続いてはプロボクシングの話題です。九州学院高校出身のプロボクサー堤聖也選手、先日、日本チャンピオンに輝きました。
タイトル奪取の陰にあった母への思いを取材しました。
【リングアナウンサー】
「日本バンタム級新チャンピオン堤聖也~!」
【日本バンタム級王者 堤聖也選手】
「このベルトはあなたのおかげです。」
【熊本空港 7月1日】
日本チャンピオンのベルトを携え、ふるさとに降り立った堤聖也。
母と姉、生まれたばかりの甥っ子の出迎えをうけ、ようやく日本一になった実感が沸いたといいます。
1995年、3人兄弟の末っ子として熊本市で生まれた堤。
幼いころは兄と姉の影響でボールを追いかけるサッカー少年でした。
【姉・夏美さん】
「練習中に(一人だけ遊んで)逆立ちしてました。サッカーは上手じゃないね、聖也君ね。」(ボクシングはあんなに上手なのに?)「サッカーは下手くそだね。」
中学生のときに『強くなりたい』とボクシングに転向。
強豪・九州学院でインターハイ3位の成績を残しますが日本一には手が手が届きませんでした。
【日本バンタム級王者・堤聖也選手】
「プロになるとは思ってなかったんで。高校生の時は一回、プロになるという気持ちはなくなって・・・。」
大学進学後も競技は続けたものの目立った活躍は見せられず、一度は消えかけた
ボクシングへの情熱。
その心にもう一度炎を灯したのは同世代の活躍でした。
【日本バンタム級王者・堤聖也選手】
「田中恒成、(井上尚弥の弟)井上拓真、比嘉大吾。この3人が世界王者になって、みんな同い年で。」「『こいつら(世界王者)と試合してたんだぜ』って言いながら酒を飲んでる未来がすごい嫌で。」「『俺プロになったらどこまでいけたんだろうな?』って思ったり。」
もう一度だけ自分の可能性を試そう。
意を決してプロ入りした堤は日本ランキング1位に登りつめるボクサーへと成長。
念願の日本タイトルマッチを迎えます。
【映像提供:DANGAN ボクシングレイズ】
【日本バンタム級1位・堤聖也
(26・角海老宝石)】
VS
【日本バンタム級王者・澤田京介
(34・JBスポーツ)】
【リングアナウンサー】
「堤聖也~。」
【ゴングSE】
相手はプロ19戦のキャリアを誇るベテラン王者。
堤は挑戦者らしく序盤から果敢に手を出します。
試合が動いたのは2ラウンドでした。
【2R・ダウン】
狙いすました左フックでダウンを奪います。
その後も攻め続ける堤ですが、相手の澤田も王者の意地を見せ強烈な右をふるって
前に出ます。
壮絶な打ち合いの中、脳裏に浮かんだのは母への思いでした。
【日本バンタム級王者・堤聖也選手】
「プロになってから(母の大事さが)よりわかってきました。東京で一人で生活するようになって。」「育ててくれた人なんで・・・。」
実は堤がまだ幼いころ家庭の事情で両親が離婚。
母の邦代さんは女手一つで3人の子どもを育て上げようと決意しました。
昼は事務職、夜はコンビニのパートを掛け持ちしながら働く日々。
父親と母親、両方の役をこなそうと全ての試合に駆け付け、堤のボクシング人生を
支えてきたといいます。
【母・邦代さん】
「全国大会は遠くになるのでそのときは休みを取らないといけなくて。(職場の)みんなのおかげですよね。気持ちよく行かせていただいて。」
6Rに強烈な左アッパー、7Rの打ち合いも優位に進めた堤は、インターバルで
セコンドにこう宣言しました。
【日本バンタム級王者・堤聖也選手】
「倒してきます!」
その言葉通りの8Rでした。
打ち下ろしの右ストレートから一気にラッシュをかけるとレフェリーが試合を止めるTKO勝ち。
【8R・47秒 TKO勝利】
中学でボクシングを始めて13年、プロ・アマ通じて初の日本一です。
チャンピオンベルトを手にした堤が口にしたのは母への感謝でした。
【日本バンタム級王者・堤聖也選手】
「お母さん。あなたがいたから育ててくれたから日本のベルトを巻くことができた。このベルトはあなたのおかげです。」「本当にありがとう、愛している。次はこの日本のベルトよりもっともっと高みの(世界の)ベルトを取るから、その姿を絶対見せるからそれまで元気でいてください」。
【母・邦代さん】
「ここまで言葉で言えるようになったのかって。」「そういう気持ちでいてくれたのかと思うと嬉しいですよね。」
母の愛に支えられ、日本の頂点に立った堤聖也。
初防衛戦はことし10月と決まりました。
王者として一つ一つ重ねる白星の先には世界への扉がきっと待っているはずです。
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