の町田駅では吊り掛け音を響かせた列車を見送ります。おまけ映像:相模大野駅での懐かしの車両たち(’90年撮影)もお楽しみに。

宜しければ、下記動画にもお付き合いください
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参考文献:各車両のWikipedia記事

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6 Comments

  1. この音は微かに覚えています。幼少ながら不思議な音だな~と。
    江ノ電に沢山走ってましたが、吊り掛け駆動とは知ったのは相当先です。(笑)

    当時小田急60周年??で発売された記念乗車券??とテープに、4000形の吊り掛けサウンドが収録されていて、よく聴いてました。
    こちらの印象の方が強いです。

    ながーい私事を失礼しました。

  2. 私の記憶する最古の記憶、新宿口で4000系3連+1800系2連の5輛編成ローカル、更に4000系3連を増結した8連の急行運用です。1800系との相性悪く、脱線が連続して混結は解消、その後編成組み替えを行い5輛編成になったと記憶しています(曖昧)。
    流石に青黄ツートン旧色の記憶はありませんが、小田急車は裾絞りの拡幅車体、押し込みベンチレーター等、関東私鉄では他に類例を見ない優雅なデザインでした。乗務員扉次位の戸袋が窓ではなくフィルター式?のベンチレーターであった事も小田急車の特徴でしたね。
    あと、スカートが無かった為に足下がスカスカでした。

  3. 初代4000形を動画で残されていたとは流石です。1800形と同様のピンク色の運転室も懐かしいです。行路表も手書きの時代ですね。
    最初に江ノ島線でこの電車を出迎えた時は、あの2600形の音を期待してわくわくしたのですが、なんと吊り掛け駆動音で子供心に騙された電車として落胆した記憶があります。
    ともかく、動画での記録の発信ありがとうございました。

  4. 電車通学だった小学校時代、毎日この電車で通学していました。この吊り掛けの音色が今でも記憶に強く残っています。当時からすごい吊り掛けファンでしたが、この電車のお陰で更にコアな旧形電車マニアになってしまいました。素敵な動画をありがとうございました。

  5. 車両も懐かしいが相模大野駅(改良前)も懐かしい。ビルが少ない😓

  6. これは懐かしいです。
    私は2000年生まれでこの車両の引退が2004年ですので、2001年~2004年にたくさん乗った記憶と思い出があります。
    (広島生まれ、2001年より現在まで小田急江ノ島線沿線民です。)
    2600形やこの旧4000形にはたくさん乗りましたが、2600形は5000形と同型のラインデリアなのに対し、この旧4000形は冷房化後2004年まで扇風機のままだったのを今でもハッキリ覚えています。
    この動画の2:42に映っているように、運転室仕切りのところにも壁付け型扇風機があったんですね…(中間車の天井型扇風機はハッキリ覚えていますが、壁付け型は記憶にありませんでした)
    私が乗ったときは冷房を使わない時期も扇風機カバーが取り付けられてないまま停止していましたが、この動画では扇風機カバーが付いているんですね。
    ちなみに2600形の引退前のリバイバル塗装も1回乗ったことあります。あの当時はかなり印象的でした。
    あと9000形もですね。今でも独特なチョッパ音だったのが印象的に覚えています。
    あの当時は3000形がほんの僅かしか走っていなくて、たまに3000形が来ると「お!カッコいい!」とかドアチャイムやIGBT音とかにかなり喜んでいましたが(あの当時は3000形が一番好きでした)、今となっては3000形ばかり来るのが当たり前の光景ですね(今は8000形が一番好きです)。今考えたら、あの当時は2600形/旧4000形/9000形にたくさん乗れていたのはラッキーだったんだなと思っています。
    そして、今は当たり前のような3000形も、私が50代くらいになった頃には良き思い出となるのでしょうね…。