▼主な参考文献
日本語通(新潮新書)
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鎌倉将軍・執権・連署列伝
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北条義時:これ運命の縮まるべき端か (ミネルヴァ日本評伝選) https://amzn.to/3Lh4qP0
北条時政:頼朝の妻の父、近日の珍物か (ミネルヴァ日本評伝選) https://amzn.to/3bRkpq4
源氏将軍断絶 なぜ頼朝の血は三代で途絶えたか (PHP新書) https://amzn.to/3u3Ziqu
▼藤原不比等は「ぷぢぃぱらのぷぴちょ」だった
@ゆる言語学ラジオ さん
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【目次】
0:00 前置き
1:17 生まれ
2:01 元服 奥州合戦
2:56 頼家の近習として
7:06 トキューサ
10:35 実朝時代の出世
14:23 承久の乱
15:29 泰時のライバル?
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#鎌倉殿の13人 #北条時房 #瀬戸康史 #日本史 #トキューサ
36 Comments
今のところ本作のトキューサは餅を丸めるのが下手だけど蹴鞠は上手い人物って印象なのですが、これからの成長で黒くなるのが楽しみです。
頼家の「近習5人衆」は、現代で言うところの「かすかべ防衛隊」みたいなもんなんやろか?
私も本編見たときはトキューサって何?
この時代の日本にカタカナ?って思いましたけど今回の解説で納得しました。
発音に限らず、今あるけど昔無かったもの、昔あったけど今無いものって沢山ありますよね。
つい現代人の感覚で考えてしまうけど、そもそも常識が違うのだから完全に理解するのは難しい。だからこそ面白い。
難しいって―三谷さん 笑
古畑任三郎の赤い洗面器の男並みにトキューサ意味ぷやった
発音の違いに気づいたスタッフさんすごっ!
難しいって―三谷さん 笑
古畑任三郎の赤い洗面器の男並みにトキューサ意味ぷやった
しかしトキューサは伏線としてまた博識ボケで回収しそう
メドゥーサの親戚なのかと
武士道さんもサンプル1の用例やったんか!
ハ行発音の件、興味深く拝聴しました。そういう音韻変化は京の都で発生したものが地方に伝播していったという、柳田国男の『蝸牛考』のような有力説もありますので、平知康には「ふさ」と読めた(ないし、発音できた)ものが、板東武者たちにはまだ読めなかった(ないし、発音できなかった)という、社会言語学というか歴史言語学というか、今で言う接触言語学的な小ネタなのかもしれませんね。
ハ行は安土桃山後期の宣教師文献でも「ファ行」表記されていますし、鎌倉初期の東国ではまだまだ「パ行」で発音されていたかもしれず、東国では「トキフサ」と聞いても当時最先端?の「フ」は発音できず、「トキューサ」しか言えなかったのか、逆に時政あたりから、「それを言うなら「トキプサ」だろう」というツッコミが入ったり、あるいは、京にしばらくいた時政やそもそも京出身の牧の方はスムーズに言えても、和田殿あたりから「トキプサ?」という天然ボケが入るとか、いろいろなスピンオフ的ネタを想像しても楽しめます。
ここのところ、猿のようにwあらゆるクリップを拝見し、多くのことを教えられています。本当にありがとうございます(ちなみに「平氏」「平家」を「低高高」で発音される先生は、どちらのご出身ですか?)。今後とも楽しみにしています。よろしくお願いいたします。長々失礼いたしました。
武士道さんは承久の乱後の鎌倉幕府と北条氏も好きになりそうだから、宮騒動や宝治合戦、少し飛んで、二月騒動や元寇まで調べても楽しめると思います。
はっきり言って北条氏の内輪揉め感はありますが、北条氏は面白い人物が多いので調べてて楽しいです。
元寇後、時宗が亡くなってからは嘉暦の政変や霜月騒動まで来ると下り坂感が出てきて悲しくなっちゃいます。
解説ありがとうございます、時房の嫡流である大仏流が冷遇されたのも将軍にも信頼された
彼の力を得宗家が恐れたのかもしれません、後に嘉元の乱で衝突するのはずっと後の話ですが泰時との関係がどのように描かれるかは気になります。
諱は普段使いしないだろうけど、平六や平三もすごい発音してたのかもしれませんね
時政パパのバースデーをお祝いする鎌倉の皆さん…現場の雰囲気が垣間見えますね
一言メッセージが書かれた色紙の寄せ書きが😀
私は、本番で誰かが時房ってセリフをトキューサって言ってしまいカーット!
で、トキューサってあだ名がついちゃったのかと思ってました
それで色紙にトキューサって書いたと…
もっと真面目な理由も考えられるんですね
なるほど、三谷さんに聞いてみたいですね
「けふ」で「きょう」って読むのとおんなじか
しかし言語学ね~ どんな分野であれ勉強はしとくもんやな
当主が20代や30代で死ぬ短命の得宗家でなく時房が嫡流になっていたら北条の内輪揉めや元寇で鎌倉幕府が弱体化することもなかったと思う
大学のころの先生が「あなた方は古文を勉強すれば古文を理解できる。と思っていたら大間違いです。古文の他にも歴史、神道、自然科学、数学、哲学などなどの他の分野のことにも勉強しないと、本当の意味で古文を理解できません」と言われtのを思い出しました・・・
トキューサは奥が深い・・・
そうだよ現世では時政の子が時房 時房の弟が頼家
メデューサと時房のフュージョン?
古文の教科書に良く出る「平宣時朝臣、老の後、昔語りに」(徒然草第215段)の「平宣時朝臣」は、大仏宣時のことであり、ここで紹介される北条時房の孫に当たります。宣時も祖父と同様に連署に就任しています(当時の執権は北条貞時)。
1323年に86歳という高齢で亡くなりますので、徒然草のくだりは、死の間際に「時頼さまが生きていた頃の鎌倉は、質素で良かったなあ」と郷愁に浸っていたのだと思います。
新しいスタッフさんが入ると、知識の入口も増えるから楽しみですね!と思いました!
後に得宗家から時房系の直系は冷遇されて、傍系が厚遇されるなど、時房系の権力基盤を削ごうと苦心してますね
北条一族は、全員、曲者ぞろい。
言語学の話が面白かったです。フランス語もハヒフヘホが存在せず ホンダ→オンダ と勝手に名前まで変えられるそうなので日本語の古語はフランス語と言語学的に近かったかもしれませんね
三位…ドラゴンボールでいえば、ナッパがベジータの親父に俺を王にしてくれ❗と言ったみたいな感じ..な訳はないか( ´-`)
こんなところにも用例が。
鼓つづみ の判官は、
ヨイショ上手な
太鼓持ち🪘
北条家の執権になった人々は結構エピソードを知ってたりします(時頼の「鉢の木」とか)が時房のエピソードは知らなかっただけに凄く良かったです。
それと「トキューサ」に関しては、可能性として承久の乱直前に義時や政子が「トキューサの乱」と聞き間違えて「弟まで粛清されるの?」と視聴者を釣のるかと思っておりました。
(しかし「キユー」しか合って無いw)
いつも楽しく拝聴させて頂いています。
[9:40] 古いなぞなぞに
「母には二度あうけれど、父には一度もあわないもの」なあに?
その答えは「唇(くちびる)」というのがあります。
母は「haha」ではなく、古くは「fafa」と発音されていたようですね。
2022/8/12 23:06:42
ハ行を発音してないというのは、以前チコちゃんでやってましたね。「私は」の「は」は何故「わ」と読むのかということで。
結論は、昔は「私ぱ」と読んでいたが、話しにくいから「私わ」に変わったらしいです。
なお、「母」も読み方も出てきていて、「はは」は「ぱぱ」と読んでいて、母なのにパパ?とオチをつけてました。
話は脱線しますが、「私は」を「私わ」と読み出したのは、江戸時代からみたいです。
なるほどでした!Mr.武士道さまもゆる言語ラジオを見てらっしゃるのですね。好きなものが繋がってちょっとうれしい☺
北条政子も当時の発音だとポウジョウマンコ
おおおお!トキューサ!
そしてトキューサこれからがますます楽しみになりました。
頼家の叔父なのに近習ってよく耐えたよな、トキューサ
蹴鞠の腕前を褒めた後鳥羽上皇も『トキューサ、トキューサ』言い続けそう。
ゆる言語学ラジオがここで出てくるとは!